第57話 守り切った街
戦いが終わったあとのパウザリアでは人が忙しなく走り回っていた。
魔物の死骸を片付ける者。倒れた荷車を起こす者。無事を確かめ合い、安堵している者。
外縁の柵はいくつか壊され、街道沿いの石畳には深い爪痕や血の跡が見られる。傷跡は残っているが、建物の多くは原型をとどめており、荷もすべてが失われたわけではない。
なにより、住民の死者が出なかった。
ラズ達がもう少し遅れていれば外縁は完全に破壊され、被害は一気に広がっていただろう。そう思わせるには十分な傷跡が、街のあちこちに残っている。
「なんとか守れはしたけど」
アリスは広場の中央で足を止め、周囲を見渡し街の損傷、住民の安否。街に流れる空気を感じていた。
被害は最小限。民は守れた。
だが、住民達の表情に不安が混ざり、困惑している者が多い。
バステリオンに合流した元王都騎士団と、バステリオンの兵が倒れた荷車を起こし、負傷者を運び、駐屯騎士と並んで後片付けをしている。
「なんで、王都の騎士とバステリオンの住民が? 敵対してたんじゃないのか?」
「戦ってる最中も同じ魔物を倒してたよな?」
「助けてくれたのは確かだが、バステリオンは反乱軍なんじゃないのか?」
小さな囁きが街に響く。
拒絶ではない。かといって、それを見て理解できる者はいない。
困惑。今のパウザリアにあるのは、その色だった。
「アリス様」
振り返ると、アメリアが歩いてくる。
「住民の避難はおおむね完了しました。負傷者も広場と宿に分けています。駐屯していた騎士達とも連携が取れました」
「ありがとう。問題なくやれてる?」
「はい。我々も、バステリオンの皆さんも。協力して動けています」
アメリアの視線の先では、元王都騎士とバステリオンの兵が黙々と働いていた。倒れた柵を起こし、荷を運び、住民たちを誘導している。別々に行っているわけではなく、手が空いている者が手分けして進めているようだ。
その姿が、余計に街の者達を戸惑わせているようだが、アリスからすればいい方向に進んでいるように映る。
そこへ、ラズ達が戻ってきた。ラズ。レイ。イオリ。そして、その後ろを歩くシグレ。
ラズの手には意識のない男が引きずられていた。
「その人は?」
「暗部だ」
短い答えだが、その一言で充分だった。
アリスの視線がシグレへ向く。
「首筋の術式だけ切り裂きました。奥歯の毒も砕いたので自害は出来ません」
淡々とした口調。だが、周囲にいた者達の空気がわずかに変わる。
また暗部を生きたまま押さえた。しかも、今回はパウザリアの中に紛れていた者を、平然と。
ラズが懐から笛を取り出した。
「こいつが持ってた。魔物を呼び寄せたんだろうな」
「……そう」
「パウザリアを取ると踏んで潰そうとしたってところか」
「手が早いわね。それに容赦がない。……全く、ムカつくわ」
その言葉を聞いていたアメリアが、二人の人間を伴って近づいてくる。
一人は、先ほど前線で見かけた駐屯騎士の隊長。
もう一人は五十を過ぎた老人。
「駐屯騎士隊長と、パウザリアの領主代行です」
アリスは頷き、二人へ向き直った。
先に口を開いたのは、駐屯騎士隊長。
「助かった」
短い言葉。だが、その一言には安堵と実感が込められている。
「オレ達だけじゃ持たなかった。感謝する」
「いいのよ、間に合ってよかったわ」
アリスがそう返すと、隊長は難しい顔のまま元王都騎士達とバステリオンの兵を見る。
「感謝はするが……。正直、頭が追いつかん状況だ。貴方の事も」
駐屯騎士隊長は難しい顔のまま、アリスを見た。
「……いや、その前に一つだけ確認させてくれ。貴方は本物のアリス様なのか。それとも偽者の反逆者なのか。それだけは聞かせて欲しい」
広場の空気が少しだけ張る。
けれど、アリスは表情を変えなかった。
むしろ、当然だと言わんばかりに頷く。
