第9話 大広場の反逆者
壇上のアリスは大広場を見渡し、ゆっくりと口を開く。
「王は、亡くなりました」
改めて事実を伝え、一拍だけ沈黙を流す。
そして、迷いなく言い切った。
「私。アリストリッド・アルゲンティアは第一王女として、王の座を継ぎます」
歓声が上がり、アリスの名が何度となく叫ばれる。地が割れんばかりの振動に、立っているのが精いっぱいなほどだ。
民衆にとっては、それほど待ちわびていた瞬間なのかも知れない。
しかし、その歓声は、続けて吐かれた言葉により力を失う。
「父が体調を崩し、皆に顔を見せられなくなってから、王都の治安は悪くなる一方でした。窃盗や麻薬の売買が蔓延し、挙句の果てには王政への不満やクーデーターを企てる者まで現れた。……私は、反逆を許しません」
騎士団が一歩前に出て剣に手を添えると、民衆の背筋が伸びる。
「検問を強化し悪を強引にでも取り締まる。夜間の外出を制限し、犯罪を発生しづらくすることで治安の立て直しを図ります。清く正しい王都の在り方を取り戻すのです」
ざわ、と不安が混じる。
「また、王の死を利用しようとする者。王家に刃を向ける者は容赦なく粛清します」
粛清。
その言葉が発せられた瞬間、先ほどまでの歓迎された雰囲気が一気に崩れた。
「我々は国を発展させていかなければいけないのです。昨日よりも今日。今日より明日。進み続け、強くなるのです。そのために必要なのは団結。故に、和を乱すものには粛清を与えます。例え愛すべき民でも。我々は迷わず決断を下すでしょう」
恐れ。
冷えた恐れが広まっていく。
民衆の間から、ひそひそと声が漏れる。
「アリス様、そんな言い方」
「いやでも、今は非常時だ。王女もお辛いはず。断行だよ」
「でも、外出制限に粛清って。今までの生活はどうなるんだ?」
不満が広がる大広場に、女性はさらに踏み込んだ。
「隣国は我が国の弱りを嗅ぎつけるでしょう。王亡きいま、落とすなら今だと攻め込んでくるに違いありません。ならば先に攻める。こちらから脅威を排除する」
今までの第一王女から考えられない方針。民に寄り添い、弱気を助ける政策を進めていた彼女。その姿を知る者からしたら、考えられない政策の数々が打ち出される。
「戦争を仕掛けるという事か?」
「バカな! 隣国との関係は良好なはずだ!」
「我々が知らないだけで、裏では関係が悪化していたのか?」
「魔物の動きが活発的になっている今、人間同士で戦うなんてありえない話だぞ!」
広場のざわめきが大きくなる。肯定と否定が混ざり、混沌が広がっていく。
それでも壇上のアリスは動じない。
むしろ、そのざわめきを力に変えるように、声を張った。
「敵に勝つには力が必要となります。まずは騎士団は拡充、民が誇りをもって剣を取り、家族を守れるように、志ある者がその選択をし易くなるよう、道を広げます」
耳障りのいい美しい言葉。だが、その裏にあるのは徴兵に近い圧力だと、演説を聞いていた誰もが直感していた。
「アリス様は過激な思想をお持ちのようだが。演説前に聞いてた評判とかなり違うように思える」
ラズが言いながら隣を見ると、アリスは顎を引き、歯を食いしばっていた。震える身体を抑えながら、壇上で演説する女性を睨みつけている。
ざわめきを受け止めるように、壇上の女性は両腕を広げる。
「私は迷いません。この国を、アルゲンティア王国を守り抜きます」
蒼い瞳が、広場の端から端までを貫く。
「みなさん! 国の為に、剣を取るのです! 今こそ団結を強め、立ち上がるのです!」
高らかな宣言だった。
誰かが「姫様!」と叫び、拍手が起きかける。
だが同時に、別のざわめきが広がった。
「こんなお方だったか?」
「アリス様は強かった。けど、こんな横暴じゃなかったはずだ」
「今までの政策が違いすぎる。今日のアリス様はまるで別人だぞ」
その不一致を抱くには十分すぎる発言の数々だった。
耳に届いたか、壇上のアリスが民を見下ろし。
「どうやら王の決め事に反発する無礼者がいるようですね。すぐさま捉え、その者を粛清しなさい!」
まるで王族が見せるものではない。気品の欠片も感じられない怒号。
「私は第一王女。アリストリッド・アルゲンティア! 王になった」
「その顔で……」
「反逆する者は」
「その顔で、私を語るな!」
王女を語る言葉をかき消すほどの大声が響き渡った。
大広場の空気が凍りつく。
視線が一斉にそちらへ向く。民衆の顔が、驚きで揺れる。誰かの深呼吸が、やけに大きく聞こえた。
壇上の女性の表情が、一瞬だけ崩れた。
蒼い瞳が見開かれる。狼狽。表情を歪ませ、足を震わせる。
第二王子もまた目が細くなる。予想外の出来事に反応した目だった。
だが彼は、すぐに切り替えた。
「アリスを……。王を騙る偽物が紛れている! すぐに捉えよ!」
第二王子が指を示す。その動きに合わせて、騎士団が当然のように動いた。
「捕らえよ! 王を偽る反逆者だ! 粛清し、皆にその末路を見せつけろ!」
号令。前列で隊列を組んでいた騎士達が一斉に人込みに突っ込んだ。
突然のことに混乱が広がる大広場。
