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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第46話 追放の清算

 夜が明けた。平野には薄い霧が流れ、血の匂いが漂っている。


 王都軍は後方へ下がり、陣を立て直した。


 バステリオンは門を閉じ、傷を負わずに夜を越した。


 そして、朝。


 王都軍の先頭が動く。鎧の擦れる音が揃い、軍旗が風に靡く。


 その先頭にブルーノがいた。片腕のない肩を怒りで震わせ、昨日よりも前に出ている。


 先頭を行くという意味とはまた別。一人で進み、軍に背を向けていると言える。


「撃ちますか?」


 門上の兵がシグレへ問う。


 静かに見つめるシグレの代わりに、アリスが前に出て答える。


「待って、何か言いたい顔をしてる。聞いてやるわ」


 従う兵。


 アリスの表情は崩れず、進むブルーノの様子を窺う。


 ブルーノが立ち止まり、声を張り上げた。


「オレは王都騎士団副団長、ブルーノだ! 偽者! 反逆者! バステリオンの犬ども!」


 汚い言葉に、しかし門上に並ぶ者達の反応は冷めたもの。挑発とすら捉えていない。


「お前らゴミを片付ける前に、オレには殺したい奴がいる。ラズ・グレイヴナイト! 出て来い!」


 名指し。周囲の兵がざわめく。


「苦し紛れに決闘でも申し込もうっていうの?」


 アリスのボヤキを聞きながら、ラズが前に出る。


「なにかようか?」


「殺す。今日で終わらせる。おりてこい」


 アリスが口を挟もうとしたが、ラズが首を振る。


「止めるな。この申し出は、俺としてもありがたい」


 冷たく見下ろす視線が、アリスへ向けられると、柔らかくなる。


「俺が信用できないか? アリス」


 その表情は、二人でいる時に見せる、落ち着いた表情だった。少しも気負わず、焦りもしていない。なんの不安も抱かず、まるで相手を気遣っている時のような。 


「……因縁の一人なんでしょ? 思い切りやって来なさい」


「ああ。すぐ戻る」


 ラズが門上から飛び降り、地面に衝突するかと思われた彼は、影に飲まれて姿を消した。誰もが見失う中、ブルーノの近くに置かれた逆茂木の影から姿を現す。


「どこを見てる。俺はここだ」


「っ! 気色悪い」


 背後に回ったラズに、ブルーノは片腕で大剣を構える。


「てめえはいつもそうやって、影に隠れてオレから逃げ回ってやがった」


「お前は文句しか言わないからな。顔を合わせたいと思ったことは一度もなかった」


「黙れ!」


 ブルーノが一気に踏み込み――力任せの横薙ぎが土を抉り、空気を裂く。


 ラズは、剣を抜かない。襲い来る鉄の塊を、寸前で身軽に躱した。


「なぜ俺を追放した? 誰の指示だ」


「うるせえ! 勝負に集中しや」


 言葉の途中、ラズの拳がブルーノの腹部に深々と突き刺さる。


 鈍い音が響き、よろよろ後退しながら口から涎を垂らすブルーノ。


「誰が俺を追放した」


「だまりゃ――」


 平手が頬を叩き、弾ける音が辺りに響く。


「てめえ!」


 痛みしかない平手に、ブルーノが食って掛かるが、ラズの拳が顔面にめり込む。


 吹き飛ばされ、地面を転がる大男は、死体にぶつかりようやく止まる。


「ハァ……ハァ……」


 鼻血を垂らし、片手を地面につき、影に覆われて顔を持ち上げる。


 感情を顔に出してないラズが、ブルーノを静かに見下ろしていた。


「ふざけるな!」


 立ち上がろうとして、崩れる。


 瞳が回り、焦点が合わない。身体に力が入らず、宙を浮いているような感覚。


 それでも無理に身体を動かそうとして、ブルーノは地面に嘔吐する。


「ふぅー……ふぅー……ふぅー……ッ! クソッ! クソッ!」


 膝を立てて、一本の腕を地面を叩きつける。


 見上げる先には、相変わらず無表情を貫くラズだ。


「喋らないなら。もういいか?」


 剣がようやく引き抜かれ、ブルーノの眼前に迫る。


 視線が交差したまま、無言の時間が流れた。


