第68話 第二王子の末路
アックス・オーガが倒れたことで、戦場の流れは決した。
残った中小型魔物は、バステリオン兵と元王都騎士、ようやく剣を握り直した王都騎士団によって片付けられた。
アウローラは城壁の上で拘束され、アリスに全てを吐き出した。
これまでの全てを。
アリスは彼女に声を掛けることはしなかった。ただ、泣き崩れる妹へ憐みの視線を向け、何も言わずにラズ達と合流し、王宮へと足を進めた。
◇ ◇ ◇ ◇
王城の中は静かだった。
長い回廊。乱れた絨毯。急いで退いた人間の気配だけが残っている。
ラズが先に進む。影で確かめながら、その歩みに迷いはない。
「ヴァルトは王の間から動かないな」
「覚悟を決めたってことかしら?」
「奴の事は俺よりアリスの方が詳しいだろ」
「そうね。なら、醜い言い訳を用意してるはずだわ」
アリスの返しにシグレが口元を緩め、レイは興味なさそうに窓の外を眺めている。
王の間の前で四人は足を止める。
重い扉。王家の紋章。その向こうにはヴァルトの気配。
「開けるわよ」
誰も異論を挟まない。
扉が、重く開いた。王の間は、広く、そして空虚だった。
高い天井。赤い絨毯。玉座へ続く一直線の道。
その先に、ヴァルトはいた。
玉座の前で、まるで最初から自分の席であったかのように立っている。鎧でもなければ、戦うための装いでもない。王子としての衣装のまま、その場に立ち尽くしている。
扉が開いても、驚いた様子はない。
むしろ、どこか安堵したように微笑んですらいた。
「やっと来たんだね、アリス」
柔らかい声。
「どこへ行っていたんだい? 心配したんだよ」
その場にいた誰も、すぐには口を開かなかった。
レイの目が冷たい視線を保ち、シグレは刀へ手を置く。
ラズは何も言わず、ただヴァルトの逃げ道だけを確認していた。
アリスが一歩前へ出る。
「芝居はいいわ」
その言葉に、ヴァルトの笑みが固まる。
「アウローラから聞いた。父上のことも、偽物を立てたことも、地下に魔物を溜め込んでいたことも、全部。だから」
剣を抜く。静まり返った王の間に金属音が響き渡る。
「終わりよ、ヴァルト」
ヴァルトは少しだけ目を伏せ、それから小さく笑った。
「アウローラは、余計なことを喋ったか」
「余計だったのは貴方の方よ」
「そうかな?」
「父上を殺し、偽物を立て、騎士も民も魔物の餌にした」
一歩、前へ。
「王都の外を捨て、王都そのものまで腐らせた」
また一歩。
「その全部の報いを、今ここで受けなさい」
ヴァルトの笑みが、そこで初めて剥がれた。
目が冷え、唇が歪む。
「……好き勝手言ってくれる! お前に何がわかる!」
次の瞬間、ヴァルトが剣を抜いた。
速い。だが、驚くほどではない。
焦りと怒りに任せた、みっともない踏み込み。玉座の前で立つ男の剣ではなく、追い詰められた足掻きの一撃だ。
ラズとシグレは動かない。アリスであれば問題ないと、信用しているからだ。
剣がぶつかり交差する。
ヴァルトの一撃をアリスは正面から受け止め、そのまま弾く。体勢を崩したヴァルトへ刃が迫る。肩口を浅く裂かれ、ヴァルトが後退った。
「くっ! なんで……」
再び斬りかかる。今度は横薙ぎ。
アリスは半歩下がりそれを躱し、すぐに懐へ踏み込む。柄で顎をかちあげ、頭が跳ね上がる。さらに足を払うと、ヴァルトが膝をつく。
「なっ! なんで、このボクが! こんなことは有り得ない!」
苛立ちが声に混ざる。
だが、アリスは何も言わない。冷たい目で見下ろしている。
「ボクは第二王子だぞ! アルゲンティア王国の王になる男だ!」
喚くような声。
「ここでボクを斬れば国が乱れる! お前に王など務まるものか、アリス!」
「皮肉なものね。その台詞を今、貴方が言うなんて」
アリスの返事は驚くほど冷たかった。
「国を壊したのは貴方よ。騎士も、民も。崩壊する寸前だった」
もう一度、剣が交わる。
だが今度は、交わったというより一方的だった。
ヴァルトの刃はアリスに届かない。
踏み込みは読まれ、力は受け流され、狙いはそのたびに外される。
アリスの刃がヴァルトの剣を弾き飛ばした。
金属音を立て、剣が絨毯の上を滑っていく。
ヴァルトは目を見開いた。
次の瞬間には、喉元へアリスの剣が突きつけられていた。
膝をついたヴァルトが、乾いた息を漏らす。
「ま、待て」
声が変わっていた。
さっきまでの怒鳴り声ではない。情けないほど細い声。
「話せばわかる。ボクは役に立つ。……そうだ、王都を治めるにはボクが必要だ。貴族の掌握も、政の継続も」
「ヴァルト、貴方は」
アリスが、ようやく口を開く。その声音には怒りより、呆れがあった。
「最後まで、そうなのね」
「ア、アリス」
「……残念でしかないわ」
その一言で、ヴァルトは言葉を失った。
ちょうどその時、王の間の外から足音が雪崩れ込んだ。
「アリス様!」
アメリアだった。数人の騎士を率い、王の間へ飛び込んでくる。
彼女は状況を一目見て、すぐに理解した。
「ヴァルトを拘束しなさい。絶対に逃がさないで」
「はっ!」
騎士達が一斉にヴァルトへ飛びつく。
「やめろ! 離せ! ボクは、ボクはこの国の王になる男だぞ! 触れるな!」
抵抗らしい抵抗もできないまま、ヴァルトは床へ押さえつけられた。腕を捻り上げられ、無様な声を上げる。
その姿を、アリスは見ることもなかった。言葉をかける価値もない。
すぐに連れ出せと、どこか寂しげな背中が、そう言っていた。
ヴァルトが項垂れると、王の間に静けさが戻ってきた。
ラズが小さく息を吐く。
「終わったな」
アリスは剣を収めず、玉座を見た。
王が座るべき場所。父王がいた場所。ずっと、遠かった場所。
そして、ゆっくりと振り返る。
「ええ。終わったわ」
シグレは刀を撫でて、頷く。
レイは項垂れるヴァルトを興味なさげに眺めている。
アメリアは拘束されたヴァルトを押さえつけながらも、その顔には確かな安堵があった。
ラズがアリスの横へ並ぶ。
「そして、これからだ」
アリスがラズを見る。
ラズは目線を王座に送る。
「王になってからが本番だ」
一瞬だけ、アリスの口元が緩む。
「そうね」
それは戦いの終わりを告げる声ではなかった。
もっと先へ進む者の声。
王の間の扉は開いている。その向こうには、まだ王都があり、民がいて、これから整え直すべき国がある。
けれど、少なくとも一つだけは、もう終わった。
偽りの王は落ち、新たな王が誕生した。




