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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第42話 平和を望む王

 国境と言っても見張りはいない。


 貴重な資源や作物が取れる場所なら話は別だが、アルゲンティアとノースホルムは平地が続いているだけで明確な区切りすら曖昧だ。


 そんな曖昧な国境沿いにあるノースホルムの小さな村。幾つかの木造の家が立ち並び、自由に歩く家畜が数匹と、住民が自給自足できる程度の田畑。


 何の変哲もない田舎の村に、人の姿はない。


「そろそろ時間だ、行くぞ」


 馬車を近くの茂みに隠し、ラズを先頭にアリス達が続く。数少ない家からの視線を受けるが、怯まず進む。特に視線が濃い、村の外れにある一軒家。


 数歩の距離まで近づくと、扉が開き男が顔を覗かせる。


「ドリアーノの紹介で来た。強者は俺だ」


 言葉と共に剣に手を添えると、男は顎で入るよう指示をする。


「先に入る。合図したら続け」


 ラズが部屋にゆっくりと足を踏み入れる。


 小屋の中は質素だった。卓が一つに、それを挟んで椅子が二つ。窓は小さいものが一つで、扉は出入り口の一つだけ。かなり窮屈ではあるが、最小限に留められているともいえる。


 卓の向こうに座っていたのは中年の男だ。地味な服は布で作られ、騎士といった風貌ではない。疲れが顔に出ており、目元に隈があるところを見ると頼りなさまで漂わせている。


 ラズは影の先を立たせて入ってくるよう指示をする。


 まずアリスが部屋に入った瞬間、男を見て首を振った。


「貴方は来ないって聞いていたけど」


「わたしはキミが来てくれると思っていたけどね」


 お互いを確認し合うと、二人は表情を緩ませる。


 部屋の空気が柔らかくなり、ラズが問う。


「知り合いか?」


「ノースホルムのピロス国王よ」


 その言葉に、ラズとシグレが素早く膝を付いて頭を下げ、遅れてイオリがそれに倣った。


 アリスは遠慮もなく椅子に座る。


「いいよ、そういうのは。堅苦しいのは嫌いなんだ、疲れるからね。彼女ぐらいフランクにしてくれて構わない」


 手を挙げて軽く伝えるピロスに、それぞれは立ち上がりアリスの後ろに控える。


 ピロスは改めてアリスの顔を確認し。


「ノースホルムにも噂が回っていてね。『アリスの偽物が現れた』って。だからわたしが自ら来たんだ。キミのことなら一目見れば本物かどうかわかる」


 淡々とピロスは続ける。


「やはり王が偽者だったか。アリスがうちに宣戦布告するはずないとは思っていたが……。いったんは安心したよ」


  胸を撫でおろすピロスに、アリスは言葉を選ぶ。


「私も安心したわ。ピロス王なら話しが早い」


 その言葉を遮るように、ピロスが指を一本立てて止めた。


「先に確認させて欲しいことがある」


 空気が締まる。


 一瞬にして親しみやすさが消え、瞳が深く考えが読めなくなる。


「キミもうちと戦争をする気があるか?」


 直球。これは王として当然の確認だ。


 噂ではなく、目の前の本人から答えを取る。


 それに、アリスは即答した。


「ないわよ、攻める理由がないもの。交易も国境の取り決めも、私はノースホルムとの平和を望むわ」


 ピロスはアリスの瞳をジッと見据え、静かに頷く。


「わたしもアルゲンティアとの平和を望んでいるよ。……だから、今というこの状況が残念でしかたない。まだ血が流れていないのが幸いだけどね」


 ピロスは背もたれに体重を預け溜息を吐いた。


「色々と聞きたいことはあるが……。時間がないから話しを進めよう。キミは偽者に王の座を奪われたわけだが、どうするつもりだ?」


「王座を奪還して私が王になる。アルゲンティアを正常な状態に戻すわ」


 即答。そこに迷いはなく、その清々しさにピロスは大きく瞬きを繰り返した。


「凄いな。ここまで真っ直ぐ反乱を掲げるとは」


「同士には宣言済みよ。ね? みんな」


 問いに、ラズとシグレが静かに頷く。


「なるほど、追い出されてからもしっかり動いていたというわけだ。勝算はあるのかい? 相手は国だ。簡単に覆せるとは思えないけど」


「詳しくは言えない。けど、勝ち筋は見えてる。それに、ここまで来たのはその筋を大きくするためよ」


「つまり、ノースホルムの協力が欲しいと?」


 その言葉に、アリスが頷く。


「今の状態を保って欲しい。北から圧をかけてアルゲンティアの戦力を国境沿いに留めておいて欲しいの」


「それだけで、兵は足りるというのかい?」 


「国と対峙するのに兵が足りるなんてことはないわ。けど、他国から兵を借りるというのはリスクになる。それらを考慮すると、今の状態が一番ということよ」


 それならばとピロスが返す。


「わたしも武力干渉は乗り気じゃない。下手をすれば我々の間に深い溝が出来るかも知れないからね。けど、圧をかけ続けるだけならできる。偽者が仕掛けてきた挑発に対する面子も保てるから必要な事でもある」


