第59話 王都だけを守る国
ラズはレイとイオリを連れてパウザリアを早い時間のうちに出ていた。
街は慌ただしいが、自分たちに出来ることは少ない。
今するべき自分の役割は、前線の偵察だ。
昼のうちはレイがいる。仮に魔物や騎士団と衝突しても一掃できる。
夜まで時間が掛かったとしてもラズとイオリがいる。暗闇で影魔法使いより有利に立ち回れる者は少ない。殲滅、誘導、撤退。なんでも行えるだろう。
偵察であれば少人数、これ以上はむしろ邪魔になる。少数精鋭で充分と判断した結果だ。
街道を外れ、細い脇道へ入る。
まだ辺りは薄暗い。遠くの空がようやく白み始めたばかりで、遠くに見える村の輪郭もぼんやりとしか見えない。
ラズが影を伸ばして安全を確認してから、最初の村に入り込む。
「んー……。静かですね。誰もいません」
「捨てられた村だな」
見て回ると、生活の跡が残っていた。
井戸の桶はそのまま。戸口には使いかけの薪。畑の隅には収穫前の野菜が放り出されている。家の扉は閉まっているが、どれも慌てて閉めたように雑で、扉が開きっぱなしの家もある。
慌てて村から逃げ出したような跡が幾つも見受けられた。
「不用心ですね。これじゃあ泥棒が入り放題ですよ」
「そういう問題じゃない。見てみろ」
荷馬車の車輪の後が幾つもある。それは全部が同じ方を向いており、その先にあるのは王都だ。微かに残る足跡も、同じ方にしか向いていない。
「王都、ですか?」
「ああ。魔物に襲われて王都に逃げたんだろう」
「違う」
レイが一点を見つめて、ぽつりと呟く。
視線の先には壊れた荷車。車輪が外れ、荷台には毛布と食器、それに子ども用の小さな靴が転がっている。
「追い出された。誘導された。王都に来るように」
「……そうだな」
村の入り口には魔物に襲われた痕跡がある。だが、爪痕も血も多すぎない。村を食い荒らしたというより、村から追い出すためだけに現れたような傷跡だ。
「なんでこんなこと」
「目的の為に手段を選ばない人間はいる。俺達の敵はそういう奴等だってことだ。次の村に行くぞ」
イオリの視線を留まらせないようにラズは肩を叩いて先頭を歩く。
次の集落も似たようなものだった。空の家。雑にまとめられた荷。慌てて閉じた扉。そして、王都へ向かう土の跡。馬の糞は新しい。荷馬車の跡も深い。かなりの数が最近まとめて通ったとわかる。
「歩いてる。誘導されてる」
レイが街道の先を見ながら呟く。
直接姿は見えない。太陽が昇り日差しが出ているからこそ、レイが感じられる。ラズが影に魔力を流して広域調査出来るものと同じだ。
「どこに向かってる?」
「王都。人の周りに、騎士が付いてる」
「魔物はいるか?」
「感じない」
イオリが必死に見ようとするが、あるのは地平線だけ。
とても目視での確認は無理だ。
「騎士も多い。たぶん、街の駐屯を引き連れてる」
「住民と騎士、両方を王都に集めてるってわけか。戦力を集めてるってわけだな」
その言葉を聞いたイオリが道端の詰所を覗き込む。
「そういえば騎士も見張りもいませんでしたね」
本来なら騎士が詰めて村を守り、街道を監視しているはずだった。だが今は無人。椅子は倒れ、扉は開かれたまま。急いで引いた跡だ。
「呼び戻されてるんだ。もうこの村を守る必要はないってな」
守るべきは村でも街道でもなく王都だけ。そう決めた動きだ。
王都に近づくほど、その傾向は露骨になる。小村は空。詰所は無人。人と荷だけが王都へ向かう。その光景が何度も続くと、イオリが肩を落として呟く。
「本当に、王都だけ残すつもりなんですね……」
「今だけだ。アリスが王になればこんなことはなくなる」
声を掛けられ、イオリはラズを見上げる。
「見て来ただろ? アイツの背中を。少なくとも、こんなことをする奴じゃない」
「……はい。そうですよね! アリス様ならすぐにアルゲンティアを良くしてくれます! それに、師匠やレイさんもいますしね!」
元気な声を掛けられるが、ラズとレイが、目を合わせ。
「いや。わたしは」
「レイ」
言いかけた彼女の言葉をラズが止め。
「王が間違った方向に国を進ませないようにするのも騎士の仕事だ。その時は、イオリにも協力してもらうぞ」
「もちろんです! イオリに出来ることがあればなんでも言ってください!」
「ああ。頼りにさせてもらう」
昼に近づく頃、三人は街道から外れ、森沿いの斜面を進んでいた。
視線の遠くには点に移る王都。見に来たのであって、入りに来たわけじゃない。
「気持ち悪い」
王都を見つめ、レイが囁く。
「ああ。魔物の気配がある」
「えっ? 魔物ですか?」
イオリが辺りを見渡すが、そんなものはいない。
だが、それでもラズとレイは顔をしかめたまま王都を睨みつけていた。
「意外と近いな。それも何個かある」
「地下。隠されてる」
「今は静かだが、膨れ上がる可能性がありそうだ。ヒルデが言ってたコアか?」
「かもね。たぶん、そこから感じる」
確かな場所はわからない。
だが、城壁の下に幾つか不穏な空気を醸し出す場所があるのは間違いない。
「やな感じ」
その声は小さい。だが、はっきりしていた。
ラズは頷いてから立ち上がる。
「よし、引き上げよう」
「もういいの?」
「十分だ。これ以上は調べる必要もない」
無理に踏み込む必要はない。見えたものだけで足りる。
王都は周辺を捨てた。人も騎士も中へ集めている。その上で、何かを準備している。それがわかれば十分だった。
引き返そうとした、その時。遠くで、低く鐘が鳴った。
王都の鐘か、外縁の鐘かまではわからない。だが、音は一度では終わらない。しばらく間を置いて、また響く。
その合間にも、街道の方からは荷車の軋む音が止まらなかった。
昼だというのに、流れは途切れない。人も、物も、全部が王都へ吸われている。
イオリが肩をすくめる。
「なんか、嫌です。気持ち悪い。なんで王都ばっかりに……」
「同感だ。自分達だけ良ければいいと思ってる。そういうやり方だ」
「ん。行こう。もう飽きた」
短いやり取りを終えて、三人は来た道を戻る。
人気のない村。王都へ向かう跡。無人の詰所。
そして、王都から感じた嫌な空気。
答えはまだ見えていない。けれど、王都がまともな姿をしていないことだけは、十分すぎるほど伝わった。
風が木々を揺らす。
ラズは一度だけ振り返った。王都はもう見えない。
それでも、その向こうで何かが動き始めていることだけは、はっきりと感じ取れた。




