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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第58話 戦いのあとの準備

 パウザリアが動き出したのは、早かった。


 助かった安堵に浸る暇もなく、街は次の形へ変わり始めている。街道沿いの宿には怪我の軽い騎士達が振り分けられ、大部屋の机は壁際へ寄せられ簡易の寝台が並ぶ。


 倉庫の一角にはバステリオンから運び込まれた保存食や包帯、魔具が積み直されていく。


 駐屯騎士、元王都騎士、バステリオンの兵。立場の違う者達が、手を取り合って走り回っている。


 昨日までならあり得なかった光景だ。けれど今は、誰もそこに違和感を抱かない。


「パウザリアからの街道は三方向。北東に王都、西にセレスティア、南東にバステリオンね」


 騎士が駐屯所している大広間。壁に張り出された地図を確認しながらアリスが言う。


「辺りを確認してきたが、王都に繋がる細い道が幾つかあった。荷馬車が通れる幅はないが、人が抜けるには十分だ。見張りを付けた方がいい」


「わかった」


 ラズの言葉に、アリスが地図に書き足す。


「街道の見張りは朝昼夜で六交代、パウザリアの駐屯騎士と元騎士を混ぜて組みましょう。周辺の巡回はバステリオンの兵に頼むわ」


「承知しました」


 アメリアが短く答え、駐屯騎士隊長が頷く。


 領主代行は、そのやり取りを見ながら口を開いた。


「住民の避難が終われば宿は全て空けられます。荷台置き場はすぐに倉庫として使用可能です」


「ありがとう。助かるわ」


「助けられたのはこちらです。他にもなにかあればなんなりとお申し付けください」


 丁寧な言葉だが、気負いのない協力だとわかる。


 本物のアリスだから、というわけではない。助けられたという想いから来る協力。


「わかった。それじゃあみんな、行きましょう」


 アリスの言葉に、最初に動き出したのはラズだ。


 向かったのは駐屯所に作られた、簡易的な留置所。


 普段は物置として使われているそこに、壁際に座らされた暗部の男がいた。手足は拘束され、口元には痣がある。


 ラズ。アリス。シグレ。レイ。アメリア。


 それに駐屯騎士隊長と領主代行。


 暗部の男は入ってきた面々を見上げ、薄く笑った。


「さて」


 シグレが男の前で足を止める。


「先に言っておきますが、自害は出来ません。首の術式も、奥歯の毒も処理しています。そこを十分に理解してください」


 穏やかな口調。だが、その言葉で男の笑みがわずかに引き攣った。


「化け物め」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 シグレは少しも表情を崩さない。


 ラズが懐から笛を取り出し、男へ見せると、男は視線を逸らす。


 その反応で、笛の役割を知っているというのは明白だった。


「調べは付いている。これでパウザリアに魔物を寄せたんだな」


 ラズの問いに、男は答えない。


 代わりに唇の端だけを歪める。


「……だとしたら、なんなんだ?」


 駐屯騎士隊長の顔が険しくなる。


「やはり人為的に魔物を」


 領主代行は理解できないと、目を閉じて首を横に振る。


「ここを潰すつもりだったのね」


 アリスが一歩、前に出ると、男は鼻を鳴らして口を開いた。


「もうここは不必要だ」


「どういう意味?」


「そのままの意味だ。お前達が使う前に、壊す予定だった。皆殺しだよ」


 目線は領主代行と駐屯騎士隊長に向けられる。


「王都はこんな街に用はない。もう住民は必要ないんだよ。ここで殺されておけば楽に死ねたのにな」


「好き勝手言いやがるじゃねえか」


 腕を回して前に出る隊長を、ラズが手で制して止める。


「後でやれ。今じゃない」


「……っち」


 後ろに引いて壁に寄りかかる隊長を他所に、アリスが進める。


「次はどこを襲うつもりなの?」


「知らされてると思うか? オレみたいな下っ端が」


 それ以上は言わない。言うつもりもないのだろう。


