第38話 セレスティア再訪
セレスティアは以前きた時と変わっていなかった。
民は自由に外を歩き、立ち並ぶ店で雑談交じりに会話を楽しんでいる。検問が増えているわけでも、目を光らせている騎士が巡回しているわけでもない。
「す、凄いです。バステリオンとは全然違いますね!?」
イオリが街並みを見渡しながら目を輝かせる。
至る所に魔具が使用され、街並みは煌びやか。土や草などの自然はほとんどない。あるのは鉄管や無機質に作られ並び立つ建屋。それでも街行く人々は変わらぬ見た目をしている。
「イオリ。恥ずかしいのであまり騒がないでください」
「す、すいません。……あっ、魔具が露店で売られてる。信じられません。むむっ、お店の奥で魔具が組み立てられていっています。生産してるのでしょうか?」
注意されても好奇心は抑えられないようで、どこかへ行かぬようシグレと手を繋ぎながらも、あちらこちらを忙しそうに見渡していた。
「バステリオンから来ると違いが凄いな。目がチカチカする」
「なにおじいちゃんみたいなこと言ってるのよ。しっかりしてよね」
「わ、わかってる」
慣れた足並みで街を進んでいると。
「……暗殺部隊がいるな」
ぽつりとラズが零し、それぞれが身構える。
「安心しろ、いるのは街の反対側だ。普通にしてれば見つからない」
「なんでわかるのよ」
「こいつらの気配はもう慣れた。一般人を見つけるより見分けがつく」
規則正しい静かな足音に、それが等間隔に三つ並んでいる。一度、覚えてしまえばそれが目印だと言わんばかりにわかりやすい。
「イオリ、覚えておけ。この三匹が暗部だ。基本三人一組だから覚えやすい」
「ど、どこですか?」
「あっちの方に影を伸ばせ。もっと奥だ。もう少し東。……なんで影を縮める。もう少し伸ばさないと探れないぞ」
「こんな大きい街の反対側まで影なんて伸ばせませんよ! どうなってるんですかラズさんの影魔法は!?」
「影を足してやるから諦めるな。俺の影に付いてこい。こっちだこっち」
影を探りながらも足を進める。
結局、ヒルデの研究所前に着くまでには暗部を捉えられず。
「後でやり直すぞ。しっかり教えてやる」
「シグレ様! 師匠が厳しいです!」
「しっかり教えてもらいなさい。暗部は敵ですから、覚えておくに越したことはありませんよ」
「シグレ様まで!」
騒がしいやり取りを他所に、アリスが慣れた手順で扉を開く。
足を踏み入れると、油と薬品と金属粉の匂いが混じった匂い。壁際には分解された魔具、棚には試薬瓶、机には計算式と設計図。相変わらずの部屋だ。
「おやおや、今回は随分と大所帯ではないか。元気にしていたかね?」
奥から、よく通る声が響いた。小柄な女性が白衣に手を突っ込んだまま現れる。
「アリストリッド・アルゲンティアくん」
アリスを見て笑顔を作り、手を挙げる。
「ヒルデさん、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだね。で、ラズくんと、その後ろにいるのは……。セツナ・シグレくんか」
シグレが前に出て頭を下げる。
「お初にお目にかかります。バステリオン領主のシグレと申します。以後、お見知りおきを」
「あっはっは! 堅苦しいのはなしにしようじゃないか。セレスティアとバステリオンの仲だ、今更かしこまることもない」
「そう言っていただけると助かります。イオリ」
「はい! イオリです! ラズ様の弟子をやっております! よろしくお願いいたします!」
元気に挨拶するイオリを、ヒルデはじっとりと目線で観察する。
「な、なんでしょうか?」
「……いや、アリスが好きそうな容姿をしていると思ってね? イオリくん、もしやもうアリスに抱かれたかい?」
「だ、抱かれ?」
「ちょっとヒルデさん! なに変なこと言ってるんですか!」
顔を赤くしてアリスがヒルデの前に立ちふさがる。
「いやキミは昔からちっちゃくて可愛いものに目がないから」
