第54話 騎士たちへの告白
朝の門前には、張り詰めた空気があった。
バステリオンの兵が左右に控え、その中央に王都騎士団の騎士達が並んでいる。
先の戦いで傷を負った者も多い。だが、セレスティアの治療魔具のおかげで、ほとんどが立てるまでに回復していた。顔色はまだ万全じゃない。包帯も残っている。けれど、話を聞くには十分だ。
腕を組み目を閉じている者、隣の同士と談笑するもの。誰もが落ち着かないまま、門を見上げている。
やがて、そこに人影が現れる。
先頭に現れたのはアリス。その半歩後ろにシグレ。
アリスの姿が見えた瞬間、騎士達の中から一人、また一人と膝をついた。それはすぐに広がり、半数近い騎士が頭を垂れる。彼女が本物だと信じ、忠義を示す者達。
一方で、立ったまま動かない者もいる。疑いを捨て切れないのか、それとも認めたくないのか。厳しい目つきで門の上に立つ彼女を睨みつけている。
アリスは全員を見渡し、口を開いた。
「楽にして。そういうつもりでみんなを集めたわけじゃないから」
膝をついていた騎士達が顔を上げる。
「今日はみんなに聞いて欲しいから集まってもらったの。私、アリストリッド・アルゲンティアになにがあったかを、説明するわ」
広場が静まり返る。
アリスの意図を汲んだのか、騎士達は立ち上がり、しかし背筋を伸ばして彼女を見上げる。
その瞳を受け取り、アリスは頷いてから言葉を発する。
「まず……。父上は、毒殺された」
その一言で空気が変わる。目を見開く者。歯を食いしばる者。小さく息を呑む者。首を捻る者。
「最初は小さい疑いだった。なんであんなに元気だったお父様が急に老衰するのかって……。経緯は省くけど、私はその事実に気付いたの。そして、そのせいで暗殺部隊に狙われた」
暗殺部隊。王都の闇、王族の影。その名は王都騎士団と言えど知る者は少ない。
「知らない人もいるわよね。王族にとって都合の悪い事を揉み消す裏組織だもの……。でも、確実に存在するし、知っている人もいると思うわ」
聞きなれぬ名に動揺が流れ、影からラズが現れた。
見知った顔を探すように見渡し、手に握られた暗部の仮面を下に放り投げた。
「部隊長なら知っているはずだ。それに関わった事がある奴もいるだろ?」
数枚の仮面が地面に転がり、それらを拾う者達。内側には十字に刻まれた血の紋。
「王族直下の特殊部隊。暗部は存在する。これはあいつらの血の紋章だ」
首を振り、一人の騎士がそう呟く。
「オレも何度か関わった事がある。何も情報を喋らない。奇妙な連中だったよ」
それを皮切りに、幾つかの情報が流れると、それは事実なのだと信憑性を増す。
「王族の影がアリス様を狙うとなれば……。犯人は、アリス様の身内になるな」
憶測の言葉が出始めたところで、ラズが口を開いた。
「俺が騎士団を追放された時、たまたま暗部に狙われるアリスに出会って、それから一緒にいるってわけだ」
「なんだラズ! おめえ、横領で追放された癖にアリスといるのか!」
汚い言葉でそう叫んだのはアルゴだ。
「俺が横領で追放されたと本気で信じてるのか?」
「だはは! んなわけねえだろ! しかしまあ、奇妙なもんなだな。追放されたその日にアリスに出会うなんて」
豪快だが疑いが混ざる目線に。
「ああ。理由はわかってないが俺も暗部に狙われた。そいつらを始末したところでアリスに会ってな。奇妙な縁だと俺も思うよ」
ラズは事実だけを口にして受け流す。
短い説明に飾り気のない声。
王都騎士団にいた者達は知っている。ラズはこういう場で回りくどいことを言う男ではないということを。
「なるほど、それで?」
先を促すアルゴに、アリスが答える。
「ラズに助けられた私は身を隠した。父が亡くなれば、次の王になるものが演説をする。それが犯人だと思って。……そして、私は見た。壇上に立つ偽者の私を」
アリスはその時を振り返り、自虐的に微笑む。
「身を隠すつもりでいたけど、偽物の自分を見て我慢できなかった。この中にもいるんじゃない? 取り乱した私を見た人が。……情けなかったわよね」
何人かの騎士が、顔を伏せる。
