第56話 守るための共闘
パウザリアの外縁はすでに戦場になっていた。
街道脇に並んでいた荷車は横倒しになり、柵は砕け、逃げ遅れた住民達が悲鳴を上げながら建物の陰へ身を寄せている。
その前で、数名の駐屯騎士が必死に剣を振っていた。
「下がれ! 子どもを先に行かせろ!」
声を張り上げる騎士の肩口は、もう血で濡れている。息も荒い。それでも退かない。
だが、数が足りなかった。
ミノタウロスが二頭、三頭と柵を飛び越え、その後ろからさらに爪の鋭い小型の魔物が流れ込んでくる。押し止めても、すぐに別の群れが押し寄せる。
「くそっ!」
駐屯騎士の一人が歯を食いしばった、その時だった。
肌を刺す冷気が辺りを包み込み、魔物を凍りつかせ動きを止める。
「なんだ?」
「援軍か? なんでこんなところに。それに騎士団がなんで?」
誰かの叫びと同時に、先頭の馬が土煙を上げて飛び込んできた。
金色の髪を靡かせたアリスが、現場を一目見て叫ぶ。
「アメリアは住民の避難路を確保して! シグレは左! ラズは右を押さえて!」
「承知しました!」
「お任せを」
「ああ」
返事は一瞬だった。
アメリアが剣を抜いて身動きが鈍くなった魔物を叩き潰す。その後ろから元王都騎士達が駆け込み、退路を確保する。
「第二列、住民の前へ! 前に出すぎないでください! 我々の役割は民を守ること! 戦闘は他の方たちに任せて! 退路の確保を優先してください!」
号令と同時に、騎士達が動く。
飛びかかってきた魔物を受け止め、横へ流し、避難路を邪魔する個体を優先して斬り落とす。
つい先日、バステリオンを攻めていた者達が、今は迷わず民を守ろうと身体を張る。
「こっちだ! 走れ!」
アルゴが怒鳴るように叫び、転んだ子どもを片腕で抱え上げる。その背を追ってきた魔物へ、若い騎士が割って入り、盾ごと身体をぶつけて弾き飛ばした。
「行ってください!」
「助かる! ほら、アンタ等もこっちだ! 逃げろ逃げろ!」
アルゴの掛け声に、子供を抱いた母親が走り出す。礼を言う暇もなく走り去っていく背を、誰も責めることはない。
シグレの刀で血飛沫があがる。
左から回り込もうとした魔物の首が、一気に三つ吹き飛んだ。後続を次々と薙ぎ払い、魔物の流れが完全に止まる。
「左は通しません」
静かな声。その一言だけで左の戦線が安定する。
アリスは中央で避難誘導を続けながら、手をかざした。
薄く広がった氷が地面を這い、突進してきた大型の足を奪う。
「いまよ、後退しなさい!」
合図に合わせて駐屯騎士が後ろに下がり、代わりに元王都騎士が前線に流れ込む。
身動きが止まった魔物に複数の魔法が直撃し、悶える身体に剣が突き刺さる。
「助かった……」
「安心しないでください! より安全な方へ! 第二部隊は民の護衛を続けてください!」
アメリアは声を張る。
迫る魔物の群れが、影から這い出る漆黒の剣で串刺しになる。蠢く巨体の首が跳ねると、ラズが影から現れる。
「レイ」
「わかってる」
レイの前には誰も立たない。複数の魔物が何かに吸い寄せられるように突進をしかける。
細く小さい手をかざし、白い閃光が魔物達を包み込む。後には何も残らない。まるで初めからなにもなかったかのような空間が出来上がる。
「すげえ……」
駐屯騎士の誰かが呆然と漏らす。
だが、レイはそれを気にする様子もなく、すぐにラズの隣へ戻った。
その後ろから、イオリが影からぬるりと現れる。
「師匠! なんか変な感じがします! 普通の魔物じゃありません! まるであの時みたいな感じです」
「よく見えてるな。その通りだ」
右側の魔物の流れは、明らかにおかしかった。数が多いだけじゃない。まるで同じ場所を目指しているように押し寄せてきている。人を襲う事ですらついでのような突撃の仕方だ。
ただの群れならもう少しばらける。弱い獲物を狙い、或いは転がる死体を食い散らかす。だが今の魔物達は違う。散らない。死体に目もくれない。足を決して止めない。
ラズは飛びかかってきた一頭の喉を断ち。
「イオリ」
「なんでしょう?」
「こっちは任せる」
一瞬、イオリが目を丸くする。
「えっ、でも」
「ダメか?」
問いではなかった。
ラズがどこか遠くを眺める横顔を見つめ、イオリは察する。
「任せてください! 魔物が相手なら全力でいけます!」
「よし」
ラズはすぐ隣のレイへ視線を向ける。
「レイ、イオリの援護を頼めるか?」
「ラズは?」
「探しものだ。たぶん紛れてるからな」
「ん。頑張って」
短いやりとり。その直後、ラズの身体が影へ沈む。建物の影。荷車の陰。崩れた柵の黒ずみ。そこへ溶けるように潜り込むと、もう姿はなかった。
