第49話 魔物の消えた森
アリスが治療所へ、シグレが門外の片付けをしている時、ラズはレイと森の前まで来ていた。
背の高い木々の集合体であるそこは、昼にも関わらず先が薄暗い。茂る葉が日光を遮り、枝葉に水分が溜まり湿度が高い。
「静かすぎるな」
「いつもと違う?」
隣に並ぶレイがラズを見上げて問いかける。
腰ほどまでの銀色の髪が風に靡き、赤い瞳がラズを見つめる。ラズと並ぶと子供の様にも見える背丈の低さに細い手足、白い肌。感情が乗らない声は、どこかラズの温度と似ている。
「魔物の気配がない。奥まで探っても引っ掛からないな」
「この森、そんな魔物いるの?」
「いつものなら魔物しかいない森だ。レイも前に来ただろ?」
無垢な表情で首を傾げるレイ。
第三部隊でバステリオンの救援に来た際、レイもいたが、どうやら忘れてしまっているらしい。何事にも興味がない、レイらしいと言えばレイらしいが。
「アルゲンティアにいるほとんどの魔物がここから発生してる。全てではないが、数は多い」
「じゃあ消す?」
手を挙げて光魔法を使おうとするレイを、ラズは止める。
「止めとけ。この面積の森を焼いたらどうなるかわからない。残った魔物が一斉に出てきたらたまったもんじゃないからな」
「そう。なら止める」
残念そうでもなく、レイは頷く。
森に足を踏み入れる前に、ラズは自分の影を見る。
「イオリ、そろそろ出てこい。いつまでも隠れてるな」
呼びかけに、イオリの顔が影からそーっと覗かせた。
ラズを見上げた後、その瞳はレイに移動する。
「なに?」
レイの幼い顔立ちに圧はない。が、表情の薄さがどこか不気味だ。
「い、いえ。なんでもありません。はい……」
そのまま影に戻ろうとするイオリの首根っこを掴んで、ラズが引っ張り出す。
「ぎゃー! なにするんですか、師匠!」
「なにをそんなに怯えてるんだ」
「べべべべべ、別に怯えてないですよ!?」
言いながら、瞳がレイに向けられ、白々しく逸らされる。
「レイ。なにかしたのか?」
「なにも」
ラズがイオリをおろすと、レイが顔を覗き込んだ。
ひいぃ、と怯えながら身体を震え上がらせるイオリに、レイはどこか面白そうだ。
「この子、なに?」
「イオリだ。影魔法使いだから俺がいろいろ教えてる」
「ふ~ん……。ラズに教えてもらってるんだ。へぇー……」
半眼でジロジロとイオリを見つめるレイに、イオリは逃げるようにラズの背中に隠れる。
「教わって。ラズ、どうだった?」
「し、師匠は……。優しいです! 物分かりの悪いイオリにもちゃんと教えてくれますし、なにより強いです! ちょっと言葉足らずなところもありますけど。そこも師匠の良さだと思います!」
言葉足らず、という言葉にラズが首を傾げるが、余計な口は挟まない。
「ふーん……。へぇー……。そう。そうなんだ……。ふーん……」
何か言いたそうで何も言わない。
レイは表情を変えずにそれだけ言って、森の奥を見た。
「行くの?」
「ああ。もう少し探りたい。イオリは進みながら影で辺りを警戒してくれ」
「了解しました!」
そう言って三人は歩き出す。
森は、静かだった。
鳥の声が遠い。枝の擦れる音も小さい。魔物の気配がなく、血の匂いも漂っていない。動物の死骸も骨もない。暫くなにもいなかったように。
「静かですね。影に全く引っ掛からないです」
「ここら辺はいつも魔物がうろついてるらしいが。どういうわけだ?」
「昨日のでここら辺にいたのは全部、倒しちゃったんでしょうか?」
「違う」
否定し、レイが光魔法で辺りを照らす。
抉れた地面に踏み潰された枝の数々。
「昨日のは、もっと奥から来てる。ここにいた奴等じゃない」
光の玉が踏み潰された道を辿るが、更に奥まで続いているようだ。
「そうなると、なんで奥にいた魔物が一斉に出て来たかだな。そんなことあるのか?」
「聞いたことありません。夜の軍勢が発生する時は、森の入り口付近に魔物が増えますし、ここら辺なんかは魔物だらけで絶対に近付けなくなるほどです。奥の方から出て来るなんて、イオリは聞いたことないです」
「そうなると……。なにか怪しくなってくるな」
ラズは考えるように顎に手を当てた後。
「レイ、イオリ。少し任せる。行けるところまで影で探る」
