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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第51話 救援ではない笛

 城の上階、街が一望できる部屋。


 畳の縁から見下ろす治療所が活気づいたのは明白だった。寝込んでいた騎士達が治療を受けると、別の怪我人をみんなで運ぶ。傷口を押さえて下を向いていた者が、治癒魔法を受けて顔を上げる。


 手が空いた騎士がアリスの指示に従い、それぞれが動き出していた。


 シグレとラズはその光景を見守っていた。


「流石はセレスティア。と言っていいのでしょうか? あの魔具は治癒魔法の効果を遥かに超えているように見えますが」


 重症患者が次々と元気になっていく。


 それも、使用者のベリットに疲れは見えない。むしろ治療するたびに嬉しそうに笑っている。それは感謝の言葉をもらってか、或いは別の理由でもあるのか。


「俺達からすれば魔具ですら理解を超える代物。考えるだけ無駄だな」


「そうですね。あちらはアリス様に任せましょうか。こちらはこちらで次の段階に移りましょう」


 そう言って、ラズとシグレは机の上に置いてある笛まで近づく。


 拾ってから数日、触るたびに嫌な輝きと微かな音を響かせる笛。予想では魔物に何か影響を与えるものとされているが、実際のところはわからない。


「俺とレイはセレスティアに笛を持って行く。ヒルデに見せれば何かわかるかもしれないからな」


「承知しております。アリス様は私にお任せください」


「頼んだ。レイ、準備は出来てるな?」


「うん。問題なし」


 口では言うが、レイは畳に寝転がり日光浴をしている。


 出発には少し時間が掛かりそうではあるが、それを気にする者はいない。


「くれぐれもお気を付けください。騎士団を払いのけ、アルゲンティア王国はバステリオンを完全に敵だと認識しました。どこに刺客が隠れているかわかりません」


「問題ない。俺とレイならどうにでもなる。だろ?」


「ん。光も充電できた。暫く問題ない」


 レイが伸びをしてから立ち上がる。肌は白いが褐色はいい。日光浴により体調は万全になったようだ。


「お二人の強さは信用しております。気持ちの話しだったのですが、そちらも問題ないようですね」


 シグレが頷きかけた、その時。廊下が騒がしくなった。


「みなさん!」


 扉が開き、イオリが顔を出した。


「お客様が来たので連れてきました!」


「お客様? 誰も招いた記憶はないのですが」


 首を捻るシグレ。


 そして、廊下から聞こえてきた声は、のんびりしたものだった。


「いやはや。相も変わらず元気だねえ、イオリくんは。若いと言うのは素晴らしいが……。もう少し老体であるわたしにも優しくして欲しいものなのだよ。そうは思わないかい? ラズ・グレイヴナイトくん」


 部屋に姿を現したのはヒルデガルド・ヴァイスハイト。


 アリスがバステリオンに呼んだのはベリットだけだ。


 評議員は暗殺部隊に狙われている。ベリットだけでもかなりのリスクを背負わせると悩んだ末で縋ったのだ。


 ヒルデも呼びたいという提案はあったが、セレスティアで一番の影響力を持つ彼女を呼ぶのは危険すぎる、とはみんなで話し合い出した結果だった。


「あっはっは! 驚いてくれているようだねえ。それでもこそ、こっそり抜け出してきた甲斐があったというものだよ! セツナ・シグレくん!」


 言いながら、ヒルデは畳の縁から街を見下ろした。


「うむっ! ベリットはしっかり働いているようだね。って、あの魔具を持ち出していたのか、まだ完成していないと言っていたのに。……嬉しそうな顔を見るに、欲しかったデータが取れて喜んでいるようだね。負傷者を治す機会は意外と少ない。彼等もまた貴重なサンプルということか」


 何か不穏な事を言っているヒルデに、ラズが問いかける。 


「ヒルデがどうしてここに?」


「研究者とは言え、たまには外に出たくなるものさ。本当は誰にも見つからずにここまで来る予定だったのだが、イオリくんに見つかってしまってね。いやはや、若者の成長というのは凄まじく、喜ばしいことさ」


