第50話 傷を癒す者たち
午前、バステリオンの前に一台の馬車が止まった。
警備を強めているところへの来客に、兵が厳しく取り締まろうと近付くが。
「通して、お客様よ」
アリスが出迎え、兵が頭を下げる。
荷台から出て来たのは物静かな女性。
「お久しぶりですね、王女殿下。セレスティアが評議員。ベリットが参りました」
膝を付いて挨拶をしようとする彼女を、アリスは慌てて止める。
「や、やめてくださいベリットさん。お願いして来ていただいたんですから」
「そうは行きません。子供の頃とは立場が違います。我々は使われる身、この身が枯れ果てるまでアリス様の命令に」
「いいですから! それより入ってください。あまり人に見られたくありません」
懐かしそうに微笑むベリットに、急いで案内をするアリス。
ベリットはアリスがヒルデの元で勉強をしていた時、面倒を見てくれていた知人の一人だ。ヒルデと旧知の仲であり、薬理・衛生に長けているため、治療魔具の殆どはベリットが率いる研究所が開発している、その手のプロ。
馬車を中に入れると、部下が二人おりる。
ベリットは治療所を見渡した。横たわる騎士に呻き声。身体を休めには頼りない簡易的な雨避けに、寂れた布団。
「すぐに治療を始めましょう。アリス様……。もう面倒ですね、アリス、治癒魔法系の魔具を用意してください」
「それが、治癒魔法系の魔具はバステリオンになくて」
その言葉に、ベリットが首を横に振る。
「そんなことはありません。攻撃魔法の魔具と共にセレスティアから供給した記録を確認して来ています。捨てでもしていなければあるはずですが」
ベリットは淡々と告げる。責める口調ではない。事実確認を進める声。
「こんな時代遅れの治療法、今時ありえません。私が開発した魔具の用意を」
アリスは振り返る。
倉庫に治癒魔法の魔具はあったかどうか。
……やはり記憶にはない。だが、アリスが見たのは大量にあるほんの一部だ。途中からバステリオンの人達に、使えそうなものだけを持ってくるよう伝えていた。
アリスはすぐ近くの兵に声をかける。
「この街に治癒魔法の魔具があるらしいんだけど、知ってる?」
「え、えっと……」
戸惑う兵に、隣にいた年配の兵が渋い顔で口を開いた。
「そらあるさ。ま、バステリオンで治癒魔法の魔具なんて難しいモンを扱える人間はいねえ。倉庫の奥の奥に眠ってるはずだぜ?」
ぞくりと、アリスが身震いをした。
振り向かなくてもわかる、ベリットが怒りの瞳でこちらを見ていることが。
「アリス?」
「すぐに持ってきなさい! 埃を払って使えそうなやつだけでいいから!」
「で、ですが。使える者なんて」
「いいから! 私が持って来なさいって言ってるの! 走って!」
「は、はい! お前ら、ついてこい!」
若い兵を連れて老兵が倉庫へ走る。
「アリス。あなた、バステリオンに来てから随分と経っているでは?」
「そ、そうだったでしょうか? まだそこまで経っていないような」
「アリス? なぜこっちを見ないのですか?」
肩が捕まれ、無理やり振り向かされる。
ベリットの顔が鼻先まで近づき、見開かれた目から避けられない。
怒られる。と思うのは、ヒルデとアリスで連日徹夜で研究を続け、身体を休めろと何度となくベリットに怒られた日々を思い出したから。
懐かしくなり、アリスの表情が緩むのと同時に、それを見たベリットは呆れた溜息を洩らした。
「まったく。……魔具が来たようなので、準備を進めましょう。二人は軽傷者を完治させてください。重傷者は私が見ます。取り扱いが難しいので区画を作りましょう」
部下が魔具を取り患者を見ようとするが、目を会わせようとする者がいない。
まだ敵に治療されることに抵抗があるのか。
「アリス。どうするのですか? 拒否されれば私達は治せませんよ」
「すいません。……アルゴ、最初に治療されてくれる?」
「オレを一番に治してくれるってのか!? くぅ~、つんけんしてるが優しいところもあるじゃねえか、王女殿下!」
「うるさい。あと王女殿下って呼ばないで。まだ私はただのアリスなんだから」
言いながら、寝ているアルゴを担架で運んでいる間に、ベリットの指示で即席の治療区画が組まれた。複数の魔具を並べ、中央に人が入れるほど大きい魔具。小さな結晶を掌で撫でると、淡い光が灯る。術式を確認するように暫く調整した後。
「この中に患者を」
「おいおい大丈夫なのか? このまま殺されやしねえだろうな!?」
「アルゴ、黙って。すぐに治るから。……たぶんだけど」
「おい!?」
横に倒されて置かれた長方形の箱に、担架ごと入れられるアルゴ。蓋をしっかり閉めた後、ベリットが結晶に魔力を流す。
「……なるほど。右腕が傷から膿んでいますね。左足の健が断裂。胸には火傷に全身打撲」
一独り言を言いながら確認を進めるベリットに。
「どうでしょうか?」