「アリス、十分だ」


 ラズの言葉に、アリスが頷く。


 全部吐かせる必要はない。これで足りる。


 王都はもう、パウザリアを守る気がない。使う気もない。


 ここは捨てられた街なのだ。


「残念だけど、王都はもうパウザリアを守る気がないわ」


「……でしょうな。改めて、今の王都の考え方を知れました。わかってはいましたが、こうして言われると、辛いものがあります」


 肩を震わせて俯く老人に、駐屯隊長が寄り添い肩を叩く。


「パウザリアだけじゃない。他の村は魔物に襲われて、住民は強制的に王都に送られてる。守ってやると嘘を吐かれて」


 だからここは運が良かった、とは言えない。


 それだけ王都のやっていることはおかしいということだ。


「王都は間違いなくパウザリアを潰しに来るわ。その前に、私達はここを前線拠点として立て直す」


 その言葉に、駐屯騎士隊長が頷く。


「ここは王都とバステリオンの中間地点だ。前線にするには使い勝手はいいだろう」


「ええ。それに、周辺の村や街道にも手が届く」


「物資も回せますな」


 領主代行が続ける。


「商人たちには話しを通しておきます。事情を説明し、理解をしてもらえるなら物資をわけてもらいましょう」


「元王都騎士は街道防衛と遊撃に回せます。移動と対魔物戦なら慣れています」


 アメリアが地図を思い浮かべるように言い。


「駐屯兵は街中と周辺の施設を強化する。勝手は一番わかってるからな」


 駐屯騎士隊長が申し出る。


「バステリオンは住民や物資の輸送を優先させます。セレスティアにも物資の提供はお願いしましたので、そちらにも手を回します。数が必要ですからね」


 シグレの声は静かだが、迷いがない。


「俺とレイ、それとシグレは偵察を始める。王都周辺まで確認が必要だ」


「大丈夫なの?」


 ラズの言葉に、アリスが心配の声を掛ける。


「安心しろ。昼はレイがいるし、夜なら俺とイオリがいる。負ける要素も捕まる要素もない。やり過ぎには気を付けないといけないがな」


 レイの頭に手を載せながらそう伝えるラズに、隙は無い。


「頼もしいわ。くれぐれも無理はしないで。……あと、やり過ぎないでね」


「わかってる。な?」


「善処する」


 すまし顔で答えるレイに、アリスは困りつつも、微かに微笑む。


 それぞれが役割を確認し、倉庫を出た時には方針は決まっていた。


 後は動かすだけだ。


 その後のパウザリアは、さらに忙しくなった。


 駐屯騎士隊長は柵や宿屋の改築を行い、街道の見張り。領主代行は街の有力商人達へ直接話を通し、空いている倉庫と宿の開放を進め、物資の協力要請。


 アメリアは元王都騎士を再編し、休ませる者と回す者を分けた。


 バステリオンの兵はすぐさま馬車を走らせ物資を充実させていく。


 広場の地図には、次々と線が増えていった。


 街道。見張り場。巡回路。退避導線。物資の流れ。負傷者の搬送先。


 それらが街の機能として繋がっていく。


 夕方になる頃には、パウザリアの空気そのものが変わっていた。


 見張り台に灯りが入り、街外れには新しい詰め所が設けられる。宿の前には剣と盾が立てかけられ、厩舎にはいつでも出せるように鞍をつけた馬が並んでいた。


 商人たちが休息するための街が、前線拠点へと姿を変えていく。


 その様子を高台から見ていたアリスは、小さく息を吐いた。


「いよいよ、って感じがするわね」


 隣にいたラズが短く返す。


「ああ」


 その一言だけで、十分だった。


 街道の先には王都がある。そこへ辿り着くまでに、まだ守るべきものがある。止めなければならないものがある。


 もう足場はできた。


「もうすぐよ。もうすぐ」


 まっすぐ前を見つめる彼女の腰を、ラズが軽く叩いて驚かせる。


「ちょ、ちょっとなに!?」


「力み過ぎだ。今からそんなんじゃ疲れてしょうがない」


 呆れたように笑うラズに、アリスは頷いた。


「……そうね。わかってるわ」


 アリスは遠くの街道を見つめたまま、そう言った。

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