「わかった」
レイが即答すると、ラズは足を止め、瞳を閉じた。
影に流し込む魔力をゆっくりと増やしていき、その度に身体は無防備になる。
「師匠?」
「喋りかけない。集中する時、ラズはこうなる」
「す、すいません! そうなんですね!」
頭を下げつつ、イオリはラズを守るように立つレイを見た。
「す、凄い。師匠の相棒みたいですね!」
「ん? そう? まあ、そう」
「師匠がやることをすぐに察して守りに入る! お互いに分かり合って、背中を預けられる相手だからこそできることです! 最高のコンビって感じですか!?」
「ん。わたしとラズは最強で最高のコンビ。誰にも負けない。負けた事もない」
「か、かっこいい……」
さっきまで怯えていたイオリの表情がパッと明るくなる。
「良く見るとこの身長差が逆に似合っている気がしてきました。レイさんが子供っぽくて師匠が大人びてるからそこも良し。光と影っていう違いもコンビとして最適な気がしますし、それでいてどこか涼し気な温度感が合っていますし……」
いきなり喋り出したイオリに、レイは表情を崩さず、静かに耳を傾ける。
「やはり最高のコンビなのでしょうか?」
独り言のように呟くイオリ。
レイはそれを聞き、数回、瞬きをした後。
「……イオリ、だっけ?」
「は、はい! イオリです!」
「あなた。わかってるね」
「はい?」
何がですか? と首を傾げるイオリに、レイは静かに頷いている。
そこでラズが目を開けた。探り終えたのか、深く息を吐く。
「どう?」
「だいぶ奥までいったところに魔物はいたが、かなり距離がある。それも、昨日の奴等とは別の魔物だ」
「だったら、昨日の魔物の大群はなんだったんでしょうか? いったいどこから」
「わからないが……。気になるモノが落ちてた。それを拾いに行く」
「気になるものですか?」
「たぶん逃げた時ブルーノが笛を吹いた笛だ。魔具だと思うが、影に引っかかった」
そう言って、ラズは森の出口へと歩き出す。
「そういえば、笛が吹かれた時、なにか変な感じがしました。森がざわついたみたいな……」
不安そうにするイオリの背中を叩き、三人は森を出て、平野に出た。地面は踏み荒らされている。血と泥と、魔物の爪跡。遠くに王都軍の撤退痕が残る。
「ここだ」
しゃがみ込み、土を指先で払う。泥の中から、小さな笛が現れる。
「やっぱり魔具だな。術式が刻まれてる。魔力は」
「ダメ」
魔力を込めようとしたラズの手を掴んで止めたのはレイだ。
「やな予感がする」
「……そうか。レイの予感はよくあたる。ちゃんと調べてからにしよう」
笛を懐に入れて、レイを頭を撫でるラズ。
「でも、じゃあそれが魔物を呼ぶなんてことあるんでしょうか?」
「断定はできない。だが関係はある可能性が高い。偶然なら出来すぎてる」
「魔具には詳しくないですけど、そんな危ないものがあるなんて……」
不安そうにするイオリに。
「まだ確定じゃない。余計な事を考えるな。このことは誰にも言うなよ」
「は、はい! そうですよね。魔具は人を守るものなんですから。魔物を呼び寄せるなんてそんなもの」
不安を払うように言うイオリに。
「あるかもね」
「なっ、なんてこと言うんですか! レイさん!」
「可能性の話し。あってもおかしくない」
「レイ。余計なこと言うな。可能性なんだから。いいな」
「むっ。ラズが言うなら」
指摘され、微かに表情をしかめるレイを見て、どこか嬉しそうにするイオリ。
「まずはアリスとシグレに相談だ。そのあとは……。ヒルデだろうな」
「だれ?」
「魔具の開発者だよ。セレスティアにいてな。説明は後だ、いったん戻ろう」
三人はバステリオンへ戻る。
背にある森は相変わらず静かだ。その静けさが、昨日の波をなかったことにするようで、逆に次の波を予告しているようにも思えた。
ラズは門へ向かいながら、懐の笛を一度だけ押さえた。
ブルーノが吹いたのは逃げたタイミング。普通であれば救援の合図。
それが魔物を呼ぶ合図だったなら?
それも無差別に人を襲う、操れるものではないとしたら?
王都はもう、兵すら道具にしている。
答えはまだ出ない。
だが、手掛かりは手の中にある。
一抹の不安を抱きつつ、ラズはバステリオンに進む足を速めた。




