表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/66

第5話 水路に消えた王女

 地下水路の奥は、さらに暗かった。


 壁際に沿って進むうち、通路が次第に狭まり、天井が低くなっていく。水の匂いが濃くなり、流れは速い。


 ラズは足を止め前方を見た。


 先は行き止まりではない。だが、構造が変わっている。鉄格子が嵌め込まれ、通路そのものは塞がれていた。格子の向こうへ続く暗闇があるのに、こちら側からは通れない。


 代わりに、水だけが格子の隙間を通って流れ出ている。流れは速く、落ちれば確実に流される。追ってくる者にとっても潜るのは自殺行為に近い場所だ。


 ラズは振り返りアリスを見た。


 彼女は薬瓶を胸に抱いたまま、息を整えている。傷口が痛むのか、表情は厳しいままだ。


「ここで暗殺部隊を巻きます。打ち合わせ通りに動いてください」


 ラズが囁くと、アリスは頷いた。


 そして、ラズは迷うことなく流れる水面に飛び込み――溶けるように影へと吸い込まれて姿を消した。


 足音が次第に近づいてくる。


 たいまつの光が水面にちらつき、アリスは眩しさで目を細めた。複数の影が揺れ、低い声が水路に反響した。


「いたぞ」


 仮面の男たちが狭い通路に現れた。先ほど襲って来た連中と同じ服装と仮面。


「第一王女、確認。これより始末する」


 それは死刑宣告。


 アリスにもはや逃げ道はない。背後は鉄格子。前方は暗殺部隊。横では濁った汚水が音を立てて流れ続けている。腕は負傷し、立っているのが精いっぱいの状況。


 それでもアリスは薬瓶を胸に押し当て、口元に笑みを浮かべた。


「私を殺してなにが変わるの?」


 問いかけに暗殺者は答えない。


「喋る自由すら与えられていないのかしら? 哀れなモノね」


 震える声は、短剣が抜かれる音に声がかき消される。


 術者の指先に魔法陣が浮かび上がり、光が灯る。


 魔法だ。


 光の粒が弾け、刃のように飛ぶ。


 アリスは身を捻って避けるが、完全には避けられない。


 ローブが裂け、右肩のあたりが赤く染まる。


「っ!」


 痛みの息が漏れ、大きくよろめいた。


 視線が足元に落ちて膝が崩れる。右腕がだらりと降りて、指先から血が流れ落ちた。


「終わりだ。アリストリッド・アルゲンティア」


 隊長格らしい男が言った。


 アリスは苦し紛れのように身を引いた。背後の鉄格子に肩が当たり、金属音が鳴る。


 ラズが影の中で指を動かしていた。


 誰にも認識できない位置から影が伸び、等間隔に設置された薄暗い光を放つ投光器を破壊する。


「っ! なんだ!」


 暗殺部隊が息を呑み、その瞬間に生まれた微かな隙。


「弾けろ!」


 瞬時にアリスが魔法を唱えた。身構える者たち――だが、爆発したのは人ではない。横に流れる汚水だった。


 激しい音を立てて水しぶきが天井まで到達する。


「なにをするつもりだ!」


 暗殺者が動く。剣を構えて足を踏み出す。


 しかし遅い。


 アリスの身体が波打つ水面へと吸い込まれていく。


 落水。


 濁流が白く泡立ち、彼女の身体が汚水に沈む。


 汚水に赤が広がる。血だ。水面が赤に染まる。


 誰の目にも、深手を負った人間が流されたように見える。


 だが、違う。


 汚水の影に飛び込んできたアリスをラズは受け止める。震えた身体をしっかりと抱きしめて、息を潜めて気配を消し続けた。


 代わりに影に仕舞っていた暗殺部隊の死体を水面に叩き出す。


 暗殺者たちが水面を睨む。


「死んだか?」


「血が出ている。……影が上がるぞ」


 暗殺者たちが鉄格子の向こうに流れる影を見た。


 明かりがなく、その姿を確認するのは難しい。


「確実に殺す」


 短剣が投げられ、鉄格子の隙間をすり抜ける。