心配そうに問いかけるアリスに、ものの数秒で結果が知らされる。
「……はい。治りましたよ」
「はい?」
「治ったと言ったのです。早く患者を出してください」
半信半疑でアリスが蓋を開けると、アルゴが半身を起こす。まずは右腕の包帯を解いて傷が消えていることを確認。胸をさすって焼けるような熱が消えたことを実感した。恐る恐る足を持ち上げ、自由に動く感触を味わい、魔具から地面に勢いよく飛び出した。
「う、嘘だろ!? もう身体が治ってやがる! 何をしやがった、姉ちゃん……。じゃねえ、先生!」
「先生ではないのですが」
元気になったアルゴの身体を見渡した後。
「説明してもわからないでしょうから、説明は致しません。ただ、私がつい最近開発した最先端治療魔具です。扱いが難し過ぎて私にしか使えないのが難点ですが、並みの治癒魔法使いより遥かに早く治療ができます」
言った後、ベリットが肩を上げて首を横に振る。
「魔具は魔法を簡易に使えるようにするものなのに、私にしか使えないという矛盾があるのが突っ込みのポイントですね。半分失敗作ではありますが、私が使えば治癒魔法より効果はいいので、トータルプラスと言う事で」
まるで誰かに言い訳するようにそう続けた。
「ぶっ……。あっはっは! セレスティアの研究者は変人が多いって聞いたが、噂通りの様だ! おうおめえら、さっさと治してもらえや! モリスン、早くしねえとその右腕が腐って落ちるぞ! シュナイダー、もうクソを垂れ流すのは嫌だろ、さっさとしろや!」
アルゴの呼びかけに、騎士達が迷い始める。
周りの目を気にする者、相談をし始める者。
そして、一人の女性が手を挙げる。
「あの。わたしを治してもらえないでしょうか?」
挙手したのはアメリアだ。
アリスがすぐに駆け寄り、ベリットの前に連れて来る。
右腕には包帯がかけられ、左足は引きずられている。
「この程度なら私の魔具を使う必要はありませんね。ミア、お願い」
部下の一人が小型の魔具に魔力を流す。淡い光が伸び、アメリアの全身を丁寧に照らしていく。
「右腕の骨折。左足は打撲。擦り傷は後で治します」
ミアは手際よくアメリアの包帯を解いた後、骨折している腕に両手をかざす。すぐに淡い光が溢れ、痛々しく変色した腕を包み。数秒で霧散した。
「動かしてください」
アメリアが慎重に腕を動かし、感触を確かめる。
「ぜ、全然痛くないです」
「次に足も治します」
すぐに魔法を掛けて治すと、アメリアは信じられないようにミアに頭を下げた。
「ありがとうございます。ミア、さん?」
「いいですよ。これが私の仕事なので。……サンプルも取れましたし」
「なにか言いました?」
「いえ。お大事にしてください、アメリアさん」
すぐに終わった治療に、アリスはベリットを見る。
「彼女はただ治癒魔法が得意なだけですよ。骨折程度ならすぐに直せます。私の部下二人が軽傷者を治しますので、重症は私の元へ運んでください。……治して欲しい者がいればですが」
問いに、騎士達が迷う。他の者達の視線を気にしているのだろう。
アリスが一歩前に出る、そのまえに、アルゴが前に出た。
「だあもうめんどくせえんだよおめえら! どう考えてもこっちが本物のアリスであっちが偽者だろうが! 目の前の現実を見ろや! いつまでも過去を見てんじゃねえ! さっさと自分等に次できることを考えろ! やっちまった事実は消えねえ。けど、この王女殿下はそれらも踏まえてオレ等に手を差し伸べてんだ! ちげえか?」
アルゴの言葉に、アメリアが続く。
「ここに我々がいることすら迷惑なんです。傷を治して、アリス様に仕える者は仕える。そうできない者はこの場を去る。それでいいじゃないですか? それすら嫌なら、今すぐこの場を去った方が、騎士としての矜持を守れるのではないですか?」
そして、アリスが続ける。
「私はみんなを守りたいだけ。まずは、健康になって。騎士である前に、貴方達もみんな、私が守るべき民なんだから」
広がる言葉に、騎士の多くは顔を伏せた。
自分がどんな顔をしているか、他の者に見られたくないからだ。
「……治してくれ。オレを治してくれ」
「オレもだ。こんなことしてても意味なんてない」
「ここまで世話になったんだ! だったら最後まで面倒みてもらっていいかよ?」
騎士達が次々に手を挙げる。
それを見て、アリスは満足そうに頷いた。
「アルゴと私は重傷者を選んで運ぶ。アメリアはミアさんたちと軽傷者を治して回って。絶対に、危険な思いはさせないように」
「おうとも!」
「はい!」
分担が明確になり、すぐさま動き出した。
アリスとアルゴが運び、ベリットが治す。
アメリアとミアが現場を歩き回り、小さな傷を癒していく。
騎士が元気になればなるほど、上手く回っていく。
「……タイミングを見失った。ま、そろそろ行こうかねえ」
一人、馬車からこっそりと降りた者に気付く者はいなかった。




