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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第64話 戦場の裏側

 王都前の戦場は、開戦からそう長くも経たないうちに戦況が傾いていた。


 最初に揺れたのは王都騎士団。レイの一撃で戦場が焼け、アリスの名乗りが響き、そして元王都騎士達が迷いなく剣を向けてくる。その全部が、王都側の足を鈍らせていた。


「押せぇ!」


 アルゴの怒声が響く。


 その横で、アメリアが短く指示を飛ばす。


「中央、出すぎないでください! 右へ流して、崩れた列から入る!」


「はっ!」


 返る声は揃っている。


 元王都騎士達が盾をぶつけ、剣を捌き、刃を返す。ただ正面から叩き潰すのではない。相手の乱れを見極め、動揺した列を的確に切り崩していく。


「本当に、オレ達は」


「やめろ、前を見ろ! 手を止めるな、死ぬぞ!」


「だけど、あの声は……」


 混乱を打ち消すように暗部が先頭で刃を振るう。戸惑う騎士を押し出し、退こうとする者の背を蹴り前線に叩き出す。


「退くな! 反逆者を討て! それが我々、騎士の役割だ!」


 怒号に押され、王都騎士団は前へ出る。


 だが、その踏み込みはもう開戦直後ほど鋭くなかった。


 アリスは馬上で全体を見渡し、即座に指示を飛ばす。


「後退用意! 魔具の援護に合わせて前線を引くわ! 崩すより飲まれないことを優先して! 足並みを揃えて!」


「はっ!」


 後方支援が王都騎士団を襲う。前線が乱れた隙に前衛が切り替わり、万全の状態を保つ兵が、迷い、疲弊する騎士へと突撃を仕掛ける。


 アリス自身も前へ出ていた。剣が閃き、王都騎士の刃を弾き上げる。返す剣で鎧の継ぎ目を裂く。


「アリス様、援護の準備が整いました!」


「準備が出来次第、放ちなさい! 味方に当たらないように心掛けて、正確に狙う必要はないわ!」


 迷いのない声だった。その姿が、王都騎士団の目には痛いほど映る。


 なぜ我々は彼女と敵対しているのだと、本能が手足を縛る。


 城壁の上では、アウローラが青い顔で戦場を見下ろしていた。


「押されてるじゃない。大丈夫なの、これ」


 震えた声で、隣のヴァルトに問いかける。


「まだです」


「まだって」


「黙って見ていなさい」


 穏やかな声音。


 だが、有無を言わさぬ怒りが込められている。


 それ以上、アウローラは口を挟めなかった。


 その時、ヴァルトの視線がふと戦場の一角を捉える。影が一つ、不自然に消えた。


 ラズだ。


 ヴァルトの口元が、わずかに歪む。


「……やはり動きましたか。騎士団長へ伝えなさい。地下へ入った、と」


「はっ」


「ボクも下がります。準備をしなくては」


「あ、あたしは」


「アウローラはここで見ていてください。王がいなくなれば騎士の不安に繋がります。わかりましたね」


 何か言いたげなアウローラには視線もくれず、ヴァルトは最後にもう一度だけ戦場を見た。


 押されている。だが、まだ持ちこたえられる。


「悦に浸っていられる、今だけです」


 小さく呟き、彼もまた城壁の内側へ姿を消した。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 戦場の後方では、イオリがじっと人の流れを見ていた。捕虜に紛れる者。負傷兵に化ける者。降伏したふりで潜る者。


 暗部は必ずそういうところから入り込む。だから、ここが自分の持ち場だとイオリは知っていた。


「……いた」


 地に落ちた影がわずかに揺れる。


 捕虜に紛れた王都騎士団。肩を押さえ、苦しそうな顔をしている。だが、その影に漂う気配が明らかに他と違った。揺れ方が妙に浅い、堪えているようでなんのブレもない。恐ろしいほどに、全てが整っている。


 イオリはそのまま影を伸ばす。


「捕まえました!」


 黒が足首へ絡みついた瞬間、男の顔つきが変わった。


 負傷兵の顔ではない。短剣が袖口から滑り出る。


「やっぱり暗部!」


「ちっ! このガキが!」


 男が飛び退こうとした、その横を光が走った。


 レイではない。後方支援に回っていたバステリオン兵の魔具光だ。


 わずかに止まった隙を、イオリの影が飲み込む。


「こっちです! 王都兵に紛れてました! 暗部の人間です!」


 すぐに兵が二人駆け寄り、拘束する。


 イオリはその背を見送りながら、小さく息を吐いた。


「……冷静に。落ち着けば、区別は出来ます」


 ラズに言われた言葉を、胸の奥でもう一度噛み締める。


 期待に応えて見せる。影魔法の使い方を教えてくれた、師匠のために。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 ラズは戦場の下にいた。