彼女を心境を察すれば、例えアリスが微笑んでいても、茶化すことなど出来ない。父を殺しただろう犯人に、その座を取って代わられたのだ。それも、自分の姿を偽装され、無茶苦茶な政策を語られた。
「ラズに助けられながらなんとか生き延びて……。私はセレスティアに行った。父上の死が本当に毒殺か、確かめるために」
そこでヒルデが後ろから姿を現す。白衣の裾を揺らしながら、相変わらずの調子で肩をすくめる。
「そういうことだね。そして、わたしが調べた」
その姿に、騎士達がざわつく。
セレスティアのヒルデガルド・ヴァイスハイト。その名こそ知れわたっているが、見たことがある者は少ない。長年セレスティアの評議員として指揮を取り、魔具を開発した張本人。
王族の命でも招集に応じず、幾つもの勲章を無下にしたという逸話は騎士団の中でも要注意人物だと問題視されている。
だが、それでも彼女が評議員として選ばれているのは、セレスティアの発展には彼女有りと言われるほどの存在だからだ。
複雑な表情でヒルデを見つめる騎士達に、ヒルデが断言する。
「国王陛下が服用していた薬には明確に毒が混ぜられていた。病死でも自然死でもない。間違いなく、毒殺だよ」
その言葉に、ざわめきが広がる。
「もちろん、わたし個人の感想ではない。セレスティアの評議員として、研究者として調べた結果だ。そしてこれは他の評議員五名と、セレスティアの領主も認めた証明書だよ」
書面が掲げられる。
セレスティアの紋章入りの紙に、視線が集まる。
「欲しければ後で見せてあげようじゃないか。そこにいる何人かは、偽造かどうかぐらい見抜けるだろ?」
確証があるからこその言葉と態度。
ヒルデの名にセレスティアの印。
それを軽々しく否定することなど出来ない。
「毒殺が確定した時、私は決めた。王座を取り戻すって。父上を殺した者を裁いて、偽物を引きずり降ろすって」
アリスの声に、迷いはない。
「だから私はバステリオンへ来た。シグレに力を借りて、この街の人達と手を取り合って……。そして、貴方達と刃を交えた」
アリスはそこで言葉を止める。
騎士達の中には視線を伏せる者、先の戦いを思い出したのか、苦いものを飲み込むように口を閉ざす者もいた。
アリスはそんな顔を、一人ひとり確かめるように見渡す。
「私は貴方達を攻めるつもりはない。騎士は王の命令に従うものだって、騎士団にいた頃に学んだから。それに、私が本物かなんて、わからないもね」
静かで優しい声に、門前は静まり返る。
「でも」
そこで、アリスの目が鋭くなる。
「ここに来て、色々と事情が変わったわ」
低くなる声に、騎士達が顔を見合わせる。
ただならぬ雰囲気に、息を呑む者も多くいる。
そして、アリスが口を開いた。
「みんなも覚えてると思うわ。ブルーノが笛を吹いてから大量の魔物が現れたこと。あれは、偶然じゃない」
辺りがざわつく。どういう意味だと不審がる者、不安がって身を寄せ合う者。
そして、何かを察して下を向く者もいた。
アリスが手を挙げると、兵が鉄の檻を運び込む。中には小型の魔物が一体。鎖に繋がれ、怯えるように低く唸っているだけだ。
そこに、笛を持ったヒルデが再び前に出た。
「これはブルーノが使用した笛の魔具だ。見覚えがあるものもいるかと思うが……。今は何も言わずに見ていて欲しい」
僅かに魔力が流される。甲高い音が響いた瞬間、檻の中の魔物が飛び起きた。
見開かれた目が赤く染まり、牙を立て、鉄格子へ身体を叩きつける。
それを見た騎士達が驚愕するように口を開く。
「あの時、オレ達を襲ってきた魔物と同じ目をしてやがる」
「あれは普通じゃなかった。だが、これはどういうことだ」
「笛に反応したように見えたが」
狼狽えている騎士達に、ヒルデは冷静に答える。
「ブルーノが吹いたと言うが、こいつは救援用の笛なんかじゃない。魔物を刺激し、興奮させ、集め、呼び寄せるための魔具だ」
信じられない、と首を振る多くの騎士に、アリスは言い切る。
「これが現実よ。王都は魔物を使っている。そして、貴方達を切り捨てた。私を確実に殺す為に」
明確な動揺が広がる。