「余計なことは言わなくていいですから、今は緊急事態なんです! そういう冗談は後にしてください!」
「わ、わかった。わかったからそんなに顔を近付けないでくれたまえ」
アリスを押しのけて、ふぅ、と一息つくヒルデ。
「全く、最近の若い者はすぐに怒ってしかたない。そうは思わないかい? ラズ・グレイヴナイトくん」
「ノーコメントだ」
「あーそうかい。それで、今日は何をしに? シグレくんと一緒にいるということはバステリオンと協力関係にはなったように思えるが」
アリスは簡潔にこれまでの流れを説明した。アリスがバステリオンの旗印となり、王の座を偽者から奪い返すこと。そのために民へ違和感を抱かせようとしていること。そして、アリス達はいま戦いが有利に進むよう戦力を固めようとしていること。
ヒルデはふむふむと頷いてから。
「なるほど、おおよそ順調といったところかな? それで、わたしに用があるという内容を聞こうじゃないか」
「ルーガル・ファウンダーを倒した際にこれが身体の中から見つかったので、確認を」
「魔物の体内に魔具? そんな事例は聞いたことがないのだが」
「私も初めての事なので、非常に興味深いと思っております」
「ふむ、バステリオンの領主が言うのであれば異常なことなのだろうね。少し貸してくれたまえ」
ヒルデは指先で魔具を掴み、光にかざす。ルーペを当てながら薬液を一滴垂らし魔力の反応を確認する。魔力を流し込み術式を確認してから、微かに頷いた。
「魔具であることには間違いない。それに、加工の刻みが均一となれば慣れた者じゃないと作れない代物だ。ただし、これだけじゃ誰が作ったかは断定できないねえ」
「セレスティアで作られたものかはわかりますか?」
「恐らく違う。この加工の仕方はセレスティア流ではないよ。このわたしが今までに見たことがないというのだから間違いない。しかしこの技術はなかなか……」
ヒルデは関心するように頷いた後。
「少し時間をもらえるかな? なあに、安心してくれたまえ悪さはしないさ。魔具の全てを把握しておきたいというのが開発者の性というものでね」
「お願いします。元からそのつもりで来たので」
頭を下げるアリスに、ラズは口を開く。
「それが埋め込まれていたルーガル・ファウンダーは、ルーガルを生み出したり、吸収したりしていた」
「ほぉ……。魔物の生態は未だに未知な部分が多い。それも踏まえて調べさせてもらうとするよ」
部屋の奥に進む途中、ヒルデが振り返る。
「そうだ。キミ達に会いたがっている人がいるのだが、どうする?」
「私達に会いたがってる?」
「ああ。会いたがってるといっても対面は無理だがね。評議員はいま暗殺部隊に狙われてる。不用意に外出も出来ない状態さ」
その言葉に、ラズが答える。
「ここに来るまでに暗部がいることは確認したが、あれは評議員を狙った者だったのか」
「そうさ。わたしを含めた評議員が狙われていてね、邪魔でしかたがない」
「把握した。後で片付けておく」
「あっはっは! 頼もしいじゃあないか、ラズ・グレイヴナイトくん! ちなみに、会いたがっているのはキミ達が暗部から助けた評議員。工房連合代表のドリアーノだ」
アリスとラズが視線を交わし、首を捻る。
「覚えてる?」
「いや、誰かを助けた記憶はないが」
「話せば思い出すような男だから安心してくれたまえ。彼はノースホルム王国との繋がりを持っているから話しておいて損はないと思うが……。どうする?」
ノースホルム王国。
アルゲンティアとの国境沿いに兵を並べ、牽制しあっている北国だ。パウザリアの工作班がセレスティアとノースホルムには繋がりがあると言っていたが、まさか本当だったとは。
「ヒルデさんから見てどういう人なんですか?」
「彼は信用に足る男だよ。セレスティアに住む者にしては暑苦しいのが欠点ではあるが、悪い男ではない」
その言葉に、アリスとラズは頷く。
「なら、話してみます」
「よろしい。では早速、繋ぐとしようじゃないか」
言いながら、ヒルデは通信魔具を取り出した。




