第65話 騎士団長との決着
白い光が、地下に満ちた。
騎士団長の剣から溢れる光は、松明のような暖かさを持たない。目に痛く、冷たく、ただ鋭いだけの光。
それはレイが放つ光と同じ。敵を焼き尽くす光魔法だ。
薄暗い地下通路が一気に照らされ、影が薄くなる。壁に反射した光が不自然に広がりを見せ、辺りの闇が消えていく。
ラズはその状況でも、平然と団長を睨みつけるだけだった。
「可愛げがない。昔はもっと嫌そうな顔をしていた。影に隠れ、光を嫌う。オレが光魔法を使うたびに、泣きそうな顔でオレを見上げていた」
その言葉に、ラズは何も返さない。
背後では、巨大な封魔具がまた軋んだ。鎖が鳴る。中小型の檻からは、荒い息と牙を鳴らす音が絶えず響き続けている。
時間はない。
それでも、ここを抜けるにはこの男を斬るしかない。
騎士団長が剣を構える。
「相変わらず黙りか。小さい頃から不気味で気色悪いと思っていた。縋るように見て来るくせに助けは求めない。どれだけ痛めつけても泣きごとを言わない」
光がさらに強くなる。
「自分が苦しんでもレイだけは助け続けた。だからお前が邪魔だった。ラズ・グレイヴナイト」
次の瞬間、騎士団長が踏み込んだ。
速い。
年齢を感じさせないどころか、若い頃より洗練されているようにすら見える。白い光を纏った刃が、真っ直ぐラズの首を狙って駆け抜ける。
ラズは剣で受けずに寸前で躱した。刃が頬を掠め、石壁へ叩き込まれる。
光が爆ぜ、壁が抉れる。
その閃光を真正面から見ながら、ラズは自分の影を伸ばす。床を這った黒が団長の足元に絡みつく。
「甘い」
剣が輝きを増す。光が床を押しつぶし、影を焼き切った。
ラズは後ろに引いて距離を取る。
その背後で、巨大な魔物がまた鎖を引いた。地下が低く震える。
「そいつのことは気にするな」
騎士団長が剣先を向けて伝える。
「お前はここで、オレに斬られて死ぬ。反逆の片棒を担いだ犯罪者としてな。後の事を気にする必要などない」
「……どうだか」
ようやく、ラズが口を開いた。
「死を前にして、ようやく喋る余裕が出来たか?」
「よく吠えるな、弱い奴は」
挑発するような言葉に、団長の顔から笑みが消える。
「相変わらず、可愛げのない奴だ」
団長の剣先がわずかに下がる。次の一撃のための溜めだ。
「終わらせてやる」
白い光が剣から溢れ出す。地下の空気が焼けるように震える。
「お前は昔から勘違いしていた」
騎士団長はゆっくりと歩き出す。
「影は光に従うものだ。光がなければ影は生まれない。お前がレイに勝てないように、オレにも勝てはしないのだ」
その言葉とともに、光が膨れ上がった。
「光があるから影がある。バカでもわかる。それが自然の摂理だ。違うか?」
次の瞬間、地下を満たしていた白が一気に押し寄せる。
無数の刃のような光が、空間そのものを埋め尽くしてラズを襲った。
避けきれない。
ラズは影を自分の前へと盾にして、光を受け止める。
黒と白がぶつかり合い、耳障りな音を立てた。
押される。
影が削られ、靴底が石床を滑る。
それでもラズは踏み止まった。
騎士団長が叫ぶ。
「これが差だ。影は光に呑まれ、消滅する運命なのだ。この世の誰にも必要とされずにな」
白がさらに強くなる。
「それなのに、お前はレイを惑わせた。あれほどの才を持ちながら、お前なんかに付いて回るから歪んだんだ」
その一言で、ラズの目が変わった。
「お前がいなければ、もっとまともに育った。あの光は本来、オレのもとで輝くべき光だったのだ。恐怖の象徴として民を照らし続け、従わせる。それをお前のような出来損ないが……」
騎士団長は剣を掲げ、魔力を放ち続ける。
「お前を殺せばあれはオレのモノになる。だからお前をここで消す。光に塗りつぶされる影の様に。オレの光で、跡形もなく消えるのだ」
白い光が、さらに押し寄せた。
影が軋む。押し潰される寸前まで追い込まれる。
「……モノじゃない」
騎士団長の眉がわずかに動く。
「何?」
「レイはモノじゃないと言ったんだ」
ラズの声は静かだった。怒鳴りも、嘲りもない。
押し寄せる光の中で、影が少しずつ濃くなる。
「お前は勘違いした。レイの光に気を取られ、自分の訓練を怠った。レイをモノとして扱い、それを使う事に時間を注いだ」
ラズが一歩踏み出す。
騎士団長の目が見開かれる。
「俺は違う。俺はレイと一緒に強くなり続けた。どんなに強い光を受けようとも、影が潰されないように」