否定したいという想いを抱くのは当たり前だ。今まで忠義を尽くしてきた王族に切り捨てられたかも知れないという疑惑。そして、人が魔物のを誘導させるという誰もが考えもしなかった非道が極まる手段。
だが、確かにブルーノが笛を吹いたところで大量の魔物が現れた。
目の前で笛を合図に魔物が暴れ出したという事実。
「嘘だ……」
乾いた声は広がらず、続かない。ポツリと響き、そこで途切れる。
アリスは悲しむ彼らを見ながらも、言葉を続けた。
「もう王都近郊では魔物に村が襲われている。偽者達は魔物で村を襲わせて、怯えた民を王都に縋らせているの。外に敵を作って、自分達が守っている顔をするために」
広場の空気が重く沈む。
「そんなものは王のすることじゃない。私はそんなの認めない。絶対に許さない」
歯を食いしばりながらそう言い切るアリス。
現実を受け止める沈黙が数秒流れる。或いは現実逃避をしているだけか。
小柄な身体――レイが姿を現した。
「なにを迷う?」
大人しく、冷淡な声は、静まり返る地上にゆっくりと広がり、注目を集める。
「魔物は殺す。それが騎士の役目。違う?」
言いながら、レイは剣を引き抜き檻に閉じ込められた魔物へ向ける。
魔法陣が剣先に描かれた次の瞬間、眩い光が魔物を包み込む。
ほんの数秒、目を瞑るほどの光が霧散すると、そこには何も残っていない。
それだけ見せて下がるレイに、ラズが口を開く。
「全部本当のことだ。目を逸らすな。騎士なら……。受け止めて見せろ」
淡々と伝えたラズは、レイの背中を追って後ろへ下がった。
二人の言葉を噛み締めるような沈黙が流れる。
魔物は敵。目の前に起きた現実を受け入れろ。
言葉にすれば短いことだが、そうは理解が追い付かない。
だが、それでも、声を上げられる者がいる。
「ラズとレイの言う通りだろうが! 現実を受け入れろ! いまさら迷う必要はねえ! 見るべきは過去じゃねえ、未来だ! オレはこっちのアリスにつくぜ。偽者につくより、アリスがいるアルゲンティアの方がオレの好みだからな!」
言い切ったアルゴに、注目を集めたのは沈黙を守っていたシグレだ。
「歓迎します。……そう、未来を見ましょう。過去ではなくね」
深く頷く彼女を見て、次にアメリアが口を開いた。
「なにを悩むことがありますか。ここまでの事をされて」
悔しさの滲む声だ。
「過ちを正すなら早い方がいいに決まっています。くだらないプライドなど持つ必要すらありません。既に我々は誤ったのですから」
そして、膝を付いて頭を下げる。
「アリス様に付いて行きます」
その言葉に、アリスとシグレが目を合わせて頷きあう。
そして、アリスが口を開く。
「私は王都を止めに行く。これ以上、魔物に民が襲われるところを見てなんていられない。これ以上、騎士が間違った命令で血を流す前に、止めなきゃいけないの」
騎士達一人ひとりを見る。
「協力してくれる者は残って。そうでない者は帰っていい。私は強制しないわ」
風が吹き抜けた。
誰もすぐには動かない。
長い沈黙が流れる。
やがて、一人の騎士が剣を地に立てて膝をつく。
「オレは、残ります」
それをきっかけに、声が広がっていく。
「私もです」
「俺もだ」
「迷う必要はない。俺も」
最初から膝をついていた者だけじゃない。
立ったまま迷っていた者達まで、次々と膝をついていった。
迷いが消えたわけじゃない。それでも、ここに残ると選んだ者達。
去っていく者はほんの僅かだった。彼らは深く頭を下げ、その場を後にする。
アリスは止めなかった。
残った騎士達の数を見て、シグレが静かに前へ出る。
「歓迎します」
丁寧な声。
だが、そこに曖昧さはない。
「バステリオンは実力の街。今ここに残った皆様は、言葉ではなく選択で覚悟を示しました。ならば、我々は受け入れます」
刀に手を添えたまま、一礼する。
「共に、王都を止めましょう」
それを受け止めるように、騎士達が顔を上げる。
その先頭に立つアリスの姿は、もう逃亡者ではなかった。
追われる王女でもない。
奪われた国を取り戻すため、騎士達の前に立つ王そのものだった。




