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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第39話 ノースホルムへの橋

 ヒルデは机の隅から小さな円盤状の通信魔具を引き寄せた。


 指先で刻印をなぞると、魔具が淡く光った。


「ドリアーノ。聞こえるかね?」


 光が揺れ、少し遅れて声が返った。


『ヒルデか。どうしたいきなり』


「命の恩人が来ているよ。話すことがあるんだろう?」


『なんだと!? いますぐそっちに向かう!』


「来なくて結構。まだ暗部がセレスティアを徘徊しているのだよ? また彼女達のお世話になるつもりかい?」


 通信越しに声が詰まる息遣いがし、次に椅子を引く音がした。


『わかったよ。で、そこにいるのか。アリス、ラズ』


「ええ。ここにいるわ」


「ああ」


『改めて礼を言わせてもらうぜ。あの時は助かった。お前らが通りすがらなきゃオレは暗部に殺されてた』


 言われ、ラズがアリスに近付き耳元でささやく


「思い出した。セレスティアを出る時、裏路地で助けた爺さんだ」


「あぁ、あの時の老人! 貴方、ドリアーノだったの?」


『王女様ともあろうお方が評議員の顔も覚えてねえとはな』


「そ、それは……」


 言い詰まるアリスに。


『はっ、冗談だよ。オレが評議員になったのは直近だ。それまではしがない魔具の製造員。むしろ知られてた方が怖え』


 ぶっきらぼうな言葉遣いだが、そこに礼が感じられる。


『さ、本題に入るぜ。さっさと恩を返してえ。なにか協力できることはねえか?』


 問いかけに、アリスがすぐに口を開いた。


「貴方、ノースホルムと繋がりを持っているの?」


『ああ。商会の連中は口うるせえから、直接取引することがあってな』


「知ってたらでいいんだけど、現状を教えてもらえないかしら?」


『ああいいぜ。その件でオレからも提案があったんだ。武器をおろしてるノースホルムの奴に聞いたから間違いねえ情報だぜ』


 そう前置きしてからドリアーノは続ける。


『継承式で偽者がノースホルムに喧嘩を売ったろ? あのせいで国境沿いにノースホルムの兵とアルゲンティアの兵が睨みあってる。アルゲンティアがノースホルムを攻められねえのは、本物のアリスがこうして生きているからだ』


 つまり、アルゲンティア国内の問題があるのに、ノースホルムとやりあってる余裕がないということ。


『そして、ノースホルムが攻められねえのは……。ラズ、お前のところのレイが前線に張って出てるからだ』


「レイがいるのか?」


『ああ。新生第三部隊を率いてレイが国境沿いでノースホルムを睨んでる。そうなりゃ迂闊に手を出せねえ。下手に攻撃すりゃ、逆に全滅させられるからな。それほどアイツはヤバい奴だ。違うか?』


「ノースホルムがどれほどの戦力を割いてるかはわからないが、並みの人数なら全滅させて終わりだな」


『そうだ』


「レイがノリノリだったら、そのままノースホルムに突っ込んでもおかしくない」


『ノースホルムの奴等もそれを恐れてた。聞いた時はビビってるだけだと思ったが、ラズがそう言うなら本当のことなんだろうな。全く、悪い冗談だ』


 レイじゃなければ笑い話だが、彼女となると話が違う。それは真実となる。それが彼女の恐ろしいところだ。


「確認なんだけど、ノースホルムはそもそもアルゲンティアを攻める気があるの? 舐めたことを言われて体裁を保っているだけという可能性は?」


 アリスがそこに割って入る。


『さすがは王女様。鋭いところに目を付ける。……だが、そこのところはオレからは言えねえ』


「どういうこと?」


『オレにも立場ってもんがある。ノースホルムの人間にも全部を喋ってるわけじゃねえし、お前らにも全部を喋るわけにはいかねえってわけさ』


「そう。なら無理にはきかないわ」


『なんだ? 恩を盾に聞き出さねえのか?』


「民を助けるのは王族の責務よ。助けたことを貸しだとも恩だとも思ってない。当然のことしただけだもの。無理に貴方から情報を聞き出そうとなんてしないわ」


 その言葉に、部屋が静まり返る。


 暫くしてから響いたのは、ドリアーノの笑い声だ。


『だっはっは! さすがはアリス、これぞアルゲンティアの王になる器よなぁ!』


「器じゃないわよ。それが王族の役割でしょ?」


『違いねえ、その役割すら全うできねえ奴等が多すぎるだけでな。……で、ここからが本題だ』


 ドリアーノは声を低くして伝える。


『ノースホルムの王がアリスに会いたがってる』


 その言葉に、アリスが表情を曇らせた。


「ピロス王が私に?」


『おっと、安心してくれ。アルゲンティアの現王が偽者だとか、本物のアリスが生きているとか、そういう情報は流してねえ。ただ、ノースホルムは今の状況にかなり参っててな。オレにも縋るほどの状況なんだ』