「レイさん! なんか今のよかったですね!?」
いきなり迫るイオリに、微かに身構える。
「なにが?」
「お互いにすぐに何を考えてるか分かりあって別行動をする! 多くの言葉はいらない。分かり合ってる最強のコンビ……。って感じです!」
イオリの背後に迫る魔物が、宙に浮いていた光の玉から放たれた熱線により頭部が焼け落ちる。
「当たり前。わたしとラズだから」
「ん~! やっぱりいいですね!」
「そんなことより」
レイは感覚だけで複数の光の玉を動かし、次々と魔物を焼いていく。
的確に放たれる熱線は、ただ眩しさを感じさせるだけの光。しかしその眩しさを感じた頃には頭部が熱で溶かされていく。
「前。わたしばっかりやってる」
「わ、わかってます! これからですよ!」
イオリは慌てて前へ踏み込み、影から短剣を引き抜いた。飛び込んできた小型の魔物のを切り裂いて、影に隠れて続く突進を躱す。
態勢を崩した魔物の影を黒剣に変えて背中に突き刺した。
「どうですレイさん!」
「なにが」
白い光が一直線に駆け、街道脇から回り込もうとした個体をまとめて薙ぎ払う。
桁違いの魔力に、イオリが呆然とするが。
「ちょっと魔力溜めるから。前線はお願い」
「りょ、了解しました! 任せてください!」
気合を入れ直して突撃して来る魔物を迎え撃つ。
「押し返してる……」
誰かが零す。
実際、右の魔物は目に見えて勢いを失っていた。
中央も崩れていない。左はシグレが完全に抑えている。
アリスが全体を見渡し、声を張る。
「そのまま前へ! 避難路を維持して、街の中へ入れさせないで! 押し返すわ!」
「はい!」
返ってくる声に迷いはない。
昨日まで敵だった者達が、今は同じ声で応えている。
パウザリアの前線は、少しずつ、しかし確かに押し返していった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
パウザリアの裏通りは静かだった。
表では救援の騒ぎが続いている。だからこそ、こちらは妙に静かだ。
ラズは建物の影から影へと移りながら、人の流れを見ていた。
こういう時、住民に紛れて悪事を働く者は少なくない。混乱しているうちに罪を犯し、何食わぬ顔で紛れ込む。幾度となく戦地に赴いたことがあるラズはそれを知っていた。
「……またコイツ等か」
もはや呆れの溜息を漏らす。
慌ただしい足音に不安で震える声。
その中に妙に落ち着いている、規則正しい足並み。避難するでもなく、助けを呼ぶでもなく、ただ人混みから離れる方へ向かっている。
男が足を止め、後ろを振り返った。ただの民がすることじゃない。安全な場所を離れ、探るように振り返る。
黒い影が足元に迫る。
気づいた時には遅い。男の足首に影が絡みつき、そのまま一気に引いた。身体が地面に叩きつけられ、そのまま裏路地へ引きずり込まれる。
「がっ」
叫ぶ間もなく、ラズが口を塞ぎ、壁へ叩きつけた。喉元に短剣を当て、懐を探る。
出てきたのは、黒ずんだ笛だった。
「やっぱり持ってたか」
その瞬間、男の目つきが変わり、首筋に力が入る。
「また自害か?」
左手が首に強く押し付けられ、影を何重にも巻かれる。
直後、皮膚の下で術式が脈打った。
光が流れる。自害用の術式が発動する合図だ。
「無駄だ」
「黙れ。お前が決めることじゃない」
ラズが流し込んだ影が首筋へ食い込み、発動しかけた術式を無理やり押し潰す。
「なっ……」
発動を押さえられたことに男が目を見開く。
だが、消えてはいない。止めているだけだ。
完全なる除去ではない。術式そのものを影魔法で妨害している。魔力の消費を考えると、長くもつやり方じゃないのは確かだ。
男が力む。影の下でまた術式が脈打った。
「想像以上に、面倒だな……」
ラズは歯を食いしばる。
やはり術式を完全に断ち切るにはシグレが必要だ。ラズでは止められても、切れない。
「レイ」
葉音のような小さい声に、しかし、すぐさま路地の入口に白い光が差す。
「なに」
現れたレイが、男の首筋を見る。
その後ろからイオリも顔を出した。
「師匠! 大丈夫ですか……。って、どういう状況ですか!?」
「自害の術式を押さえてる」
短く言って、ラズはさらに影へ力を込める。
額を汗が伝った。
「イオリ、すぐにシグレを呼んできてくれ。俺じゃこれが限界だ」
「りょ、了解しました! すぐに行ってきます!」
イオリの姿が影に沈む。
レイはラズの隣に立ち、路地の外へ目を向けた。
「来るまで守る。任せて」
「ああ」
男の首筋の下で、また術式が脈打つ。
影が軋む。
まだ止められる。だが、余裕はなかった。
ここから先は、シグレの領分だ。




