第45話 崩れる王都軍
夜になった。
王都軍は後方へ下がり、平野に火を起こして陣を敷いた。流れる空気は勝っている側のものではない。
鎧の擦れる音が重く、負傷者の呻きが士気を下げる。無駄な声がないぶん、その苦しみが響き渡っていた。
ブルーノが歯を食いしばる。
押されている。
昼の突撃により戦力は大幅に削られた。逆茂木で隊列を崩され、ぬかるみに脚を奪われ、門上の砲撃系魔具に頭を割られた。地面が炸裂した時の混乱は、今も騎士の頭に恐怖としてこびりついている。
突破口がない。
防衛が固い。しかもバステリオンは前に出てこない。数で押しても、張り巡らされた罠と、大量に揃えられた魔具の攻撃で接近できない。数名が突破できても、待ち構えていた前衛部隊に取り囲まれてすぐに処理される。
遅延と迎撃で、こちらだけが削られていく。
「くそ……っ!」
ブルーノは拳を握った。片腕のない側の肩が、熱を持って疼く。
側近が近づき、紙束を抱えたまま口を開く。
「副団長。負傷者が想定より多いです。魔具の直撃が効きすぎています」
「わかってる」
吐き捨てるように返す。わかっているが、攻略法が見つからない。
それに、騎士が弱っている。
目の光が薄い。いつもの騎士団の顔ではない。口数が減り、返事が遅くなる。命令に対して迷いが生まれている。
「あれ、本物じゃねえのか? 偽者が知ってる情報じゃない」
「アメリアが言ってた。全部本当のことだって」
「アルゴもだ」
黙れ。
心で思うが、口には出せない。
これ以上、騎士を怯えさせても指揮を下げるだけなのは明白だ。
バステリオンの門上で、アリスは宣言していた。
追い詰められ、泣き叫ぶでもなく、震えるでもなく、堂々と王になると言い切った。こちらの騎士の名を呼び、騎士団の中にいた思い出話を語った。
厄介だ。
アウローラと比べれば、どちらが真の王かは明白。比べるまでもない。
失態は許されない。
敗戦から逃げ延びた副団長。失態を重ねた副団長。片腕の副団長。
もう後はない。
ブルーノは首元に手をやった。
そこにあるのは、小さな金属の笛。刻印が刻まれた魔具だ。出撃前に渡されたもので、もしもの時に吹けと言われた。
救援の合図。そう説明された。
指先でなぞると、冷たい。冷たいのに、どこか脈打つような感触がある。強く握ると、術式が一瞬だけ鈍く光った気がした。
「吹き時か?」
吹けば助けが来る。そのはずだ。負けられない戦い。なら迷うことはない。
その時だった。
風が吹く、焚き火が揺れて火の粉が舞う。
そして、森の方角から低い唸りが響いた。
獣の咆哮ではない。
王都ではあまり聞かない、魔物の唸り声だ。
側近が顔を青くする。
「ここはバステリオンの近郊。……魔物、でしょうか?」
「黙れ!」
ブルーノは笛を握ったまま怒鳴った。恐怖を怒りで塗りつぶす。昔からの癖だ。そうやって副団長まで上り詰めた。
「魔物? 今夜、来るのか?」
「いま襲われたらひとたまりもないぞ」
「撤退した方が」
「騒ぐな!」
ブルーノが吠え、周囲を睨みつける。睨みつけて、ようやく騎士が口を閉じる。
だが、不安は閉じない。
ブルーノは息を吐いた。
このまま消耗戦を続ければいずれは崩れる。
弱気が迷いに変わり、本物かもしれないという曖昧な希望に縋る。
なら、やることは一つだ。
「明日だ」
「明日、ですか?」
「前線に出る。ラズを殺してこの戦いを終わりにする」
それは宣言だった。
決意というより、苦し紛れに出た秘策。
「ですが、今日は姿を見せませんでした」
「オレが出ればアイツは出て来る。そういう奴だ」
その言葉に、側近が頷く。
「承知しました。そのように」
ブルーノは焚き火を睨みつける。
火が揺れ、影が踊る。影の形が、ラズを思い出させる。
「逃げるなよ、雑魚野郎が……」
呟きは、夜に溶けた。




