第12-2話
結局、先ほどの道を右に曲がることにした。もう勘に頼るしかない。
しかし、しばらく進むと待ち受けていたのはこれまた何のヒントもない三叉路。これも右に折れてひたすら進む。いっそ行き止まりにでも着いてくれれば良いのだが、道は続いている。まあ、灯りがあるということは人の手が入っているということなので危険は少ないはず、と思うしかない。
ウサギの二人はおとなしくついて来ているかというとそういうことはなく、走り回ったり壁をペタペタと触ったりと好き放題している。何か危ないものがあってもこの二人がまず被害に遭うだろうから俺はそれを見て回避しよう。
などと自分の保身を考えていると頬に生温い何かが付着した。
手でそれを拭ってみると、粘着力が弱い液体糊のようなものが透明の糸を引いた。
どこから飛んできたんだ、と何気なしに天井を見上げる。すると、大きな塊としか認識できない何かが俺に向かって降ってきていた。
「わわわっ!」
人間咄嗟の時は身体が動かないもので、腕を上げて頭を守るだけでやっとであったが、運良く直撃には至らず無事で済んだ。
すぐさま落ちてきたものに目を向けると、人が楽々と座れるサイズのクッションのような形と大きさをした透明な物体があった。
「なんだこれ……」
俺は少し距離をとって観察する。
動く気配はなく、ゼリーのようにプルプルしているように見える。その塊の中には拳ほどの大きさをした赤い球体がひとつあった。
「わー、なにこれー?」
そこへハーディが何の警戒もなくその物体へ近づいて触ろうと手を伸ばした。
その瞬間、物体が動き出してハーディの腕を自らの体内へ招き入れた。
「うわー、なんかぬるぬるして気持ち悪い」
「あはは! ハーディが飲み込まれてる!」
ガーディの言う通りで、物体はどんどんとハーディの身体を飲み込んでいるように見える。まさに捕食されているようだ。いや、まずいのでは。
「ハーディ、離れて!」
「動けないよー」
「――くそっ!」
俺は剣を抜いてその物体を斬りつけた。水を斬ったような手ごたえだが物体の半分を割ることに成功し、ハーディを助け出す。
「大丈夫?」
「えーん、ベトベト。ガーディ取ってー」
「うわっ、こっち来るなよ」
ハーディの身体は粘液まみれになっていた。偵察から帰ってきた兵士が付けていたのと同じものだろう。
物体の方へ目を戻すと、先ほどの切り口がなくなっていた。さらに活発に動き出したようにも見える。
床を濡らし這いずるように近づいてくる。これが例の魔物だとしたらここで仕留めるべきだろう。
俺は意を決して先ほどよりも力強く剣を振るい、魔物の身体を斬り裂く。
しかし、魔物は何事もなかったかのように切り口を再生する。それだけではなく、勢いよく踏み込んだ俺の足を魔物は取り込み始めた。
なんとか切り離そうと何度も魔物の身体を斬るが効果がない。そんなことをしている間にどんどん飲み込まれている。
「ハーディ! ガーディ! 助けて……」
昨日も同じセリフを言った気がするが、本当に助けて欲しいので仕方がない。
「あははー、まてまてー」
「だから来るなよー、やめろー」
そして昨日のように二人は無関心であり俺を助ける気などさらさらないらしい。
やはり自分でなんとかするしかない。
闇雲に斬っていても無駄ということがわかったので魔物をもう一度よく観察する。既に下半身は飲まれている。
追い詰められて冴えた頭がまだ攻撃していない魔物の弱点と思われる部位を発見し、狙いを定める。
「ここだー!」
俺は剣を握り直し、魔物の体内にある赤い球体に向かって一気に突き刺した。
見事に球体を突き破ると形を成していた魔物の身体がはじけるように崩れてしまう。
身体は粘液まみれになってしまったがなんとか助かったようだ。
「パンパカパーン!」
ハーディが嫌がるガーディに抱きつきながらいつもの効果音の出した。
「おめでとう! 『スライム族を一体討伐』を達成したよ! ボーナスとして、特定の条件下で身体能力が向上する能力が付与されるよ!」
さっきとは違って新しいボーナスをもらえたようだ。昨日と同じ討伐ボーナスだが、種族が違ったら毎回教えてくれるのだろうか。そちらの方がありがたいのでそうして欲しい。
「えっと、またラピス……、を呼ぶの?」
「ううん、呼ばないよ。もう勝手に今のボーナスは付与されているはずだわ」
「そ、そう……」
確かにハーディの頭の上にある輪っかも光っていない。未受取のボーナスがない証拠だ。
勢いで言ってしまったが、ラピスを呼び捨てにしたことを告げ口されないか心配である。でも、あいつにいいようにされてばかりなので強気で行きたかったのだ。もし告げ口されてあいつが怒ったなら土下座をする覚悟もある。それは強気なのかどうか疑いが芽生えそうになったが無事に押し殺した。
それはさておき、ガーディも含めすっかりベトベトになってしまったが魔物を倒せて良かった。早く帰って風呂に入りたい。
しかしここに来る前にハルバさんが気になることを口にしていた。数が気になると。
その時、少し離れた所からベチャと嫌な音がした。それも立て続けに何度も。
嫌な予感を抱きながらそちらに目を遣ると、先ほどと同じ魔物、スライムがもぞもぞと蠢いていた。しかも、一匹ではなく何十といる。
「うわっ、きもい」
ハーディが一言感想を漏らしたがその通りである。形こそ違えど大量の虫がうようよいる感覚に似ている。
大量のスライム達は道いっぱいに広がり徐々に俺達の方へ距離を詰めてきていた。あれに飲み込まれたらひとたまりもないのは明らかだ。
「二人とも逃げ――」
逃げるよ、と言いかけたが、背後からまたスライムが落下した音が響く。
そろーっと振り向くと、「人間よ、こんにちは」と言いたげなぶよぶよした物体がいた。前方と同じように天井から次々と床へと落ちてきている。
逃げ道も塞いだスライムの群れが少しずつ近づいてくる。これはもう力づくでなんとかするしかない。
俺はスライム達に向けて剣を構え、ついさっきもらったボーナスの能力の発動をさせようとした。熊も倒せる能力ならなんとかなるかもしれない。
しかし、少し待ってみても身体に変化は起こらない。前回は能力が発動すると視界に赤みが掛かったはずだが。
「あのー、さっきもらったボーナスってもう発動してるの?」
不安に思い俺は危機的状況にいるというのに二人であっち向いてホイをしていたウサギ達に訊いてみた。
「んー? してないよ。だって『特定種族を一体討伐』のボーナスは、相手が一体の時だけ発動するからね」
「……なるほど」
そういうことなら、今スライムは数もわからないほど目の前にいるので発動しないはずだ。そんな隠された条件があったのか知らなかったな、はっはっは。と、笑っている場合ではない。
もうすぐそこまで迫っているスライム達に飲み込まれるのも時間の問題だ。敵の弱点がわかっているとはいえ、能力なしに突っ込んでも数でやられてしまうだろう。