「なら」


「だけど、条件がある。……アリスにだから話すよ? それと、ここだけの話しにして欲しいんだが」


 どこか言いづらそうに喋りはじめ。


「正直、ノースホルムはいまアルゲンティアを相手にしている余裕はないんだ」


 困りごと、といった感じか。ピロスは溜息を吐いて続けた。


「少し前から魔物の出現が増えていてね。森からも山からも湖からも、今のノースホルムはどこもかしこも魔物だらけだ。本音を言えば兵を魔物狩りに回したいところなんだけど」


 アリスは焦らず、続くピロスの言葉を待つ。


「アルゲンティアの偽王女が演説で『攻める』だなんて言い始めた。こちらにも面子があるし、もしもの事も考えなければいけない。だから兵は退けない。……まったく、困ったものだよ」


 疲れた声、怒鳴る元気すら残っていないような。


 しかし、それは間違いなく本当の困りごとだとは伝わって来る。


「こんなことも言うのもあれだけど、さっさとキミが王になって、この緊張状態を解いて欲しいんだ」


「そう言ってもらえるのはありがたいけど。じゃあ協力の条件っていうのは?」


「王になった後、魔物の駆除を手伝って欲しい」


 もはやそれは救援依頼のようなものだ。


「だから強者を連れて欲しいってお願いしたんだ。魔物を狩れる強者がいるなら、信用できるからね」


 アリスは頷いた後、シグレを見る。


 シグレも頷く。言葉はいらない。


「アルゲンティアには対魔物の防衛拠点バステリオンがあるわ。魔物の森に隣接した街。それぐらい知ってるでしょ?」


「武力の街だろう? 知っているよ。アルゲンティアはその街があるから魔物の被害を最小限に留められているって」


「ええ。その領主がシグレよ」


 アリスが横に手を伸ばすと、シグレが一歩前に出た。


「バステリオン領主。セツナ・シグレと申します」


 丁寧で無駄のない声。


 ピロスはただの女性にも見えるシグレの容姿に追及しない。見るべきところが違うのだろう。


「我々の事情を知っていたかのような人選だね」


「私に協力してくれそうな数少ない街がバステリオンだっただけ。たまたまよ」


「……確かに。バステリオンの事は魔物を調べた時に知った、事情も含めてね。今の状況でアリスに協力するのは納得だ」


 頷いてから、ピロスはシグレを見る。


「力を貸してくれるかな?」


「微力ではありますが、魔物への対処がバステリオンの全てですので。……戦いが終わったらそういう商売を始めましょうか? 魔物を殺して稼げるのなら、これほどの天職はありません」


 ふふっ、と不敵に微笑む彼女を見て、ピロスが心配の目をアリスに向ける。


「心強いが、彼女は大丈夫なのかい?」


「冗談を言うのが好きなのよ。腕は確かだから安心して」


「冗談とは思えない笑みなんだけど」


 ラズに肘打ちされて、シグレは表情を正してそ知らぬ顔をする。


「頼もしいでしょ? 私の仲間は」


「そう、だね、うん。王座を取り戻すには必要な力か」


 ピロスは自分を納得させるように頷く。


「それじゃあ我々は現状を維持する。見返りに、アリスが王になったらアルゲンティアはノースホルムの魔物討伐に協力する。それでいいね?」


「問題ないわ」


 小屋の外で風が鳴った。


 国境の硬さが、ほんの少しだけほどける。


 この場で戦争は終わっていない。ただ、勝利に一歩、近付いた。


 アリスは椅子から立ち、頭を下げる。


「感謝します」


「礼は要らない。早く王座を取り返してくれ。こっちは魔物で手一杯だからね」


 王は疲れた顔に戻る。だが目だけは鋭いままだった。国を守るために、幾つもの選択をしてきた男の目だ。


 小屋を出た瞬間、冷たい空気が肺に刺さる。


「熱くなった体には丁度いいか?」


 ラズの問いに。


「ええ。馬車までゆっくり歩きましょう」


 こうしてノースホルムとの協力関係が始まった。

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