 王都外郭のさらに外れ。使われなくなった物資搬出口へ繋がる古い通路。


 湿った石壁。腐った木の匂い。かつて荷車を通した名残か、床はところどころ不自然に広い。だが、その古さの中に新しいものが混じっていた。


 削り直された石。継ぎ足された鉄枠。新しい鎖。


「こんなところがあったのか」


 奥へ進むほど、嫌な匂いが濃くなる。魔物の本能を逆撫でするような、じわりとした魔力の臭いだ。


 やがて、通路の先が開ける。


 そこには異様な光景が広がっていた。


 鉄格子。封魔具。地面へ刻まれた術式。そして、その内側で蠢いている中小型の魔物達。その数はかぞえ切れないほどだ。


 ただいるだけではない。押し込められた檻の中で、互いの身体を踏み潰すように身を寄せ合い、牙を鳴らし、唸り、じっと何かを待っている。


 数を確認する意味はない。


 ラズは視線すら置かず、そのさらに奥へ進む。偵察の時に感じた嫌な気配はここにはない。あるのはもっと奥だ。


 実際、地面に刻まれた術式は奥へ繋がっていた。


 そして、その先で気配が変わった。


 中小型のざわめきではない。もっと重い。もっと深い。


 広い空間に出る。


 その中央には、巨大な封魔具が据えられていた。


 黒鉄の檻。幾重にも巻かれた鎖。そして、その内側でうずくまる巨大な影。それに繋がれた幾つもの配線。巨大な影は目を閉じ、まだ動いてはいない。だが、それが大型魔物だと見誤るはずもなかった。


 その手前には、別の装置がある。コアのような魔具。それを囲う術式。コアと魔物を繋ぐ鎖。


「随分と大袈裟だな。ルーガル・ファウンダーから出て来たコアとは桁違いだ」


 先ほどみた魔物の数々。そして、目の前にいる魔物から感じる違和感。魔物を抑え込む檻に鎖。足元には中小型の魔物が通れるような扉が備わっている。


 この魔物が中小型を活性化させ、生み出し、吸収し、戦場へ送り出す親玉。そして周りに備わる魔具が、魔物を抑え込んでいる拘束魔具、そして、活性化させるものか。


「厄介だな」


 恐らく王都側は戦況が悪くなれば大量にいた中小型の魔物を一斉に地上へ放つ。そうなれば戦場は混乱し、多くの死者が出る。


 しかし、あの数を殺していてはこの大型を抑えるのは厳しくなる。そのうちにラズの存在がバレ、大型が魔物を無数に生み出す可能性がある。


 どちらか選ぶしかない。


「……根本を潰さないと意味はないか。外にはレイとシグレがいる」


 短く吐き捨て、ラズは影を伸ばした。黒が床を這い、術式や配線をまとめて断ち切っていく。次の瞬間、地下全体が低く唸った。


 檻の中の中小型が一斉に暴れ出す。鉄格子へ身体を打ちつけ、牙を鳴らし、喉の奥で唸り声を重ねる。手前の部屋から、鈍い振動が響き続ける。


「意外に硬いな」


 ラズはさらに影へ力を込め、術式を断ち斬り続ける。


 やがて、制御部は鈍い音と共に光を失う。だが、その代わりに抑えも切れ始める。


 巨大な封魔具に細い亀裂が走った。ひときわ大きな音を立てて、コアが完全に砕け散る。その瞬間、鎖が鳴る。黒鉄の檻が軋む。


 奥でうずくまっていた巨大な影が、わずかに身じろぎした。


「反応するか。予想はしてたが」


 その瞬間、地下の空気が変わる。


 檻の中の中小型が、さっきまでの苛立ちとは別の、もっと剥き出しの興奮を見せ始める。喉を震わせ、床を引っ掻き、互いの身体に食らいつくように暴れ出した。


 そして檻の中では、重い呼吸音が、一つ。巨大な檻の中で、眠っていた何かがゆっくりと目を開ける。暗闇の奥で、鈍い光が揺れた。


「体内にもコアがあるのかどうか。外のコアを破壊して、嫌な気配は消えたが」


 巨大な影が鎖を引く。封魔具の杭がきしみ、石床に細かな亀裂が走る。


 まだ出ない。だが、もう長くは持たない。


 暴れられる前にコイツを殺す。


 その時だった。


「やはり、ここへ来たか」


 背後から、男の声が響いた。


 ラズは振り返る。


 薄暗い通路の奥から、白い光が差し込んでくる。


 それは松明の光ではない。剣そのものが放つ、冷たい光。


 騎士団長だった。


 抜き放たれた刀身に、白が宿っている。年を重ねても衰えない威圧感。だがその目には、騎士らしい誇りよりも、冷えた執着の色が濃かった。


「そこまでだ。ラズ」


 表情を崩さず、ラズは睨み返す。


「遅かったな。もう破壊し終わったところだ」


「まだ間に合う。お前にはわからんだろうがな」


 騎士団長の視線が、崩れかけた拘束魔具からラズへ移る。


「だが、これ以上やられては困る。それは替えが利かないものだ」


「必要ない。こんなものは」


「いいや、必要なモノだよ。人を支配するのにな」


 団長は構えを崩さないまま、わずかに口元を歪めた。


「それより、レイはどこだ」


 その問いに、ラズの瞳が冷たく光る。


 背後では、巨大な封魔具がまた軋んだ。鎖が鳴り、鉄の杭が石床を削る。


 だが団長は、そんなものに目もくれない。


「お前と一緒じゃないのか? せっかく拾ってやったというのに、あの娘はつくづく見る目がない」


 剣を包む光が、微かに揺れる。


「お前さえいなければ、まともに育ったものを。邪魔をしてくれたな」


 ラズは何も言わない。


 ただ、影がわずかに濃くなった。


 地下の奥で、巨大な魔物が低く唸る。


 封魔具は軋み、制御部は崩れかけ、地下全体が不安定に震えている。


 それでも今、ラズの前にいるのはその男だった。


 斬らなければ先へ進めない。時間はもうほとんど残っていない。


 騎士団長が、一歩踏み出す。


「今度こそ、終わらせてやる。お前は用済みだ、ラズ」


 白い光が、地下に満ちた。

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