第43話 匂いを辿る光
王都は疲弊しきっていた。
以前は不満の声が漏れるだけの音があったが、今はそれすらない。検問の数が減ったのは、民が外に出歩かなくなったからだ。
「アリス様が王になってからこの国は変わってしまった」
「外にいるアリス様が本物で、王は偽物なんじゃないかって噂。本当だったらどれだけ嬉しいことか」
「なんにせよ、私達にはなにもできない。家にこもって時が過ぎるのを待とう」
寂れた商店に流れる音は、風に吹かれて消えていく。
王城の奥、窓がカーテンに遮られた一室。
第二王子ヴァルトは張り付けたような笑顔を浮かべて周りを見る。
騎士団長、暗殺部隊の長、副団長ブルーノ。そして、王位を継いだアリスとして椅子に腰掛ける第五王女アウローラ。
「アリスがセレスティア方面からパウザリアを経由してバステリオンに向かったそうです」
ヴァルトの報告に反応したのは暗部の長。
「定期報告にはあがってきていないようですが」
「そのうち上がって来るんじゃないですか? 距離を考えれば二日は必要でしょう。念のため確認を急がせてください」
「はっ。直ぐに」
言って、長はすぐさま闇に紛れて姿を消した。
直々に行くほどの事態ということだ。
次にブルーノが椅子を鳴らして立ち上がる。片腕を失った側の肩が、怒りと羞恥で震えている。
「オレに行かせてください。ラズはアリスと一緒にいるはずです。必ず殺して見せましょう」
騎士団長が即座に頷く。
「すぐに動け、ブルーノ。名目は反乱の鎮圧。バステリオンに身柄引き渡しを要求し、拒否してきたらすぐに殲滅しろ。交渉はいらん」
それを聞き、アウローラが鼻で笑う。
「街ごと潰しちゃいなさいよ。あの野蛮な街、前から気に入らなかったのよ。なんならあたしが民に伝えた方がいいかしら?」
「黙っててください」
アウローラの言葉をすぐさまヴァルトが塞ぐ。
「今は民を刺激しない方がいいですから。あなたは黙っててください」
アウローラの口が一瞬、歪む。
お飾りの王は、何も言い返すことが出来ずに黙る。
騎士団長が報告書を捲り、淡々と事実を並べた。
「検問を厳しくした反動が出ている。物資は滞り、民の不満は高い。規制で不満を抑え込んできたが、抑え込めば抑え込むほど反発は深くなる。今は黙っているが、きっかけさえあれば爆発するのは明白だ」
その言葉に、ヴァルトは頷く。
「不満の対象を逸らして目立たせないといけません。……バステリオンとアリスを民の前に吊るすのです。民には彼らに石を投げてもらいましょう。そうすれば不満は解決され、アリスという問題も解決する」
「そのためにはまずアリスを捉え、ラズを殺す必要がある」
ヴァルトと団長がブルーノを見る。
「ブルーノ、失敗は許されん。確実にラズを殺し、アリスを捉えろ」
「もし出来なければ……。次に手に移りましょう」
ブルーノが涎を飲み込む。
次という言葉に、捨て駒を連想してしまったからだ。
「必ずや、ラズの首を持ち帰り、アリスを捉えて見せます」
その不安を振り切るように、ブルーノは失った方の肩を掴み、宣言する。
「そうですね。しかし、失敗しないに越したことはありません。ですので」
ヴァルトが机の懐から小箱を取り出す。中に収められていたのは小さな金属の笛。飾り気はない。だが刻印が施され、細かく均一な術式が刻まれている。
「もしもの時に吹いてください。救援の合図となります」
奇麗だが、どこか不気味に光っている。
ブルーノは微かに躊躇うも、唯一残った手で笛を受け取る。
「救援、ですか」
「はい。一度だけ、思い切り吹いてください。現れた仲間が必ずやブルーノを助けてくれますよ」
訝しむ彼に、団長が続ける。
「お前が負けることは想定していない。だが、想定外は起きる。お前が腕を失ったのも想定外の出来事だった。違うか?」
問いに、巨躯の肩が震える。
あの時の怒りを思い出し、ブルーノは笛を握り懐に仕舞い込んだ。
「承知しました、持っておきます。それでは、すぐに出撃準備を」
ブルーノが部屋を出ていくと、アウローラが勝ち誇ったように笑う。
「これで終わりね。アリスを捕まえて民衆の前で偽者だと斬首する。バステリオンの民を張り付けにして民衆に石を投げさせ殺させる。その時はあたしの演説も添えて」
「余計な演説はしないでください。あなたは待機です」
