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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第69話 アルゲンティアの王

 王の間を出た時、アリスはようやく緊張を解いた。


 長く張り詰めていたものが、少しだけほどける。


 だが、足は止まらない。


 アウローラの偽りを剥がした。ヴァルトを落とした。王都前の戦いにも勝った。


 それでもアルゲンティア王国は不安に包まれている。


 民も、騎士も、街も、次に何が起こるのかを見ている。だからこそ、今は前へ出なければならなかった。


 王の間の外で、アメリアが拘束されたヴァルトを騎士達に引き渡している。


「絶対に逃がさないでください。地下牢へ。見張りは二重に」


「はっ!」


 ヴァルトは何か喚いていたが、もう誰もまともには聞いていなかった。


 アウローラもまた、別の騎士達に連れられていく。顔は伏せられたまま、泣き腫らした目を隠しきれていない。


 アリスは、そちらを見なかった。今はまだ、見るべきものが別にある。


「アリス様!」


 イオリが影から現れる。


「アルゴさんに指揮を取ってもらって外は落ち着きました! 騎士団の人達にお願いして、大広場に民を集めてもらってます! もう少し時間はかかりそうですが!」


「そう。ありがとう、イオリ。助かるわ」


「とんでもないです!」


 元気のいい返事と笑顔に、釣られてアリスの表情も明るくなる。


 ラズは自分の影を足で叩き、辺りを警戒し続ける。


「王都の中も大きくは荒れてないみたいだな。散った暗部も見当たらん」


「わかった」


 アリスが頷く。


 その時、階下からざわめきが上がった。


 王宮前の広場。城門前から王宮へ続く道。そこへ人が集まっているざわめきだとすぐに気付いた。


 戦いが終わったと聞きつけた民。


 剣を収めた騎士。


 負傷しながらも立ち上がった兵達。


 誰もが、結果を求めている。


 誰が勝ったのか。誰が立つのか。


 アリスは小さく目を閉じた。


 父の顔が、一瞬だけ浮かぶ。


 それを振り切るように、目を開く。


「行くわ」


 ラズ達が何も言わずに続いた。


     ◇ ◇ ◇ ◇


 王宮前の広場には、すでに多くの人が集まっていた。


 王都の民。バステリオン兵。元王都騎士。そして、剣を下ろした王都騎士団の者達までいる。


 戦いの熱と魔物の血、土埃の匂いと民の戸惑いが広場を包んでいる。


 それでも、その場は静かだった。


 誰もが待っている。王城の階段の上へ立つ人間を。


 アリスが姿を見せた瞬間、広場のざわめきが大きく揺れた。


「アリス様だ」


「でも、本物なのか? 騎士の話しじゃ今までのが偽者で、今回のが本物らしいが」


「わからん。聞いてみて、自分達で判断するしかなかろう」


 声はあちこちから上がる。確信に満ちたものばかりではない。戸惑いも、疲れも、恐れも混じっていた。


 それでも、彼らはアリスを見ていた。


 アリスが中央まで進み、足を止める。ゆっくりと、広場を見渡した。


 知っている顔もある。知らない顔もある。王都の人間も、バステリオンの人間も、パウザリアの人間も、今はみな同じ場所にいる。


 ここから先は、もう一つの街だけの話ではない。国そのものの話だ。


 アリスは、息を吸った。


「戦いは終わったわ」


 声はよく通った。広場の隅々まで、はっきり届く。


「私だと偽っていたのは第五王女のアウローラ、それを操っていたヴァルト。それらを担いでいた者達も捕まえた。地下に隠してた魔物も全部、狩り尽くしたわ」


 安堵の息が漏れる。その一方で、まだ信じきれないように見上げる目もある。


「まずは……。待たせてごめんなさい。本当はもっと早くこうしたかったんだけど、なかなか上手くいかなくて。時間が掛かっちゃった」


 王族でありながら親しみやすい。お茶目に笑う彼女に、民は瞳に涙を溜める。


「辛い時間はもう終わり。私は民を見捨てはしない。王都だけじゃないわ。セレスティアも、バステリオンも、魔物に襲われた村も……。アルゲンティアにある全てを守る。住んでいるみんなが安心して暮らせるように、全力を尽くす」


