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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第33話 バステリオンへの宣言

 月夜の軍勢を越してから数日が経った。バステリオンにはまだ傷跡が残っているが、活気は元通りだ。


 負った傷を名誉のものだと胸を張る者がいれば、ルーガルの肉はもう飽きたと言う者もいる。魔具の調整に熱心な者もいれば、森への監視を怠らない者もいる。


 そして朝、広場には大量の人が集まっていた。


 領主であるシグレの、全ての用事を後回しにし集合せよとの号令。それに従わぬ者はいない。


 そして、バステリオンの門は固く閉ざされていた。


 数日前に、バステリオンは出入りを完全に止めたのだ。城門の前には兵の列。門上には偵察班が目を光らせ、誰の接近も許さない。


 パウザリアにも、月夜の軍勢による激戦の影響で、暫くの訪問を禁止する。と情報を流している。もともと訪問する者も少なく、事情も事情。そんな情報が流れても、気にするものなど誰もいない。


 そんな中、広場を埋め尽くす民から漏れるのは様々な声だ。


「急にどうしたんだ? 門を閉じるなんて今までなかった」


「前例がなさすぎて予想がつかないな」


 と不安がる者もいれば。


「いよいよ始まるんじゃねえか?」


「軍勢を超えて根を破壊した。王都を落とすなら今だ」


「待ちわびた、この時を」


 と腕を回すもの。不安と希望が入り混じる。


「皆様、お集まりでしょうか?」


 城壁の上にシグレが姿を現す。


 いつもの丁寧口調に、ざわめきが一瞬で収まった。


 シグレは民を見渡してからゆっくりと口を開く。


「門を閉めたのは外からの耳や目を防ぐため。情報を外に漏らさないようにするためです。それほど、これからお話することは重要事項となります」


 その言葉に場が息を飲み込み、誰もが次の言葉に耳を傾ける。


「よろしい。まずは……。皆様に紹介したい人がいます」


 城壁の上、シグレの隣に一人の女性が並んだ。


 もはや見慣れた眼鏡に、黒い髪。民衆の前に立つにはあまりにも様になり過ぎている、背筋が伸びた女性。月夜の軍勢を切り抜けた立役者である指揮官。


 「嬢ちゃんじゃねえか」


 「なんでいまさらシグレ様が嬢ちゃんを?」


 「静かに。一言も聞き逃せねえぞ」


 広場に小さな波が広がる。疑いと期待が入り混じる。


 城壁の影に、もう一つの気配があった。


 ラズは姿を目立たせず、影に魔力を流し込み広場全体を感じている。人混みの熱。緊張の汗。不安と期待が混ざる声。


「いるな。暗部の気配だ」


 確信ではない。だが、影から伝わる整い過ぎた気配は、知っているものだ。ラズは視線を落とさず、影に流し込む魔力をゆっくり強くする。


 その時、城壁の上の女性がゆっくりと眼鏡に手をかけた。次に、馴染みすぎたカツラが外される。


 金色の髪が落ちる。朝の光を受けた淡い色が、風に揺れる。凛々しく民を見渡す瞳は、アルゲンティア王族の象徴とも見える蒼眼


 その顔は、バステリオンに住んで長い者なら一度で分かる顔だった。過去にバステリオンを視察し、多くの魔具を提供し続けたその人。バステリオンでは嫌われ続ける王族の中で、唯一、好意を向けられる若き第一王女。


 アリスは広場を一望した後、口を開く。


「バステリオンの皆さん。月夜の軍勢での激戦。一緒に切り抜けられたこと、心から誇らしく思います」


 最初の言葉は、労いだった。


「魔物との戦いを、騎士団の力添えもなく、何年にも渡り続けていたこと。背負って頂いたこと、この国の盾となり、アルゲンティアの平和を守り続けてくれていたこと。いかに貴方達が苦労し、重要な役割を引き受けてくれていたことを改めて痛感しました。それらすべてに感謝の意を。……ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げる。


 それだけで、胸の奥に詰まっていたものが崩れる者がいる。


 泣きそうな顔が増える。


 場の誰もが気付いていた。


 王であるアリスがバステリオンに向けて感謝の言葉を述べた。


 魔物と戦うことが当たり前。感謝も、労いも、報酬もない。見捨てられたと募った恨みに、一筋の光が差し込む。


 しかし、声は出ない。


 心の中ではわかっている。


 だが、それでも、お前は誰なんだと、民はアリスを見続ける。


 その視線に応えるように、アリスはまっすぐ言った。


「私は第一王女。アリストリッド・アルゲンティア。……アリスであり、リッドであり。みんなで言うところの、嬢ちゃんよ」


 一瞬、音が消えた。


 次に、どよめきが走る。


「なんでだ? どういうことだ? なんで王がこんなところにいるんだよ?」


「偽物が現れたって話だったけど、そういうことか? また俺たちを騙して!」


「そんなわけねえ、あれが偽物な訳あるか! 偽物だったら月夜の軍勢で前線に出るような危険なことをするわけねえだろ!」


「来たんだよ、待ち続けた日が! ようやくこの街が認められたんだ!」


 膝をつく者がいる。


 逆に、後ろへよろける者がいる。


 信じたい者と、信じられない者の波がぶつかる。


 アリスはその波を待たず、続ける。


「聞いてください。……私は王都で追われました。父の死因を、知ってしまったから」


 広場の空気が、また変わる。


「父は何者かによって毒殺されました。私はそれを知り、声を上げようとした。その前に命を狙われた。だから私は身を潜めた。現王である偽者の私を前にして、身を潜めました」