「そうね。確認は必要だわ」
その落ち着きに、隊長の眉がわずかに動く。
代わりに口を開いたのは、領主代行だった。
「昔、一度だけ王都でお見かけしたことがあります。まだお若い頃でしたが」
老人はアリスの顔を真っ直ぐ見た。
「式典の終わり、貴方様は転んで泣いていた厨房の見習い娘に真っ先に駆け寄っておられた。騎士よりも早く、貴族などに目もくれず……。遠目に見ていただけですが、妙に印象に残っておりましてな」
アリスは思い出すように瞳を閉じて、それから小さく頷いた。
「そんなこともあったわね。侍女には止められたけど、あの子、膝をひどく擦りむいてたのよ。泣きそうな顔でこっちを見て、放っておけないじゃない?」
領主代行の細い目が見開かれる。
「やはり」
そのやりとりを聞いていた駐屯騎士隊長が腕を組んだまま言う。
「オレは王城勤めじゃなかったから昔の姿は知らん。だが、アリス様は民を大切にしていることは知っている。さっきの戦いであんたは最初から住民を守る指示を飛ばしていた」
その視線が、アリスの後ろにいる元王都騎士達へ向く。
「しかも、そこの連中にも同じことをさせていた。偽物ならそんなことをするとは思えない」
短く息を吐き、隊長は続けた。
「今の政策がアリス様の指示のもと行われているというのは、おかしいとは思っていた。だが、まさか本物が反逆者だとは思っていなかった」
領主代行も静かに頷いた。
「すべてを知ったとは申しません。なぜアリス様がそうなったのか、どちらが正しいのか……。ですが、この街を守ってくださった方達を、無下にすることはできません」
アリスは二人を見て、真っ直ぐ頷いた。
「そのことで、お願いがあるの」
アリスは広場と街道、その先の門を順に見た。
「先日、バステリオンを攻めてきた王都騎士団を説得して、今はバステリオンと手を組んでいる状況よ。偽者から王座を奪い返すために」
その言葉に、二人はつばを飲み込む。
「バステリオンに人が集まりすぎているの。戦える人も、物資も、住民も。それに、前に出るには少し重い。王都は距離があるから」
その言葉を、二人は黙って聞いている。
「でもパウザリアは違う。街道の要で、宿も厩舎も倉庫もある。前に出やすいし、後ろへ繋ぐにも都合がいい。だから、ここを前線拠点として使わせてほしい」
短い沈黙が流れる。
駐屯騎士隊長が低く唸る。
「前線拠点、か……。本当に王都とやりあうのか」
「そのつもりよ。民のため。アルゲンティアのために」
アリスが短く言った。
「本来なら、慎重に考えるべき話なのでしょうな」
領主代行はそう言いながらも、その目は答えが決まっているようだ。
「先ほども言いました。今日この街を守ったお方を無下にすることはできません。それが、アリス様であれば尚更です」
アリスは黙って領主代行の言葉を待つ。
「使ってください、アリス様。わたしもいまの王は好かんのです。息苦しくて敵いません」
隣でそれを聞いた駐屯騎士隊長が続ける。
「バステリオンを攻めた騎士を引き連れている意味がわかった。オレ達も出来る限りは協力する。なんでも言ってくれ」
「ありがとう。存分に使わせてもらうわ」
アリスは迷わず答えた。
それで十分だった。
領主代行と駐屯騎士隊長が深く頷く。その言葉を合図にしたように、広場の空気が動き始める。
宿が前線用に開けられ、倉庫の一角が物資置き場に回され、厩舎には増えた馬が繋がれていく。駐屯騎士と元王都騎士が同じ地図を囲み、街道と町外れの地形を確認し始める。
助けた街が、少しずつ足場のある街へ変わっていく。
アリスはその光景を見ながら、小さく息を吐いた。
「ここが、前線になるのね」
隣に立つラズが短く答える。
「ああ」
街道の先には王都がある。
遠い。けれど、もう手の届く場所まで近づいてきていた。




