三叉路
「ちょっと、ここで待ってて」
水戸街道と日光街道に向かう道が分かれる三叉路に差し掛かった時、大蔵は使用人の久吉に声をかけた。
「へえ」
久吉が歩みを止めると、大蔵は枝分かれする道の少し手前にあった小さな社の鳥居をくぐって境内に駆けていった。
大蔵はそのまま無造作にお社の扉を開け放つと、床の片隅の羽目板を引き剥がした。
そこには、まだ少年の大蔵には不釣り合いな、長刀が隠してあった。
大蔵は、満足げにそれを腰に帯びると、宝物を守ってくれた御神体に手を合わせた。
刀は、父が郷目付だった頃の屋敷から持ち出せたもので、唯一残った財産だった。
もっとも、無銘のこの刀に如何ほどの値打ちがあるのか、大蔵は知らない。
しかし、子供の頃から美しいものに執着した大蔵にとって、その刀身の艶かしい光は、今まで目にしたどんな大業物よりも魅力的だった。
生活費の工面に窮して、次々と私財を切り売りせねばならなかった鈴木家にあっても、これだけは手元に残しておかねばならない。
それが、残された幼い当主なりに考えた末の結論だった。
御神体に謝意を述べて面を上げたその時、大蔵は、初めて此処が筑波山神社の分社である事に気付いた。
何年か前、父と、琴と、三人で筑波山に登った時の事が、何故か頭を過ぎった。
拝殿の前に立って、父、専右衛門は言った。
「あれが男体山、あっちが女体山。それぞれイザナギの命とイザナミの命が祀られてる。一緒に生まれた、国産みの神様だ。なんだか、お前たちのようだな」
あの時、父が何を言いたかったのか、大蔵にはよく解らない。
或いは、深い意味は無かったのかも知れない。
「琴には分かってたのかな」
大蔵は少し顔をしかめてそうつぶやくと、社を出て静かに扉を閉じた。
「行こうか」
大蔵は駆け戻ってくると、久吉の肩をポンと叩いた。




