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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第27話 軍勢の夜の布陣

 作戦詰所の壁際には剣や盾が立てかけられ、正面にバステリオンと森を見渡す地図。魔具灯の光が辺りを照らし、外の喧騒は遠い。


 集まっているのはシグレと側近。そして各班長。外周、援護、見張り、搬送と補修、衛生。


 そして中心に置かれた机の正面にアリスがいた。眼鏡と黒髪のカツラを被り、声は作ったものではない。広げられた地図を指でなぞりながら、一つ一つ地形を確認している。


 ラズは一歩後ろ、柱の影に立っていた。言葉は挟まない。ここはアリスの場だと判断し、口は堅く結ばれている。


「それじゃあ、確認するわ」


 アリスが口を開くと、空気が締まる。


「軍勢の夜。大量の魔物がバステリオンを攻めて来る。最初の受けは外周の木柵と土塁。ここで全部倒す必要はない。削って、遅らせて、相手の足並みを崩すことが目的よ」


 地図の外縁を指で叩く。土塁と木柵が並べられたライン。


「逆茂木はここ。落とし穴の位置はここ。魔物が侵入してきたら狭い道だけに氷魔法を張りさらに足止めをし、数を徐々に減らす」


 盾列班長が腕を組んだ。がたいのいい男で、顔に古い傷がある。


「攻撃はいい。撤退の道は?」


「ここ。第二柵の手前。合図は警鐘二回。二回鳴ったら外周班は全員、石区画の門前まで一気に引いて。閃光魔具で魔物の動きを止め、ここの区画を超えたら門上に構える援護班が一斉に攻撃して逃げる時間を稼ぐ」