 流れる人影に突き刺さると、汚水を赤く染め上げた。


「念のためだ」


 術者の指先に魔法陣が浮かび魔法が唱えられると――影が弾けた。


 激しい爆音と水面が暴れて壁に叩きつけられる音。波打ちは流れ続ける汚水に飲み込まれ、すぐにいつもの排水処理に戻る。


「これじゃ死骸の確認は出来ないな」


「これだけやったんだ。確認する必要もないだろう」


 誰も反論しない。


 追う理由はないほど、汚水を流れる人影は跡形もなく消し去った。


「撤収する」


 足音が引いていく。たいまつの光が遠ざかり、水面のちらつきが薄れていく。


 ラズは影の中で、しばらく動かなかった。アリスの震えを押さえつけるように強く抱きしめ続ける。


 暗殺者たちの足音が遠ざかっていく。たいまつの光が消え、人の気配が完全に消えた。


 ラズは影の中で数呼吸ぶん待ってから、通路の影から姿を現す。影に手を着き、魔力を流して気配を探る。


 暗殺部隊は完全に撤収したようだ。周囲に人の気配はない。


「もう大丈夫です」


 影に手を突っ込み、アリスを引き上げる。


「大した魔法ね」


「便利ではありますね」


 二人が影から完全に出た、その時だった。


 ――鐘が鳴った。


 低く、重い音が、王都全体に広がっていく。地下にいるのに、胸の奥まで響くような音だった。


「なんの鐘だ?」


 ラズは眉を寄せた。鐘の意味が分からない。昼を知らせる時刻ではないのは間違いないが。


「この鐘……」


 濡れた前髪の隙間から見える、アリスの瞳が揺れる。吐息のような声で呟き、次の言葉が出ない。やがて、彼女はぽつりと落とした。


「王が……。父上が、死んだのね」


 それは説明の言葉ではなく、誰に向けられたものでもない。自分が知る事実を、ただ口から零れ落としたかのような音だった。


 アリスは膝から力が抜けたように、その場に座り込んだ。薬瓶を胸に抱いたまま、膝を抱えて丸くなり、視線を落とす。


 ラズは、何も言えなかった。


 何を言っても、アリスのためにならない。


 そんな気がした。


「……まだ暗殺部隊がいるかも知れません。辺りを確認してきます」


 やっと出たのは、そんな言葉だった。


 一人にさせて、気持ちを整理する時間を作る。邪魔者はいない方がいい。


 離れようとした瞬間。


「待って」


 アリスの声に、振り返る。小さく震えた声音。命令でも懇願でもない。ただ、置いていかれたくないような声だった。


 目が合っても、アリスは何も言わない。ただ、こちらを見上げている。


 その瞳を見た瞬間、ラズの胸が苦しくなる。記憶が、嫌というほど鮮明に蘇る。


 故郷が魔物に襲われ、ラズとレイが孤児になって間もない頃。避難所の片隅で、身体を寄せ合って震えていた。ラズがただ「トイレに行くだけだ」と立ち上がろうとした時、レイが泣きそうな顔で袖を掴んだ。


『行かないで』


 その時の瞳と、同じだった。強がって、泣かないようにして。でも、今にも崩れてしまいそうな瞳。


 ラズは何も言わずにアリスの隣へ戻った。濡れた石の上に腰を下ろし、短く息を吐く。


「影に他の人を入れると物凄い魔力を使うんですよ。だから、俺も少し休みます」


 誰に対してなのか、何に対してなのかわからない。だが、言い訳みたいな言葉。


 けれど、アリスは小さく頷いた。


 しばらく、アリスの手が落ち着かないようにローブの端をいじり、指先を迷わせる。その細い指が、そっとラズの手を取った。


 そして、ぎゅっと強く握った。


 痛いほどの力だった。震えを押し殺す力だ。


 アリスは顔を伏せ、泣かないように必死に堪えながら、呼吸を整えようとした。


 鐘の音が、もう一度鳴る。


 王都の上で、世界が変わっていく音がする。


 ラズは何も言わないまま、握られた手を引かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