第61話 決戦の役割分担
ラズ達がパウザリアへ戻った時には日が暮れかけていた。
見張り台には灯りが入り、街道へ向かう道にも兵の影が増えている。昨日まで商人が行き交うだけだった街が、今は完全に前線の街になっていた。
駐屯所の大広間に入ると、アリス達はすでに集まっていた。
アリス。シグレ。アメリア。駐屯騎士隊長。領主代行。それに、元王都騎士の中でもまとめ役になっている者が数名。
ラズが戻ったのを見るなり、アリスが席を立つ。
「どうだった?」
「王都周辺の村は既に空だった」
短く答えて、ラズはそのまま机の前まで歩いた。
「住民と騎士を王都へ集めてるところを見た。外の詰所はもう無人だ。もう外を守る気はないらしい」
大広間が静まり、ラズは続ける。
「見てきた村の被害は小さかった。恐らく魔物を住民に見せて、すぐに仕込んでた王都騎士団、或いは暗殺部隊で魔物を狩ったんだろうな。それで、危険だからと王都に来るよう強制した」
「……そう。やっぱり、そういうことなのね」
ため息を吐くアリスに。
「それだけじゃない」
今度はレイが口を開いた。
「王都の近く、気持ち悪かった。地下に、何個かある。今は静か。でも、膨れたらまずい」
シグレが僅かに眉を動かす。
「コア、ですか」
「たぶん。そんな感じがした。正確な場所はわからない。でも、絶対にある」
「それならば……。時間はありませんね。急いだ方がいいでしょう」
「ええ」
シグレの言葉に、アリスが頷く。
「王都はもう外を守る気がない。民を集めて、騎士も集めて、そのうえで何かを起こすつもりなら……。待っていても被害が増えるだけよ」
アリスは広げられた地図の上へ手を置いた。
「パウザリアを足場にして、王都前まで出る」
宣言し、アリスは一人ひとりを見た。
「玉座を取り戻すためだけじゃない。これ以上、民を王都の檻に閉じ込めさせないために。これ以上、魔物を好き勝手に使わせないために。止めに行く」
「ここまで来れば待つ意味はありません。準備ができ次第、向かうべきです」
シグレがすぐに答える。
「長居すればするほど今の人数じゃ物資が減るからな。オレも賛成する」
駐屯騎士隊長が頷く。
「騎士団と……。知った顔と戦う心構えは出来ています。我々も問題ありません」
覚悟を決めた様に、アメリアが答えた。
アリスは頷き、それからラズへ向き直る。
「問題は魔物の件ね。レイが言うには地下にあるみたいだけど」
「俺がやる。索敵から始末まで、得意とする分野だ」
言い切る声に迷いはない。
だが、その横でレイが当然のように一歩前へ出た。
「わたしも」
「レイはダメだ」
否定するラズに、レイは微かに不機嫌を顔に出す。
「なんで?」
「レイは戦いの鍵だ。開戦時に脅しの一発。その後、魔物が出て来た時の広域殲滅。大事な場面で必ずレイの力が必要になる」
「でも」
「でもじゃない。今回ばっかりはダメだ、レイ」
まるで意見を受け付けないラズに、レイは鼻を鳴らす。
「しょうがない。こういう時、ラズは譲らないから」
「助かるよ」
頭を撫でられると、よそ見をしているが、レイはどこか満足げだ。
「ならイオリが行きます! 索敵ならイオリも得意ですから!」
「いや、イオリもダメだ」
「な、なんでですか!?」
「対面する騎士の中には暗部が紛れるだろうからな。降伏したと見せかけて何を仕掛けて来るかわからない」
ラズはしっかりとイオリを見つめる。
「暗部を見分けられるのはイオリだけだ。捕虜として暗部の侵入を許せば内側から崩壊させられる可能性がある。そのために、暗部が紛れ込んだら即座に対処する必要がある。重要な役割だぞ。やれるか?」
責任が乗る言葉に、イオリは微かに考え。
「……わかりました。イオリはイオリが出来ることをします」
「ああ。影の気配も怠るな。重要な事は俺が影から伝える。頼んだぞ」
「はい!」
元気よく返事をするイオリに、ラズが頷く。
「そじゃあ。前衛は」
「我々が引き受けます」
アリスの言葉を遮ったのは、アメリアだ。
真っ直ぐアリスを見つめる瞳には、覚悟が乗っている。
「先日まで仲間同士だったのよ? やれるの?」
「問題ありません。それに、その方が被害は抑えられると思います」
「戦闘しながら説得でもするつもり?」
「そんな甘いことは言いません。我々は……」
アメリアはアリスから視線を外して、シグレに目を向ける。
「我々は騎士です。バステリオンの皆さんを守る立場でもある。最前に出るのは当然のことです」
その言葉を受けて、シグレの口元が緩む。
「ふふっ。随分とお優しいのですね」
「騎士として、当然のことを言っているだけです」
「そうですか。バステリオンとしては長年の恨みを晴らすという想いがあるのですが」
シグレはそっと、腰に携えた刀を撫でた後。
「いいでしょう。最前は騎士団の皆様に任せます。バステリオンは後衛からの援護。及び、魔物が出現した時の前線を任されます」
「魔物が出たとしても」
「魔物は我々の分野です。それではダメですか?」
微笑みながら伝える言葉には、譲らないという圧がある。
「……わかりました。お言葉に甘えます」
それを飲み込み、アリスが頷く。
大広間に広げられた地図の上で、線が引かれていく。
正面戦力。遊撃。見張り。補給。退避路。
そして、ラズの索敵経路。
決まっていくたびに、戦いの形が現実になっていった。
「出撃は数日以内よ。各地から来る者達と合流し、態勢が整い次第、王都へ出る。これ以上、時間を与えるつもりはないわ」
その言葉に、各責任者が頷く。
会議が終わる頃には、外はもう夜だった。
それでも広場には人がいる。物資を運ぶ者。魔具を点検する者。馬を撫でる者。伝令へ地図を渡す者。
この町を経由し、これから兵と物資がさらに集まってくる。その誰もが、数日のうちに王都へ出ることを理解している。
アリスは駐屯所の階段を下りると、そのまま広場の中央へ歩いていく。
自然と、人が集まり始めた。
バステリオンの兵。元王都騎士。パウザリアの駐屯騎士。
アリスは一度だけ息を吸った。
「まもなく、私達は王都へ出る」
ざわめきが走る。それでも、誰も口を挟まない。
「明日じゃない。けれど遠くもない。各地から集まる者達と合流し、準備が整い次第、王都前へ進むわ」
視線が、広場の全員を順に捉える。
「王都を取り戻すために。……それだけじゃないわ」
その声は静かだった。けれど、広場の隅までよく通った。
「これ以上、民を苦しませないために。アルゲンティアを守るために。ここを出る」
短い沈黙。
やがて、最初に膝をついたのは元王都騎士の一人だった。
「アリス様に付いて行きます」
その声を合図にしたように、次々と膝がつく。
バステリオンの兵は胸に拳を当て、パウザリアの駐屯騎士達も無言で頭を垂れる。
広場の熱が、一つになっていく。
アリスはそれを見て、小さく頷いた。
「ありがとう」
風が吹く。
王都へ続く街道は暗い。けれど、そこへ出る理由は十分だった。
守るために出る。取り戻すために出る。
数日のうちに兵は揃う。その時、王都へ出る。
広場の灯りが揺れる中、パウザリアは静かに、だが確かに準備を整えていた。




