第35話 偽王女の焦り
王都の空気は重かった。天気のせいではない、暫く続いている規制強化のせいだ。外出は最低限に留められ、娯楽のほとんどが禁じられた。暇な者は騎士団に入るようしつこく言い渡され、もはや活気は残っていない。
王城の奥、窓を塞いだ一室。
集められた者の表情はどれも神妙なものだった。
「偽アリスの噂が街に広がっている。民は『アリス様が二人いる』と」
騎士団長が口を開き、円卓の空気がさらに冷える。
それに、偽の王女。アリスの席に座る女が、爪を立てるように卓を叩く。
「噂でしょ? たかが噂じゃない。あの女は死んだ。死んだことになってる。あたしが王位を継ぐってもう民に言ったのよ? それでいいじゃない!」
叫びは強がりであり不安だ。
そこにいる誰もが、偽の王女。第五王女でありアリスの妹。アウローラ・アルゲンティアが怯えていることは察していた。
騎士団長は怯まず答える。
「偽アリスの目撃談が複数の街で出ているが捕まえられていない。捕まらないから噂が育つ。アウローラ様が演じるアリスが偽者なのでは? という声まで出ている」
「誰よ! そんなことを」
「切り捨てましょう、そんな者は民ではありません」
第二王子、ヴァルトの冷えた声が響く。
「疑う声は反逆者にするって決まりでしたのよね?」
「出ているだけで、出どころがわからん」
「であれば適当な民を捕まえて吊るしあげましょう」
ヴァルトの言葉に迷いはなく、冷たい瞳はどこを向いているかわからない。
「疑えば殺される。その事実があれば弱者は黙る。耳障りな声は消すべきです。民を必要以上に不安にさせないためも。違いますか?」
問いかけに、一同は静かに頷く。
「それで。セレスティアの状況はどうなっていますか?」
「買収した評議員がいる。他の奴等には暗部を仕掛けた。それでも、アイツらは王都の要求を拒み続けている。契約以上の供給を渋り、外出制限も跳ねた」
その報告に、ヴァルトが首を横に振る。
「評議員の暗殺は失敗。武器防具研究者は消えたが、代わりが立った。話しを聞く限り、こちらに手を貸しそうもない」
「なにそれ? 王都の命令を無視するってこと?」
「それどころか、セレスティアは『偽王女を見つけても即引き渡さない。こちらで真偽を証明する』と表明してきた」
その発言に、アウローラの顔が歪む。
「はぁ? 引き渡さない? 反逆者を? 民の分際で王家に逆らうって言うの!?」
「あいつらは我々を必要としていないようだ。あまりしつこいようなら、騎士団を送り返すとすら言っている。意見が一貫しているだけに、厄介なのは昔からだが」
セレスティアはそういう街だ。決して王都に靡かない。
「暗殺部隊は今も送っているんですか?」
円卓の端に立つ暗殺部隊の長が、布で顔を隠したまま一歩前に出る。
「送っていますが、奴等に隙がありません。かなり警戒されてしまっています」
「所詮は研究者でしょうに。なぜ暗部が片付けられないのですか?」
「奴等は我々が知らない魔具を使います。不用意に手を出した者がやられました」
「そいつらは?」
「ご安心を。全て自害しております」
「ならいいです。隙を窺い殺してください」
「承知しました」
「バステリオンはどうですか? この状況であの街が反乱を起こしたらたまったものではありません」
「異常ありません。定期報告は常に確認しております。監視は継続中です」
その言葉に、場の緊張がほんの少しだけ緩む。
実際には、その報告が偽装されているなど、誰も思わない。
「であればいいでしょう。問題はセレスティアと」
騎士団長が報告書を捲り、顔をしかめる。
「北の国だ。国境に兵を並べている。牽制の名目だが、いつ攻めて来るかわからん」
ヴァルトの視線がアウローラに向けられ。
「キミの演説が効きすぎたようだね。まったく、余計なことを言ってくれましたよ」
「……っ」
「攻められる前に攻めるなんて言ってしまったら兵を出されるんです。本来であればアリスの暗殺に手を回したいところですが、攻め込まれないようにするために戦力を割かれていますからね、困ったものですよ」
騎士団長が苦い顔で口を開く。
「北はレイが張り付いている。アイツが自由に動ければセレスティアぐらい数日で落とせた。……王都の民も不安が溜まっている。規制、粛清に加えて外敵と内乱、両方だ」
「だ、だからこそもっと民を締め付けるべきよ! 強制的に騎士団に入れて、検問を増やして、怪しい奴を」
「締め付けは逆効果になり得ます」
ヴァルトが指を一度だけ卓に置き、全員を黙らせた。
「最優先事項はアリスの殺害。彼女さえいなくなれば戦力をまとめ、セレスティアなど簡単に落とせます。検問を強化し、騎士を動かしてください」
「わかった」
「暗部も各街に必ず一組は仕込んでおくように」
「承知」
「アウローラは……」
ヴァルトは少し考えた後。
「城内で大人しくしていてください。決して民の前には出ないように」
その瞬間、偽王女の顔に一瞬だけ、怯えが走った。
兄は怒鳴らない。だが、命令は絶対だ。
ヴァルトが最後に口を開く。
「そういえばアリスの元に影の男がいると聞きましたが」
「確かな情報ではない」
団長の冷めた言葉に、薄暗い部屋の空気がさらに冷たくなる。
「そうですか。では、必ず見つけてくださいね。我が姉。アリスを」
その言葉で会議は終わった。
王都の歯車が、軋みながら回り直す音がした。