 アリスはラズを見つめるが、ラズは見返すだけで反応は見せない。


 あくまで判断はアリスがしろ、という意思表示だ。


「それは本当なのよね?」


『実際のところ、ピロス王が出て来るかはわからねえ。だが、オレはピロス王がアリスに会いたがってると言われた。そして、言ってきた奴をオレは信用してる。そこまでは本当の話しだ』


 アリスは逡巡するように顎に手を当て数秒、考えた後。


「場所はこちらで指定できるの?」


『相手は王に近しい相手。或いは王その人だぜ?』


「私は死ぬわけにはいかないの。何人もの命を背負ってる。無茶を言うつもりはないわ。ただ、罠だった時のことを想定しないといけない。不用意な行動は取れないの」


 その言葉に、通信魔具の奥から唸り声が響く。


『ノースホルムにオレが拠点としてる取引場がある。そこでどうだ?』


「国境沿いよ。話し合いに建屋はいらない。誰にも見つからない場所なら森の中でも問題ないわ」


 ドリアーノの息を吸い込む音が聞こえる。


『……聞いてみるが、どうなるかはわからんぞ』


「大丈夫。相手は呑むわ」


『なんでそう言い切れる』


「貴方に縋るほどだもの。それほど切羽詰まってるのよね?」


 通信越しに、ドリアーノが鼻で笑った気配がした。


『いい度胸だ。確認するのに数日かかる』


「お願い。急いでいると伝えて。あと、相手には私が本物とも伝えていいわよ」


『おいおいマジかよ。下手すりゃそのまま攻め込んでくるほどの情報だぞ。今の王が偽者のアリスだなんて他国に知られたら、アルゲンティアのメンツも潰れる』


「大丈夫よ。それじゃあドリアーノ、急いでね」


 そう言ってアリスは一方的に通信を切った。


 あまりの強引さに、ラズも微かに怪訝な表情を浮かべる。


「心配?」


「さすがに強引に見えたが」


「大丈夫よ。……私、ノースホルムのピロス王と喋ったことあるもの」


「知り合いなのか?」


「ええ。只者じゃないけど、話のわかる人だから、安心して」


 アリスの言葉に、ラズは静かに頷いた。


「そうか。なら、暫くは返事待ちだな。イオリ」


「なんでしょう、師匠!」


「ここから暗部を探した後、狩に行くぞ。まずは影を伸ばす練習だ」


「了解しました! 歩いていない状態だったらイオリも影を伸ばせるので問題ありません! さぁ、行きましょう!」


 言いながら、ラズはイオリを連れて窓がある場所へと階段をあがる。


 それを見送るアリスに声を掛けたのはシグレだ。


「ダメですよ? イオリに手を出したら」


「そ、そんなことしないわよ!」


 いきなりのことに、思わず叫んでしまうアリス。


 ドリアーノとのやり取りの温度差に、身体と頭が付いていかない。


「大丈夫ですよ」


 ぽつりと零すシグレ。


「どこであろうと、私がアリス様をお守りしますから。ご安心ください」


 刀を見せつけ、シグレは微笑む。


 バステリオンの領主。強いとは聞くが、その実力を見たことはない。果たしてどれほどの腕が立つのか。


「手合わせしますか?」


 実力を測るように見ていたのか、シグレが問うてきた。


「あっ、いや。そういうつもりじゃ」


「アリス様も頭を使って疲れたでしょうから。身体を動かして気分を変えてみてはいかがでしょう?」


 言いながら刀がゆっくりと引き抜かれる。


 穏やかな表情をしているが、挑発するかのように目が笑っている。


 それに、アリスの眼つきが鋭くなった。


「いいわ。下に実験で使う広い部屋があるから、そこでやりましょう」


「なら、景品はイオリとのお風呂にしましょう。その方が盛り上がります」


「そう……」


 言葉は短く、アリスは階段を下りていく。


「イオリが抵抗してきたら?」


「私の命令なら何でも聞きますよ、イオリは」


「ならいいわ」


 部屋は静まり、研究部屋から出て来たヒルデが階段の上の階と下の階を覗き見る。


「……全く。余裕があるのはいいことだが、締まらない集団だねえ、彼等は」


 そう言って、研究部屋へと戻っていくのであった。

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