白を押し返すように、黒が広がり始める。
ラズの足元から広がった影は瞬く間に部屋中を覆い尽くした。剣先から光を当てられた壁は、しかし影により暗闇を保たれている。
「自然の摂理? 知らないな。俺達は自然じゃない」
影が、騎士団長の光へ絡みつく。
「常識でなんてものはない。想定外を覆すものだ。そうやって俺は生きてきた。レイと一緒に」
次の瞬間、黒が、白を呑んだ。
「なっ」
騎士団長の光が、目に見えて揺らぐ。押していたはずの白が、逆に影へ引きずり込まれていく。刀身にまとわりつく光が鈍り、床を満たしていた白が濁り始めた。
「そんな、はずが……!」
狼狽が、初めて声に滲んだ。
ラズはもう止まらない。一気に懐へ潜り込む。
騎士団長が反射で刃を振るう。
だが遅い。
「拾ってくれた感謝はしている。だが、お前はやり過ぎた」
剣が閃く。
騎士団長の脇腹を裂き、鎧の隙間を貫いた。
「が……っ」
血が飛ぶ。騎士団長が後退る。
狼狽の浮かんだ顔を真正面から見据え、その胸元へ影を叩きつける。
「俺もレイも、お前のものだったことは一度もない。俺達は俺達だ」
けれど、致命的な剣が胸に突き刺さる。
騎士団長の身体が大きく揺れ、そのまま膝をつく。
剣が石床へ落ち、白い光が細く掠れて消えていった。
「……馬鹿な」
かすれた声。血が口元から零れる。
「光が、影に、飲み込まれるなんてこと、あり得ない……」
倒れ込む男を、ラズは見下ろしながら零す。
「光や影は関係ない。お前は俺に負けた。それだけだ」
騎士団長の瞳が完全に閉じる。
ラズは一度だけ目を閉じて、すぐに開いて振り返る。
それと同時に轟音が響いた。巨大な檻が、大きくひび割れる。鎖が千切れ、鉄杭が弾け飛び、地下全体が震える。
ラズ目に映ったのは、暗闇の中で立ち上がる巨大な影だった。鈍い光を宿した目。唸り声だけで空気を震わせる、大型魔物。
「もう、止まらない。お前らは、全員、ここで死ぬのだ……」
最後に聞こえた言葉を背中で受けながら、ラズは逡巡した。
終わった。自分の物語は、これで終わりだ。
だが、戦いはまだ終わっていない。
大型魔物が封魔具の残骸を引き裂き、ゆっくりと前へ出る。
その一歩だけで、石床に亀裂が走った。
中小型の檻の奥では、興奮しきった群れが鉄格子へ身体をぶつけ続けている。
外では、まだ王都前の戦いが続いているはずだ。
ここで止めきれなければ、全部が飲まれる。
ラズは短く息を吐いた。
「不味いな。魔力が残ってない」
影を足で叩くが、沈んでいかない。もはや影に潜る魔力は残されていなかった。
『――――ッ!』
不意に、地下の空気を裂くような甲高い音が響いた。
笛の音だ。
音は直接ここで鳴ったわけじゃない、もっと先。
水路の奥か、古い搬出口の向こうか、魔物を外へ流すための通路。そのどこかからだ。
檻の中の中小型が、一斉に静止する。次の瞬間、喉を震わせ、牙を剥き、今までとは比べ物にならない勢いで鉄格子へ殺到した。
『――――ッ! ――――ッ!』
再び笛が鳴り響く。短く、鋭く、何度も鳴り続けた。
それに呼応するように、中小型の群れが完全に狂った。鉄格子が歪む。部屋の奥から別の檻が次々と壊れる音が返ってくる。
魔物が地上に流れ出す。
その確信が、ラズの背を冷たく撫でた。
そして、目の前の大型魔物も反応した。
ラズを見ていたはずの瞳が逸れる。鼻先が持ち上がり、耳障りな笛の音が届く方角へ、巨大な頭が向いた。
まるで、呼ばれたとでもいうように。
「お前も反応するか」
大型が低く唸る。
次の瞬間、その前脚が石床を砕いた。拘束魔具の残骸を引きずりながら、通路の奥。笛の音が響く方へと身体を向ける。
中小型の群れも同じだった。壊れた檻から雪崩れるように飛び出し、まっすぐ水路と搬出口の方角へ走る足音が響き渡る。
外へ出るつもりだ。地上へ。王都前の戦場へ。
ラズは舌打ちした。
最悪のタイミングで起動された。
笛の音はまだ鳴っている。王都の地下全体が、その音に引きずられるように軋んでいた。
ラズは影を踏みしめ、奥歯を噛み締める。
「間に合わなかったか」
咆哮が、地下を揺らした。
大型魔物が、旧搬出口の方角へ向かって一気に駆け出す。
もう、止まらない。
止めるなら、地上だ。
ラズは倒れた騎士団長を一瞥する。
地面に突っ伏している彼。
「……」
ラズは背を向け、何も言わずに轟く笛の音の中を走り出した。