机を指で叩き伝えるヴァルト、アウローラはバツが悪くなったように顔を背けた。
「もしブルーノが失敗した場合。どうする?」
「その時は、次の段階に移行しましょう。王都周辺に魔物を出します。街道と小村を襲わせて、民を王都に集めるのです。そして、王都が民を守るという形を作る」
アウローラが顔を上げた。
「魔物を、出す?」
「いえ。魔物が出るんです。民は恐怖に縋る。縋る先が王都なら、支配は固まる。魔物が出現する原因は、アリスとバステリオンと言えば全て解決します」
淡々とした口調だった。予め用意していた台本を読み上げるように。
「各地の騎士を王都に集結させる。そうすれば討伐の演出も可能だ」
「ブルーノがやられれば、アリス達が攻めて来るのも時間の問題となるでしょうからね。こちらも整えないといけません」
ヴァルトと騎士団長の目元が微かに緩む。
「レイを王都に戻しましょう。バステリオンに割いた戦力を補強しなければいけませんから」
「北はどうする?」
「動きを見る限り、暫くは攻めてこないでしょう。レイを下げることを気付かれないようにしてくださいね」
「わかった」
ブルーノに続き、団長が席を立ち、部屋を出た。
会議は終わった。
ブルーノが進み、策略は進む。
ヴァルトは静かに微笑んだ。
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北の国境には冷たい風が吹き続け、薄い雪を敷いていた。
王都騎士団。第三部隊隊長のレイは、国境に作られた作戦本部に腰を下ろして目を瞑っていた。
他の騎士は寒空の中、遠くに控える敵国の騎士と睨みあいを続け疲弊している。突如として現れる魔物の強襲に怯え、睡眠すら満足に取れていない。
ただレイだけは、一日の大半をこうして休息に時間を当てていた。
「レイ部隊長。よろしいでしょうか?」
部下の声かけに、片目を開けてそちらを見上げる。
返事はない。ただ、それが次の言葉を要求する合図だった。
「即刻、王都へ戻れとのことです」
封蝋のついた命令書を差しだされる。
奪うように紙を受け取り、文字をなぞる。
『北は現戦力で問題ない。王都防衛のため帰還せよ。副団長ブルーノの出撃に備え、戦力を集約する』
レイの表情は動かない。文字を読んでいるかすら他も者にはわからないほどだ。
それでも、レイは状況を理解していた。
「ブルーノが動く」
それはつまり、ラズが絡むということだ。片腕を失った彼が副団長の席を与えられ続けていたのは、ラズに深い憎しみを持ち、高い殺意を抱いていたから。その殺意を利用しようとしているのは、ラズを追放した者の誰か。
王のアリスか、或いは騎士団長のどちらか。
「どっちでもいいけどね」
レイにとって、ラズを追放した者に興味はない。
求めるのはラズとの再会。
ブルーノが動いたということは、そこにラズがいる可能性が高い。
伝令が促す。
「王都へ」
レイは頷いた。
簡易的に作られた作戦本部を出ると、肌寒い風が頬を撫でた。
影が揺れるほどの冷たい風に、微かな違和感を抱く。
「ラズの匂い? ラズの影? あっちから?」
そんなはずはない。
それでも、レイの視線は北西に向けられる。
視界には映らない。だが、その先にあるのはノースホルムの小さい村だ。
「薄い。少し前だったんだ。残念。外で待っとけばよかった。そうすれば、間に合ったかも知れないのに」
残念そうに呟いて、レイは作戦本部に戻る。
「レイ隊長。どうしたん」
部下の言葉を無視して素通りし、机に広げられた地図を覗き込み、細い指で何かを辿る。
「セレスティア。パウザリア。バステリオン。どれかだ」
それだけ呟き、再び外に出る。
「レイ部隊長。馬車を用意してあります」
「いらない」
「で、ですが。……隊長! 王都はそっちじゃありません!」
進み出したのは王都へと繋がる街道ではない。
叫ぶ声に、レイは振り返りもせずぽつりと呟く。
「王都に戻る。大丈夫」
その言葉が聞こえたのか、聞こえなかったのか。
部下はそれ以上、深入りしなかった。
王都へ戻る。けれどそれは、すぐにではない。
大切な者と共に、王都には行く。
きっと彼は、それを望んでいるだろうから。
その助けをするために。
「待っててね。ラズ」
誰に伝えるでもないその言葉は、風に吹かれてバステリオンにまで届くのか。