 バステリオン兵の顔が引き締まる。


 地方から身を寄せてきた住民が強く頷く。


 王都の民もまた、黙って聞いている。


「時間はかかると思う。それだけ、今のアルゲンティアは不安定で、被害も大きいから……。けど、きっと大丈夫」


 アリスは、剣を抜かなかった。


 今必要なのは、刃ではない。


 一度だけ、後ろを見る。


 ラズ。


 シグレ。


 イオリ。


 レイ。


 アメリア。


 みんながいる。


 その存在を確かめて、また前を向いた。


「この国を守るために。もう誰も見捨てさせないために。私はここに立っている」


 風が吹いた。その一瞬だけ、広場のざわめきが止む。


 誰かが、膝をついた。最初に頭を垂れたのは、王都騎士団の男だった。


 続いて元王都騎士が膝をつく。


 バステリオン兵が胸に拳を当てる。


 広場にいた人々が、次々と頭を下げていく。


「王女殿下に」


「アリス様に」


「王に……」


 小さな声が、やがて一つの波になった。


 アリスは目を見開いた。


 予想していなかったわけじゃない。それでも、実際に向けられると、胸の奥が熱くなる。


 父の玉座はいつも重く見えていた。いつか自分にこの座が背負えるのかと、いつも不安で動き回っていた。


 王都も遠かった。セレスティアで見た景色。王都を追われ、ラズと二人で逃げ込んで、ヒルデに手を借りて。ここまで来るのに長く辛い時間を要した。


 だが、それももう終わり。


 アリスは震える指を握り締める。そして、もう一度広場へ向き直った。


「みんな、立って」


 静かな声だった。


「この国を立て直すのに必要なのはみんなの協力よ。騎士だけじゃない。アルゲンティアに住むみんなで立て直すの。傷ついた街を立て直し、壊された信頼を取り戻し、魔物に怯えなくていい国にする」


 王都の民が見上げている。


 バステリオン兵が、泣きそうな顔で前を見ている。


「だから立って。顔をあげて。私に力を貸して」


 それは命令じゃなかった。


 ただの宣言でもない。


 王として、初めて口にした願いだった。


「私と一緒に、強くて平和な国を作りましょう」


 広場のどこかで、嗚咽が漏れた。


 長かったのだ。苦しかったのだ。守られなかった人間ほど、その言葉に弱い。


 アリスはそれを受け止めるように、真っ直ぐ立っていた。


 やがて、バステリオン兵の一人が、強く拳を胸に当てた。


「アリス様に忠誠を!」


 その声が広場へ広がる。


「忠誠を!」


「忠誠を!」


 波のように重なっていく。


 アリスは目を閉じた。


 ほんの一瞬だけ。それから開く。


 もう、迷う必要なんてない。


「任せて! みんなで作りましょう、新しいアルゲンティアを!」


 その瞬間、広場の空気が変わった。


 誰かが泣き、誰かが笑い、誰かが深く頭を垂れる。


 戦いが終わった安堵ではない。


 これから先をようやく信じてみようと思える、そんな熱だった。


――――――――――――――――――――――――――――――


 人が引いたあと、アリスはようやく肩の力を抜いた。


「……疲れた」


 ぽつりと零すと、すぐ後ろでレイが小さく言う。


「知ってる」


「レイもでしょう」


「うん」


 レイはそれだけ答えて、近くの柱へもたれた。


 シグレは刀を収めながら、珍しく穏やかな顔をしている。


「よく似合っていましたよ」


「何が?」


「王が」


 アリスは少しだけ照れたように眉を寄せる。


「まだ、そんな実感ないわ」


「嫌でも湧きます。そうでなくては困りますから」


 シグレの返事に、アメリアが小さく笑った。


「その通りです。きっと、これからは今までの比ではないほど忙しくなります」


「そ、それはちょっと。困るかも知れないわね」


 思わず本音が漏れる。


 その声に、周囲の空気が少しだけ緩んだ。


 ラズは少し離れた場所から、そのやり取りを見ていた。


 アリスが王として立った。セレスティアも、バステリオンも、王都も、ようやく一つの終わりへ辿り着いた。だが、同時にそれは始まりでもある。


 アリスが振り返る。


「ラズ」


「なんだ」


「……ありがと」


 それだけだった。


 それでもラズは深くは言わない。


「まだ早い」


「え?」


「礼は全部終わってからにしろ」


 アリスがきょとんとする。


 ラズは王宮と、その向こうに広がる王都へ視線を向けた。


「国を立て直すんだろ。だったら、ここからが本番だ」


 一瞬の沈黙。


 それから、アリスの口元がゆっくり緩む。


「そうね」


 今度の笑みは、戦いの終わりに浮かぶものではなかった。


 もっと先へ進む者の顔だ。


「じゃあ、全部終わったら、もう一回言うわ」


「好きにしろ」


 その返事に、レイが半目でラズを見る。


「ずるい」


「何がだ」


「なんでも」


 そう言いながらも、レイの声は少しだけ柔らかかった。


 夕暮れが、王都を染めていく。


 戦いの跡はまだ生々しい。けれど、その中で人は動き始めている。負傷者を運び、瓦礫を片付け、泣いていた子どもを抱き上げる。


 国はまだ壊れたままだ。それでも、息を吹き返そうと動き出している。


 アリスは王宮の階段の上から、その光景を見下ろした。


 王都の外も、内も、全部見える場所。ようやく、自分が立つべき場所へ来たのだと思った。


「さあ、忙しくなるわ」


 そう言うと、ラズが小さく鼻を鳴らした。


「だろうな」


「でも、悪くないでしょ?」


「さあな」


 素っ気ない返事だった。


 けれど、アリスはもうそれで十分だった。


 王都に吹く風は、まだ冷たい。それでも、前よりずっと息がしやすい。


 偽りは落ちた。


 新たな王が立った。


 ここから先は、取り戻した国を、本当に国にしていくための時間だ。


 アリスはもう一度だけ、王都の空を見上げた。


 そして、静かに前を向く。


 アルゲンティア王国の新しい日々が、そこから始まった。


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