 その言葉に、イオリが胸を張る。


「セレスティアでヒルデ様の気配は覚えましたから。すぐに気付きましたよ!」


「あっはっは! 彼女がいればバステリオンの未来は明るいねえ!」


 大声で笑うヒルデに、ラズが淡々と問いかける。


「暗部は大丈夫だったのか? 評議員は狙われているはずだが」


「ここ数日で暗部の気配が薄れてね。恐らく暗部はいまセレスティアにはいない」


 言い切っているところを見ると、確信を得ているのか。


「どうやら王都の周辺で魔物が出始めたようでね。その影響で騎士が王都に集められている。暗部もそちらに回されているのではないかな? 完全に安全というわけではないが、前よりかは自由に動けるようになったということさ」


「王都近隣に魔物が?」


「うむ。幾つかの村が魔物に襲われて、そこの住民を王都に避難させているようだよ。その情報はまだかね?」


 問いに、シグレは首を横に振る。


 手を叩くと、側近が音もなく現れた。


「パウザリアの工作班に確認を。それと、イオリは街の警備に戻ってください」


「はっ」


「了解です!」


 二人が部屋を去ったところで、話しを進める。


「ラズ様。王都近隣に魔物が出るのは珍しいことなのですか?」


「出るには出るが、騎士団が常駐していない村にはすぐ駆け付けられるようになっている。住民を王都に避難させるなんて、聞いたことがないな」


「となると、よほどの魔物が出現し始めたということでしょうか」


「だが、どこからだ? アルゲンティアで魔物の出現頻度が高いのはバステリオンを除けば二カ所だ。南西の沼地と東の山。王都は国の中央にあるからどちらからも距離はある」


「魔物の生態はまだわかっていないのですよね?」


 シグレはヒルデに問いかける。


「そうだね。まだ詳しいことはわかっていない。……そこでだ」


 ヒルデは懐からモノを取り出す。布に包まれた、小型の金属部品。角が立ち、中心に小さな光る水晶がはまっている。


「ルーガル・ファウンダーから出て来たと言うコイツの解析が済んだ。……あまりいい結果ではなかったが」


「解析結果は?」


「コレは魔物の性質を変える魔具だ。凶暴化、群れ化、繁殖……。埋め込まれた魔物に様々な影響を与えるようだね」


「魔物に影響を与える魔具なんて聞いたことがないが」


「キミが知らないだけで、ここにある。わたしが言う解析結果に間違いはない」 


 嘘のない瞳に、ラズは返す。


「試したのか」


「当然だよ。研究とは机の上で行うだけではないからね」


 言い切るヒルデ。


 彼女は何かしらの方法で、魔物に魔具を埋め込み試したということだ。


 どこで、どうやって、と気になるところだが、ヒルデが言うなら間違いない。彼女は魔具の開発者であり、セレスティアの評議員。魔具の研究に関して嘘を吐くとはとてもじゃないが思えない。


 ラズは、言い切られたその言葉を咀嚼し。


「森にいたルーガル・ファウンダーはルーガルを吸収し、生み出していた。強さも普通の魔物とは桁違いだったが」


「試してみるかね? 魔物に埋め込み、生み出させる。失敗したら甚大に被害になるが」


「ふむ、それも面白そうですね」


 ヒルデの提案に笑顔でのっかるシグレに。


「冗談だよ。全く、バステリオンの領主は戦闘狂なのかい?」


「変わった奴なのは間違いないが」


「ふふっ。私も冗談を言っただけですよ」


 ヒルデとラズは目を合わせて肩をすくめる。


「ラズ様。笛の件、今の話しと関係あるかも知れません」


 急に真面目るなるな、とは言うわずに、ラズは懐から笛を取り出した。


 ヒルデはそれを見て顔をしかめる。


「それは?」


「実は先日――」


 ラズはバステリオンに王都騎士団が攻めて来たこと、それを撃退したことを改めて説明し、その後、副団長のブルーノが逃げた際、この笛を吹いたところで大量の魔物が森から現れた。そして、今の森はもぬけの殻だったことを説明した。


 ヒルデは説明を聞きながら笛を受け取り、目を細めて観察する。


「なるほど。均一な刻みと術式の作りはファウンダーから出て来た魔具……。いったんコアと呼んでおこうか。コアと同じものだね」


「作りが同じ? 効果が同じということか?」


「いんや。作った者が同じということさ。魔具に刻む術式と、その方法には作り手の癖が出る。わたしとベリットが同じ効果を持つ魔具を作ったとしても、術式が同じになるとは限らない」


