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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第55話 元王都騎士たち

 朝のバステリオンは、騒がしかった。


 鍛冶の音。武器を運ぶ男達。怒鳴り声のような呼びかけ。


 その音の中を、元王都騎士団第二部隊副隊長のアメリアは数名の部下を連れて歩いていた。


 セレスティアの治療魔具により身体は万全。剣を握れるし、走ることもできる。まだ傷が癒えない者もいるが、治療されればすぐに同じようになるだろう。


 王都騎士団が集まる区画を離れ、バステリオンの大通りに出る。


 すぐに感じたものは視線だ。


 露骨に睨まれるわけではない。だが、見られている。


 井戸端で話していた住民の声が、アメリア達が通ると止まる。店先に立つ子どもが親の後ろへ隠れる。通りすがりの兵も、挨拶を交わす前に躊躇いが見られる。


「当然、ですよね」


 騎士はこの街に刃を向けていたのだから、恨み言を投げられてもおかしくはない。この程度の扱いで済んでいるのは幸いなこと。


 アメリアが小さく呟いた言葉は、朝の喧騒に紛れて消えた。


 歩みを進めると、前方の訓練場にラズの姿が見えた。


 自然と、足がそちらへ向く。


 集められていたのは元王都騎士達だ。アルゴはすでに腕を組んで立っており、何人かはまだ眠そうな顔をしている。レイはラズのすぐ近く。イオリは少し離れた場所から、ちらちらと騎士を見ていた。


 全員が揃ったのを確認して、ラズが口を開く。


「不満はあるか?」


 淡々とした問いかけに、答えたのはアルゴ。


「なんのだよ」


「今の扱いに対して。バステリオンの住民に対してだ」


「ねえ。悪いのこっちだ。そうだろ?」


 周りの騎士達が黙り、しかし頷く。


「物分かりがいいのは助かる。アルゴがそんな奴だと思ってなかったがな」


「茶化すな。長年いきてりゃ敵国の捕虜になったこともある。人間として扱ってもらえてるだけで御の字だ」


 アルゴは指で後ろの騎士達をさす。


「あんま真面目な話はしたくねえが、コイツ等に捕虜になった時のことを話してやった。戦力にならねえ、老兵のオレが唯一できることだ」


 ふてぶてしく鼻を鳴らすアルゴと、頷く騎士達。


「俺達は同じ敵を倒す仲間だ。そこまで身構える必要はない」


「わかってる。気構えの話しだ。場は読まねえといけねえ」


 覚悟は決まっている、といった表情だ。


 それならば、とラズは伝える。


「バステリオンに住む者は等しくアルゲンティアの民だ。騎士でも暗殺部隊でもない、ただの民間人。俺達が守るべき対象だ。……そしてここは武力の街。信頼は言葉で取り戻そうとするな。行動で示せ」


 それだけ言って、ラズは口を閉じた。長い訓示ではなかった。けれど、理解させるにはそれで十分だった。


 アメリアは背筋を伸ばす。胸の中に感じていた微かな気持ち悪さが、少しだけ形を変える。償えと言われてたわけではない、許してもらえというわけでもない。


 やるべきことは簡単だ。


「聞いたな、お前ら」


 アルゴの言葉に、騎士達が身構える。


「言われた通りだ。腐ってもオレ等はアリスを守る騎士ってやつよ。当然、民を守るって責務もかわらねえ。違うか?」


「違わない。オレ達はまだ騎士だ。それも、本物のアリス様に仕えるな」


「っていうかアルゴさんが仕切らないでください。老兵は寝てて結構です」


「うるせえ! そんなことオレに言うとラズとレイが黙ってねえぞ! なぁ!?」


 いきなり問われ、ラズとレイは視線を交わした後。


「別に黙ってるが。俺もアルゴじゃなくてアメリアあたりにまとめ役をして欲しかったんだが」


「ラズに同意」


「てめえら……。揃いも揃って生意気な奴等だ!」


 いつもの調子で暴れ回るアルゴに、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。


 アメリアは息を吐き、部下達を振り返った。


「ラズさんが話していた通りです。できることからで構いません。押しつける必要もありません。必要とされることに手を貸してください」


 頷く者、すぐに散っていく者。元王都騎士達は二人三人と分かれ、通りへ出ていく。


 アメリアも歩き出した。


 最初に目についたのは、通りの端で止まっている荷車だった。片輪に繋がる小型の補助魔具が壊れているらしく、年配の男が難しい顔でしゃがみ込んでいる。


 近づいた途端、男の肩が強張った。


「な、なんだよ」


「失礼します。少し見せていただけますか?」


「王都騎士がか?」


 棘のある言い方だった。だが、怒鳴り返す気にはなれない。


 アメリアは微笑みながら口を開く。


「ええ。騎士の仕事は戦う事だけじゃありません。任せてください」


 男は露骨に嫌そうな顔をしたが、壊れたままでは動けないのも事実だ。少し迷った後、場所を空けた。


 しゃがみ込み、魔具を見る。術式が焼き切れているわけではない。汚れでかすみ、伝達が悪くなっているだけだ。


「これなら、すぐに直せます」


 腰袋から布を取り出し埃を落とした後、指先に魔力を集めて刻まれた術式を丁寧になぞる。立ち上がり、荷を引っ張る取っ手を掴み、取り付けられた水晶に魔力を込めると光が流れる。


