第13-1話 ピンチになろう
ひと風呂浴びて汚れと疲れを落したかと思えば、ウサギ達からおなかすいたの合唱を頂いた。
夕食は町の飲食店で食べることにした。兵舎でも食事は出るがあまり評判はよくないようで、俺らのように一時滞在するだけの兵士達はみんな外で食べているとのことだ。
そんなわけでやってきた店は、こじんまりとした雰囲気の食堂。そこで俺達三人はトマトと豆を煮込んだ料理を食べることにする。底の深い器に入れられて運ばれて来た料理をウサギ達はがっつくように食べ始めた。首からナプキンをつけているので服が汚れる心配はない。
俺もスプーンでひと掬いして口に運ぶ。トマトの味が主体だが香辛料も入っているようでスパイシーさもあって美味しい。豆だけでなく肉も入っているので食べごたえもバッチリだ。
――ハッ!
「おいしいねー」
「うまいうまい」
二人はとても満足そうに食しているが、俺は大事なことを見落としていたのではないか。
この肉は何の肉だ。
確かメニューにはウサギを使った料理もあった気がする。
「リュート、食べないの?」
「えっ、あ、ああ、た、食べるよ……」
「残すなら俺が食べてやるから遠慮なく言えよな」
「うん……」
これは何の肉ですか、と今さら店のおばちゃんに聞くのも恐い。
俺は考えるのをやめて黙々と食事をした。美味しいなあ。
無事に平らげて腹を満たしたので早々に店を出た。
この後の予定に町の見回りをする仕事が入っているので一度兵舎に戻り準備をする。見回りが終わったらすぐに寝ることにしよう。明日からまた帝都に帰るために歩かなくてはならないからな。
「また外に出るのか?」
「そうだよ」
「えー俺もう疲れた」
「私もー」
なんて自分に正直な奴らなのだろうか。俺もこうでありたい。
「いや、でも仕事だから……。二人はここに居てもいいよ?」
「そうしたいけどラピス様からの言いつけがあるからなあ。仕方ないからついて行ってやるよ」
本当にこの二人はあの怪しさしかない奴に忠実なようだ。俺にもそうであってくれ。
連れて行くのは良いが、見回りは二人一組で行うので、ペアを組む兵士に迷惑をかけないようにしなくては。……でもこの二人は俺以外の他人に迷惑をかけるイメージはあまりないから大丈夫か。複雑な心境が胸の中で渦巻く。
「じゃ、行こうか」
「行こー」
俺が心の中で嘆いている間に二人は二羽に姿を変えていた。そして俺のカバンの中に入って顔だけ出している。これは持って行けということだろう。歩くことも飛ぶことも拒否した姿だ。
「はいはい……、行きましょうか」
身支度を終えた俺はウサギ入りカバンを肩からナナメに掛けて部屋を出た。
夜の街中はとても静かである。この世界の人達は日が昇ると起きて、日が沈むと寝るという生活をしているので、この静けさは都会育ちの俺には新鮮だ。例外で酒場だけは夜でも賑わっているはずだが、今日は店が休みなのかその騒がしさもない。
昼間とは表情の違う景色を楽しみながら、俺は一緒に見回りをする兵士との待ち合わせ場所である城壁に近い西の井戸に向かう。
空を見上げると綺麗な満月が浮かんでいた。町の至る所にかがり火が設置されているが、それが無くても夜道を歩くぐらいなら十分なほどの月明かりだ。
ものの数分で井戸に到着したが、まだ相棒の兵士の姿はなかった。約束の時間五分前にいないとは日本人の風上に置けない、と思ったが日本人はこの世界で俺一人だけであった。郷に入れば郷に従えというし、おとなしく待つことにする。しかし、夜中の井戸は古くから怪談の種になっているほどだ。ここの井戸も例に漏れずおどろおどろしさを醸し出しているので早く来てくれ相棒。
そんなことを思いながら少し落ち着きなく待っていると、ガーディがカバンの中から何か感じ取ったかのように、
「今、井戸の方から声しなかったか?」
などとたわけたことを言い出した。
また俺をビビらせようといういたずらだろう。そうでなくては困る。
「そうかな、お、俺には聞こえなかったけど」
「私も聞こえたよ」
否定しようとするとハーディもガーディに乗り始めた。これで二対一。民主主義的にこれを解釈すると井戸から声がしたことになる。が、俺はこれに異を唱えたい。
「きっと風の音だよ。気のせい気のせい」
「風なんて吹いてないじゃねえか」
あっさりと論破されてしまった。まあその通りなのだが。
と、その時、地の底から呻くような声がかすかに聞こえた。
「ひっ!」
「何ビビってんだ? 早く井戸の中覗けよ」
俺が漏らした悲鳴に、ガーディがニヤニヤしている。発言が完全にいじめっ子のそれである。こいつには小学生時代に俺をいじめていた田上が憑依しているのかもしれない。
この世界に来るまでの俺なら、勘弁してくださいよ、と言いながら笑って誤魔化していただろう。だが今の俺は違う。
「しょうがないなあ。ま、気のせいだと思うけどね」
余裕綽々といった態度で井戸に近づく。内心はバクバクである。
いやだなあ、こわいなあ、とどこかの語り手のような心境でそろーっと井戸の中を覗き込んだ。すると、
「わっ!」
「あぎゃあ!」
ガーディが急に大声を出したので俺は飛び跳ねて仰天した。
「あはは! あぎゃあ、だって! あはは!」
「ぷぷぷ、リュートのビビりー」
こ、このウサギ共め……!