「そういうものなのか?」


「そういうものだよ。つまり、この笛とコアは同じ者が作ったということだ」


 言いながらヒルデが机の上にコアと笛を並べて見比べる。


 暫く見続け、手を向けて笛に微弱な魔力を流した。


 それは近場にいても感じ取れないほど小さいものだが、笛が微かな音を鳴らし、それに反応するようにコアが紫色の淡い光を放った。


「……共鳴反応を示すかね」


 ヒルデは目を閉じて首を横に振った。


「しかもこの色は凶暴化と闘争を刺激するもの。……ブルーノはこれを逃げた際に吹いたのだよね?」


「ああ」


「可哀想、とは言えないか。ラズくんを追放した者なのだから。だが、これをブルーノに渡した者は、なかなかどうして、悪趣味をしているようだ」


 ヒルデはラズとシグレに向き直り。


「この笛の音はコアに共鳴する」


 再びヒルデが笛に魔力を僅かに流すと、コアが淡く光った。じんわりと光を放つのではない。規則的な脈。まるで心臓のような。


「笛の音と同じ周期で点滅していますね」


「その通り。笛が鳴らす側。コアが受けだ」


 ラズの声が低くなる。


「つまり、ブルーノが吹いた笛は」


「救援じゃない」


 ヒルデが断言する。


「これはコアを仕込まれた魔物を刺激し、興奮させる。そして、生み出した魔物たちを呼び寄せる」


 その言葉に、ラズとシグレが口を閉じる。


 沈黙が流れる中、今まで黙っていたレイが口を開いた。


「じゃあアイツ。仲間に殺されたんだ」


 その言葉に、ラズは息を吐きながら答える。


「殺された、か……。言い様だが、あながち間違ってはないか」


 ブルーノは救援のつもりで笛を吹いたはずだ。あそこまで追い詰められ、自暴自棄になり魔物を呼び寄せたとは考えられない。仮に知っていたとしたら、森の方へは逃げないはず。


 そして恐らく、ブルーノに笛を渡した者はこうなることを知っていた。バステリオンと共に死ねと、そう思われていたのか。


「哀れだな」


 ポツリと零してすぐ、ラズは切り替えるように言う。


「王都周辺で魔物が出始めているという件と繋がりがあるかも知れない」


「ああ、繋がるねえ。バステリオンを落とせなかったことで、王都は別の手を取った」


 ヒルデは肩をすくめる。


「民を王都に集め、外に敵を作る。魔物を討伐して守っている顔を作り、原因はこちら側に押し付ける。……という筋書きかな?」


 確かではない憶測に、シグレが刀を握り直した。


 薄く開かれた目は、今までにないほど冷たい瞳をしている。


 それを見てヒルデが察する。


「シグレくん。わたしが魔具を完成させたのは六年ほど前だ。仮に誰かがバステリオンの足を止めるためにこれを魔物に仕込んだとしても」


「そういう問題ではありません」


 冷たく流れる言葉に、ヒルデはラズに目を向ける。


 言葉を続けないシグレに、ラズが口を開く。


「ノースホルムに魔物が増えている件にも関係しているかも知れない。なんにしても、急いだほうがよさそうだ」


 言いながら、ラズはシグレの前に立つ。


「今は怒りを溜めておけ。すぐその刀を向ける相手とやり合うことになる。もし我慢できないなら」


 シグレが顔を上げると、ラズはそれを受ける。


「俺が受けてやる」


 据わった瞳がラズを見上げ、睨む。


 シグレはラズの胸を軽く叩き。


「……大丈夫ですよ。大丈夫」


 自分に言い聞かせるように言って、シグレは部屋を後にした。


 その背を見て、レイが呟く。


「大丈夫?」


「わからん。何かあったら手を貸せばいい」


 ラズは手癖の様にレイの頭を軽く撫で。


「ヒルデ、このタイミングで来てくれて助かった」


「いやいや。わたしとしても今の王都を良しとしていない。キミ達には協力する所存だよ。手助けになったなら何よりさ」


「そう言ってもらえると助かる。いまアリスを連れて来るから待っててくれ」


 言い残し、ラズはレイと部屋を出た。


 コアと笛。新たな問題が出て来たが、ブルーノが笛を持っていた。


 それを考えれば、誰が仕掛けているかは自ずと見えて来るものだった。

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