 ふいにラズが口を開く。


「……哀れだな。消えろ」


 剣先を下げ、淡々と命じる。


 ブルーノの顔に怒りが満ちる。


「なぜ、殺さねえ?」


「価値がない。お前はもう、そこら辺の虫と同じだ」


 価値がない、という言葉が胸に突き刺さる。それでもブルーノは口を開く。


「お、覚えてやがれ。オレを生かしたこと、後悔させてやる……」


 ブルーノは喉を鳴らし、這うように立ち上がる。


 ラズを警戒しながら震える足で後退し――そして、逃げた。


 王都軍の隊列の横を抜け、森側ではなく街道側へ、情けなく一人で走る。


 誰も追わない。


 ラズの言う通り、もはや追う価値がないからだ。


 ブルーノが遠ざかる背中の先で、何かが響いた。


 ひゅう。


 乾いた音が、平野に長く響き渡る。


「……なんだ?」


 誰もが首を傾げた。


 ブルーノが笛を吹いた。それだけはその場にいた者達の目に映る。


 だが、なにも起こらない。


 暫くの警戒が、何もないとう確信に変わり、辺りがざわめく。


「聞け! 王都騎士団!」


 そのざわめきを断ち斬るように、アリスは剣を掲げて叫ぶ。


「私は無駄な命を奪わない!」


 声が平野に響く。


 王都軍の列が揺れる。副団長が倒れた。だが、まだ負けたわけじゃない。


 まだ殺されていない。


「今の国に不満がない者はあの軟弱者と共に王都へ帰るといい! 情けなく敗走し、再び腐りきった王都の元で民を痛めつけ、愉悦するといい! それが騎士団に入ってまでやりたかったこのなのならば! だが」


 アリスの声が鋭くなる。


「この国を、民を、縛り付ける偽の王を、私は倒す。王になる。民を守るために!」


 一拍置く。


「こちらに付きたい者は付け。退く者は退け。判断は任せる。我々は、受け入れる」


 戸惑いが広がる。


 王都の騎士たちは、命令で動くことに慣れている。


 だが、選択肢を渡されると、足が止まる。


「シグレ様」


「アリス様に任せましょう。今は、それが最善です」


 反発の色をした兵の言葉を、シグレはすぐに押さえつける。


 それに意見する者はいない。


 戸惑いが数呼吸続いた。


 その時だった。


 森が不自然に揺れた。地鳴りと共に、木々が震える。


 そしてすぐに、黒い影が森から流れ出た。


 狼型の魔物、ルーガル。二足で立ち、牙を剥き、足並みが揃っている。月夜の軍勢の際に討伐した魔物の群れ。数はそれとそれと同等か、それ以上の密度を感じる。


「なんでいま魔物の群れが!?」


「ありえません、このタイミングで軍勢が来るなんて! それも、あの数は月下の夜に匹敵します! すぐに戦闘準備を整えてください!」


 焦りが混じる。


 シグレがこんな声を出すことは少ない。だからこそ、兵が凍る。


「アリス様、大量の魔物が出現する可能性があります。恐らく月夜の軍勢ほどかと。時間はありそうですが……。如何しますか?」


 その確認は、曖昧ではあるが、あまりにもわかりやすかった。


 魔物とバステリオンの間には王都騎士団が隊列を組んでいる。


 つまり、バステリオンは王都騎士団が魔物と衝突をしている間に迎撃準備を整えるか、彼等を助けるかだ。


「う、後ろ!? 魔物だ!」


「なんでここに!」


 王都軍がパニックになる。隊列が崩れ、盾が揃わない。


 その混乱の奥で、逃げていたブルーノが見えた。


 遠い。小さく見える。だが、確かに生き恥の背中だった。


 その背中は、目の前から流れ込む黒い波を目の当たりにして、立ち止まる。


「な、なん!」


 叫びが一つ上がって、途切れた。


 魔物の波にのまれて、ブルーノの姿が消える。


 鎧の光だけが一瞬だけ揺れて、次の瞬間には暗闇に飲み込まれていた。


 王都軍の目がそこを見た。副団長があっさり喰われた。それが何を意味するか、誰も言葉にできない。


 風が吹いた。砂埃が流れ、血の匂いだけが残る。


 誰も、声を出せなかった。

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