お決まりといえばお決まりだがまんまとやられてしまった。やはり井戸から声がするというのも嘘であったか。
俺は恥ずかしさを隠しながら井戸に背を向けて離れる。
「おい、覗かないのか?」
「いい」
「でも声したぜ」
「もう信じない、なにも」
と、ちょっとやさぐれたセリフを吐いたがやっぱりちょっと気になる。ちらっと井戸の方に振り返る。
井戸の縁に手が掛かっていた。
そして井戸から這い出るように頭と身体が現れる。血だらけの兵士の幽霊であった。
「ずひゃああ!」
あまりの衝撃に腰を抜かして尻餅をついてしまう。
声にならない声が漏れるだけで俺の頭は真っ白であった。
「リュ……、リュートか……。早く……、隊長に……」
幽霊が喋った。俺の名前もご存知のようでもう逃げようもない、と思ったが真っ白だった頭に色が戻る。
よくよく見るとこの兵士は俺がずっと来るのを待っていた相棒ではないか。それに気づいた俺は急いで兵士に駆け寄る。
「ど、どうしたんですか、血だらけで!」
「俺は、いい……。魔物が忍び込んだ。早く、隊長に知らせ……」
振り絞るような声はそこで途切れてしまった。
し、死んでないよね……、気絶しただけかな……。
顔を覗き込むも判断がつかない。魔物が忍び込んだと言っていたし、早くハルバさんに知らせないといけない。
「リュート、なんか来たよ」
カバンの中のハーディの声に俺も気配を感じて振り返る。
すると、そこには灰色のでかい犬が、いや狼か? それにしてもでかい四足の獣が少し離れた暗闇から姿を見せた。魔物と思われるその狼は敵意をむき出しといったように唸り声を上げている。
逃げた方が良いのでは、と頭をよぎる。だが、この兵士をここに置いていくわけにはいかない。
その一瞬の迷いにより狼から気が逸れてしまう。狼はそこを逃さなかった。駆け出しから最高速で俺に突進してきたのだ。
獣の動きに人間の俺がついていけようもなく簡単に噛み殺されてしまう。はずであったが、
「でやああああ!」
視界が赤に染まると狼の動きを難なく捉え、飛び掛ってきた狼に合わせるように腰から引き抜いた剣を走らせた。
剣は見事に狼を斬り裂き、その一撃で決着がついた。
「俺達がいるんだからあまり振り回すなよー」
「ご、ごめん」
カバンを掛けたまま動いたので文句を言われてしまった。
狼が動かなくなったのを確認し、剣を鞘に収める。この魔物とは戦うのは初めてであったが、獣族と思われるので能力が発動したのだろう。助かった。
忍び込んだ魔物はこいつだけなのだろうか。どちらにせよハルバさんに報告しなくては。
「ハーディ、ガーディ、悪いけど緊急事態だからカバンから出て自分達で飛んでもらっていいかな。あとカバンも持ってもらえたら助かる」
焦りを含んだ真剣な物言いが通じたのか、二羽はあっさりと言った通りにしてくれた。いつもこれぐらい素直でいてくれ。
カバンを小さなガーディの身体に掛けて、俺はおそらく気絶している兵士を肩に担いだ。兵士になった日、リーエンさんに教えてもらった救護方法である。こんなすぐに使うとは思っていなかった。