ラズの視界の端。存在が薄い人間が胸元から仮面を取り出し、顔に嵌めるのが見えた。暗殺部隊だ。
「っち!」
ここでアリスが多くを語れば壇上にいる女性が偽者だと証明することはできるかも知れない。だが、奴等がそんな猶予を渡すとは思えない。
アリスを捉え、発言を許す間もなく、見せしめとばかりに公開処刑されるだろう。
「アリス! ここは退くぞ!」
ラズは叫びながらアリスの手を力強く掴んだ。
「でも!」
アリスが反射で振り向く。その瞬間、剣先が目の前に迫った。
手を引き、アリスを抱き寄せる。
銀が金色の髪を切り裂き宙に舞う。
「今は退くしかない!」
返事を待たずにラズは民衆が作る影に潜り込み、アリスを引きずり込んで姿を消す。
「くそっ! どこに行った! 姿が消えたぞ!」
「近くにいるはずだ! 見つけ出せ!」
泳ぐように影の中を突き進むが、すぐに魔力が途切れ外へはじき出される。
「どうしたの!?」
「他の生き物を影に入れると魔力が安定しないんだよ!」
「なら!」
「変な事を考えるな、いまは逃げるんだ! 生きることを考えろ!」
アリスの手を引き、人込みを掻き分け、流れるように走り続ける。
「いたぞ、逃がすな! 偽物だ!」
目の前を塞ぐ騎士達を避けるため路地裏へと入り込む。狭く薄暗い道を何度も曲がり、路地の出口。石畳の先に、黒い仮面をつけた者が二つ並んだ。
王都暗殺部隊。
短剣が光る。目を塞ぎたくなるような殺意が満ちる。
「絶対に俺の背中から離れるな!」
アリスが頷くより早く、ラズの身体が歪に震えた。
その瞬間、暗殺部隊が何かを斬るかのように剣を振るう。まるで彼等の目にしか映らない影を切り裂くように。剣を振り、態勢を崩した二人とラズがすれ違う、
その瞬間、仮面が真っ二つに割れ、男たちが地に膝を付く。
「きさまっ。なに、を……」
アリスの目線が駆け抜ける背中から倒れる男に向けられ。
「よそ見をする余裕はない、前を見ろ!」
血が溢れる音を、ラズの叫びが搔き消した。
裏路地が終わり大通りへと飛び出す。
鎧の音。荒い鼻息。巨体が大剣を担いで道のど真ん中に立っている。
王都騎士団・副団長。ブルーノ・アイアンジョー。
ローブを深く被ったラズと、兜を被ったブルーノと視線が交差する。
「その眼つき、見覚えがあるなぁ!」
ブルーノの口角がひきつる。
「お前、まさかラズか!」
それは確信か、それとも疑問か。
だが、なにか気づいた目をしている。
ラズはそれに応えない。ただ、目の前に立ちふさがる男を静かに見据える。
「反逆者は殺す。それだけだ」
次の瞬間、ブルーノが斬りかかった。
巨剣を鋭く振り回し、接近するラズへと一筋の銀線が迸る。
ラズは真正面で受けない。影を纏い、存在を半歩ずらす。
横腹直撃したはずの大剣は、影だけを切り裂き空を斬る。
ブルーノが目を見開いた時には決着はついていた。
大剣と共に右腕が宙を舞い、遅れて石畳を叩く。
鈍い音と共にブルーノの唸りが静寂を破った。
「がっ!?」
一秒にも満たない刹那の攻防に、周囲の騎士が硬直する。
肩から先が吹き飛んだブルーノが、膝を付いて出血に喚く。
「ぐっ、ぐのおぉぉぉぉ!」
側近が叫び、隊列が乱れる。
その乱れが、逃げ道になる。
「このまま突っ走るぞ!」
ラズは振り返らない。かつての上官の腕を斬り飛ばしたことなど気にも留めない。
アリスの息遣いと足音で距離を把握しながら周囲を警戒しつつ王都を駆ける。
門へは向かわない。
既に閉じられているか、或いは多くの騎士が待ち構えているか。
ラズが向かったのは門から離れた分厚い石の壁。なんの変哲もない城壁の一辺に過ぎない場所だ。ただ、壁沿いには長い影が伸びている。
街灯も、松明も、城壁の影だけは消せない。
ラズからすれば、それだけあれば充分な逃げ道になる。
追跡の足音が背後で近づく。反逆者を追い詰めたと言う号令が飛び交う。
だが、間に合わない。
ラズはアリスを抱き上げた。
「目を閉じろ、息を止めろ。極力動くな。壁の厚さからして抜けるのはギリギリだ」
「……っ!」
アリスが従う。
ラズは集中するように一息吐いてから、影へと飛び込んだ。
城壁に沿うように伸びる影に、二人はするりと消えていく。
暗闇に肌が冷める。一瞬、意識を前に突き出し、次の瞬間。
風の匂いが変わった。
外だ。
城壁の向こう側、王都の外の影に、二人は吐き出されるように現れる。背後には高い石壁。左右を見ても、門は遠くて視界に入らない。
アリスが息を吸い込み、喉を震わせた。
「ここは、王都の外?」
「まだ油断はできない。可能な限り離れるぞ」
ラズはアリスをおろして走り出す。
「アリス!」
城壁を呆然と見上げていた彼女を呼び覚まし、すぐに手を取って走り出した。
「ちょ、ちょっと!」
「まだ油断するな。門から距離はあるが、すぐに追手が来る。行くぞ」
追手の号令が城壁の向こうから聞こえる。こちらへ回り込むには時間がかかる。城壁を上がり、下りるにはもっと時間が掛かるだろう。
二人の影が、平原を駆け抜ける。
こうして、アルゲンティア王国の継承式は終わりを告げた。