 荷車が、わずかに浮くように軽くなる。


 それを見た男が目を見開いた。


「直ったのか?」


「はい。この魔具は補助用ですので強度は高くありません。片側に重さを寄せない方が長持ちします。バランスを意識して積むといいですよ。もう片側も見ておきますね」


 アメリアは返事を待たずに逆の車輪に付けられた魔具も同じように手直しし、男は黙ってそれを見守る。


「これで大丈夫です」


 汚れた手を気にもせず、優しく微笑むアメリアに、男はぼそりと零す。


「……そうか」


 礼ではない。それだけ言って男は荷を運び出す


 不愛想だと、アメリアは思わない。返事があれば、それで十分だった。


「だから火力が強すぎんだよ! 煮るならこのくらい絞れって!」


 一息ついたところで、別の通りからアルゴの大声が聞こえてくる。


「うるさいねえ、勝手に鍋に触るんじゃないよ!」


「任せとけって! 野営で何度もやったんだ!」


 見れば、食堂の外に置かれた大鍋の火力調整用魔具に、アルゴが勝手に首を突っ込んでいた。店の女将は呆れた顔をしているが、追い払ってはいない。むしろ、渋々ながら話を聞いている。


 その少し先では、若い騎士が井戸の汲み上げ魔具を見て、バステリオンの兵に声を掛けている。


「無理に魔具を使うより、水魔法を使える者が補助した方が早いです。術式が古いので単独稼働だと負担が大きい。あなた、水魔法使えますよね?」


「お前、わかるのか?」


「魔具の使い方を見ていればわかります。魔具は便利ですが意外と効率が悪いんですよ。魔法の方が少ない魔力で高い効果を得られます」


 兵は訝しげだったが、試しにと若い騎士の言う通りにしてみる。


 すると、重かった滑車が嘘みたいに軽く回った。


「お、おお!」


「これ、水魔法の基礎練習として優秀だったりするんですよ? 続けていれば攻撃魔法にも応用できますから」


 ぎこちないながらも、話は続いている。


 ラズの言葉が、頭の中で反芻された。


 信頼は言葉で取り戻そうとするな。行動で示せ


 アメリアはそれを胸に、また歩き出す。


 すると、見慣れた影が横切った。ラズだ。


「どうだ」


 短い問いに。


「まだ距離はあります」


「当然だ」


「はい」


 そこで会話は終わるかと思ったが、ラズは足を止めたまま、通りの向こうを見た。


「だが、悪くない」


 ぽつりと落ちたその一言に、アメリアは思わず目を瞬かせる。


「みんな、ちゃんと動いてます」


「ああ。十分だ。続けていけ」


 それだけ答えて、ラズはまた歩き出した。


 不器用な褒め方だと思った。けれど、第三部隊に見た時と同じ、彼らしい伝え方だ。


 アメリアは少しだけ口元を緩める。


 その時だった。


 門の方から、切羽詰まった足音が近づいてきた。


「急報! パウザリアより急報です!」


 広場の空気が一変する。


 駆け込んできた兵は息を切らせ、膝に手をついたまま叫んだ。


「街道沿いに魔物が出ました! 数が多い! 駐屯していた騎士が足止めされて、パウザリアの外縁で被害が出始めています!」


 周囲にいた住民達がざわめく。


 パウザリアは物流の要所だ。そこが乱れれば、バステリオンにも影響が出る。


「行きましょう!」


 そう叫んでいたのはアメリアだった。


 その声は思ったより大きく響き、周囲の視線を集めた。


「我々が向かいます。魔物が相手なら……。迷う必要はありません」


 元王都騎士達が、一人、また一人と前に出る。


「俺も行きます」


「私もです」


「動ける奴だけででも行きましょう」


 その掛け声に、アメリアが頷く。


「誰かアリス様かシグレさんに伝えてください! 我々は門前で出撃準備を整えておきます!」


 すぐに駆けだそうとしたところで、アリスとシグレが姿を現す。


 報せはもう届いていたのだろう。


 アリスは集まり、出ようとしていた騎士達の姿に一瞬だけ目を丸くした。


 それから、すぐに頷く。


「わかった、すぐに行きましょう。シグレ、いいわね?」


 シグレは並ぶ元王都騎士達の覚悟の決まっている顔つきに、微かに微笑む。


「バステリオンの兵より、随分と準備は早い」


 丁寧な声。だが、わずかに柔らかい。


「見習うべきところは多そうですね」


 その一言で、騎士達の背筋が伸びた。


 アメリアは剣の位置を確かめる。


 昨日までは、何を信じて剣を振ればいいのかわからなかった。だが、今は違う。守るべきものが、はっきりしている。


 民を守る。アリスの進む道を守る。そのために、剣を振るう。


「第二部隊、いえ……」


 小さく息を吸って、アメリアは言い直した。


「アリス様に残った者達、出ます」


 その言葉に、誰も迷わなかった。

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