 ざわめきが広がる。疑惑と疑念。そして怒りが静かに溜まっていく。


「王都はこう言います。『反逆だ』『偽物だ』『粛清しろ』と。本物の私を殺せなかったから。偽物を本物として飾ることが叶わなかったから。だから必死に規制を厳しくし、私を捉えようとしている。その結果が民を無意味に締め付ける政策です」


 その言葉に、民が呟く。


「他の街じゃ外出禁止になってるらしい」


「騎士団への徴兵が始まってるとか」


「商人がぼやいてた。検問で理不尽に物資が奪われると」


「じゃあなにか? 今の王が偽物で、今ここにいる本物を捕まえようとしてるからってことか?」


 噂が広がり、点と点が線になって繋がるように、広場を埋め尽くす。


「貴方達は知っているはずです。王都は何もしてくれなかった。貴方達がどれだけ戦っても助けは来なかった。……そして、今回も同様です。王都は手を差し伸べなかった」


 アリスの視線が、門前の土へ落ちる。まだ残る血の跡、修復途中の柵、包帯を巻いた兵たち。


 広場の一角から、疲れた声が返る。


「そうだ」


「あいつらは何もしねぇ」


「いつもそうだ。あいつらは」


 その嘆きが、今朝は特に重い。


 アリスは一瞬だけ唇を噛む。悔しさが胸の奥で焼ける。


「過去、この街にを見て、魔具の供給を増やした。そんなアリスが王となり、貴方達を見捨てるでしょうか? ……しない、そんなこと。絶対に」


 だからこそ、アリスは胸を張り、堂々と宣言する。


「私はバステリオンを見捨てない。たった一度の戦いに参加しただけで、バステリオンの辛さを理解したとは言わない。もっと苦しい戦いを貴方達は何年も繰り返し、その度に王都へ救援要請を出した。けど、それは無視され続けた」


 声が強くなる。


「その怒り、私に別けてもらえないでしょうか?」


 アリスの問いに、広場が静まる。


 まるで空白が出来たかのように、間が作られ、民同士が目を見合わせた。


 どういうことだと。


「貴方達が許してくれるのであれば、私はバステリオンの旗となる。第一王女。アリストリッド・アルゲンティアとして、バステリオンを率いて王都に反旗を翻し、王の座を奪還します」


 剣をさやかや引き抜き、空高く掲げる。


 下からそれを見上げる民は、沈黙を保った。


 どれだけ心を揺れ動かされようが、本能に沁みついているのだ。


 バステリオンのルールを。


 民の視線がアリスからシグレに映る。


 彼女の一挙手一投足に視線が注がれる。


 シグレがゆっくりと仮面を外し、脇へと捨てて、口を開く。


「時は来ました」


 短い、それでも革新的な言葉。


「アリストリッド・アルゲンティア様を旗印とし、バステリオンは王都へ……。いえ、偽物の王へと宣戦布告を表明します」


 シグレの言葉がバステリオンに響き渡る。


 それを受けるかのように、住民の目が変わる。


 熱狂的な音が広場を埋め尽くす。


 もはや言葉にすらならないそれは、地を揺らし、建屋を震わせる。


 長年待ちわびたこの時を、民は存分に騒ぎ立てる。


 鼓膜の震えに、耳を押さえる者はいない。


 喉が枯れるまで大声を叫ぶ。


「ただし」


 荒波の中に落とされた一筋の雫。


 それだけで広場は静まり返る。


 それがバステリオンだ。


「今すぐ王都へ進軍を開始するというわけではありません」


 シグレはあえて釘を刺す。


「戦は準備が全て。兵站、武装、同盟、情報。それらを揃えなければ、皆様を犬死にさせる。この街が強いと言えど、アルゲンティア王国が相手となれば無事では済まない」


 広場の息が整う。熱狂が少しずつ覚悟に変わっていく。


「いまは準備を整える時。しかし、今までとは違う。我々にはアリス様がいます」


 シグレの目配せに、アリスははっきりと宣言する。


「私は貴方達を見捨てない。だから、貴方達も私を見捨てないで。手を取り合いましょう」


 その場に行き渡る言葉に、民は静かに頷いた。


 先ほどの熱狂的な騒ぎは無い。


 ただ、覚悟を決めた戦士たちの目を、誰もがしている。


 王国の端の街で、本当の戦いが始まろうとしている。


 ラズはその瞬間に立ち会いながら、静かに察した。


「三人一組。どこまでいっても決まりごとに縛られた奴らか。哀れだな」


 ラズは表情を変えず、影に身を落とした。

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