 門上に備える予定の援護班長が頷く。


「外周班の立て直しが終わったら再び魔物と対峙。その際、援護班は魔物の後続を魔具で打ち続けて。決して外周班の邪魔にならないように」


「そんな忠告で誤射がなくなるのか? 後ろから一度でも打たれたら外周班は総崩れするぞ」


 外周班長が吐き捨てる。


 それに、アリスは頷いた。


「だから準備するの、その可能性を極力減らすように」


 地図の上に、細い縄の印を指で描くように示す。


「城壁上の魔具を固定し、近くは打てないようにするわ。射角をわざと狭めて、合図がある時だけ撃つ。撃つ時は」


 アリスは見張り班長を見る。


「警鐘三回。三回鳴ったら前線は縄の位置より前に出ない。出た者は私が引きずってでも戻す。それでもダメなら見捨てる」


 強い言葉だった。だが脅しではない。前線を守るための線引きだ。


「そこまで決めるならまだマシか。間違いを起こさねえように徹底する」


 援護班長が舌打ちして頷く。


 外周班長は黙ったままだ。


 アリスは話を戻す。


「次。外周から引いた後、石区画の門前で侵入路を絞るわ。盾列は後方部隊と交代して休憩。絶対に一列で抱え込まないで」


 搬送班長が手を上げた。


「怪我人は?」


「井戸広場。送水魔具の近くに集めて。搬送はこの導線を使う。ここは絶対に空けておくこと。なにがあってもね」


 地図の線が一気に増える。だが散らかっていない。簡潔で、太い線だ。


 シグレが静かに頷いている。口を挟まない。あくまで見守っている。


「ここで抑えきる。いいわね?」


 問いに、見張り班長が手を挙げる。


「ここまではいい。問題は魔物が途切れない時。処理しきれなかった時だ」


 その言葉に、詰所の空気が重くなる。


 最終防衛ラインが突破された時、どうするか。


 アリスが口を開こうとした時、シグレが言葉を挟んだ。


「軍勢の夜には昔から長がいます。長を落とせば魔物は退く。長を生き長らえらせた時は夜明けまで魔物の群れは途切れませんでした」


 経験知。前線の者ほど黙って頷く。


「魔物が途切れない時、こちらが限界を迎えそうなときは……。私が合図するから、鐘を四回鳴らして」


「四回? なんの合図だ?」


「避難所にいる人たちが城壁上にあがって、魔具を使用し援護射撃を開始する」


 その言葉で、場の空気が張る。


 盾列班長の目が鋭くなる。


「女子供を戦いに巻き込む気か?」


「巻き込むためじゃない、守るためよ。魔具は練習も訓練も経験もいらない。魔力さえあれば魔物を殺せるし、人も殺せる。そういうための武器なの」


 アリスは眼鏡の下から各班長を一人ずつ見る


「誰もが平等に力を得られる。女も子供も関係ない。魔力さえあれば使える武器よ。違う?」


 部屋が静まり返る。


 アリスの圧に、誰も発言はできなかった。


「安心してください。門上には私がいますから。そうでしょう?」


 沈黙を破ったのはシグレだ。悠然と、見せつけるように刀を撫でる。


 それに援護班長が口を開く。


「オレ等が手伝うとはいえ、動いてる魔物に当てられるとは思えねえ」


「私が広域の氷魔法で魔物の脚を止めます。その間に集中砲火を……。そして、氷の奥に長が隠れているのなら、私が攻撃に乗じて突撃。そのまま斬ります」


 ざわ、と空気が揺れた。


 無謀だと言いたい者がいる。


 だが、言えない。アリスの目が、逃げ道を塞いでいる。


 援護班長が低く言う。


「長を落とせば勢いは収まる。そういう話だな」


「はい」


 アリスが頷く。


「だから最後の手は勝つために使う。私は前線で剣を振るけど、魔法は控える」


 外周班長が鼻を鳴らした。


「客人にゃ荷が重、軍勢の夜は消耗戦だ。最後の最後で魔物の脚を止める魔法が撃てるか?」


「当然よ。私が足止めをして、みんなが道を切り開いて……。私が長を殺して見せる。それが私の覚悟だから」


 アリスは即座に返す。


 一瞬、静かになる。


 その静けさを、シグレが丁寧な声で切った。


「皆様。確認は以上です」


 視線が一斉にシグレに集まる。領主の決定は街の決定。それがバステリオンだ。


「不安は理解しています。それを否定するつもりは毛頭ございません。ですが、これも街を守るため。責任は私が取ります」


 短い断言。だが、それだけで十分だった。


 外周班長が一度だけ息を吐く。


「……この作戦が上手くいったら、認めてやる」


 素直ではない。だが、それがバステリオンだ。


「認めてくれなくもいいわ。生きてまた、一緒にご飯を食べてくれればね」


 認められたいからやるわけじゃない。


 守りたいからやる。


 ラズは柱の影で、それを静かに見ていた。


「十分だな」


 指示が通る。言葉が届く。隊長として最も難しい部分を、アリスは既に掴んでいる。


 工房長が喉で笑った。


「へっ。いい顔になったな、嬢ちゃん」


「嬢ちゃんじゃない。リッドって言ってるでしょ」


 アリスが即座に返すと、小さな笑いが起きた。緊張の中の笑いは絆に繋がる。


 最後にアリスが地図を畳み、ぽつりと言った。


「……月が明るい」


 障子の向こう、夜の気配が濃くなっている。


 軍勢の夜は、近い。


 ラズは影の中で目を閉じ、森の奥の重さを思い出した。


 前線はアリス。


 門上はシグレ。


 森の奥はラズ。


 役割は決まった。


 あとは、その夜に勝つだけだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 詰所の空気がほどけ、班長たちが順に出ていく。アリスは地図を丸める手を止め、柱の影に立つラズへ目だけを向けた。


「ラズ。少しだけいい?」


 呼び止める声は、会議の時より低い。


 ラズが一歩だけ近づく。


 アリスは周囲を一度だけ確かめてから口を開く。


「ラズは、森へ入るのよね」


「そうだ」


 即答するラズに、アリスが迷う。


「……そう、よね。うん。わかってる。シグレから聞いたから」


 言い切る口調は、普段の彼女そのままだ。指揮官の顔を崩さない。


 けれど、地図を握る指先がほんの少しだけ震えていた。


「大丈夫か? 震えてるぞ」


「震えてないわ」


 強がる彼女に、それを察しながらも咎めないラズ。


「大丈夫だ。アリスにならできる」


「なにを根拠にそんなこと」


「騎士団で鍛えてた頃、前線で指揮を取った経験があるんだろ? 活躍したって聞いてる。そのまま騎士団に残って欲しいって噂をよく耳にしてた」


「でも、ラズはその姿を見てなかったじゃない」


「ああ、その時は見てなかった。だが、ここ数日のアリスを見てた」


 言いながら、ラズがアリスの肩に手を置く。


「強いよ、アリスは。俺が保証する。王都から逃げた時から、ここに来るまで。アリスはずっと強かった」


 しっかりと目を見て、ラズは伝える。


「さっきの作戦会議でも、指揮を取る者として十分に立ち回ってた。上手くいくさ。俺が保証する」


 アリスの瞳が微かに震える。


 何かを言いかけ、言葉を変えた。


「簡単に言わないで」


「言うのはいつでも簡単だ。だが、俺はアリスにだから言っている」


 彼女に力を分けるように、肩を軽く叩く。


「戦い場所は違うが、ここまで背中を預け合った仲だ。一緒に乗り切るぞ。踏ん張りどころだからな。……信じてる」


 アリスは目を見開き、すぐに、ぷい、とそっぽを向いた。


 けれど肩の震えが、さっきより小さくなっている。


「……ありがとう」


 それは、たぶん誰にも聞かせない声。


 そして、少しだけ本音が零れた。


「私は、バステリオンを守り切る。だから……。ラズも戻って来なさい。いいわね? 絶対に戻って来て」


 命令口調に戻そうとして、戻り切れていない。


 その戻り切れなさが、妙に可愛げになってしまう。


「当然だ。アリスも生きろよ」


「ええ。お互いにね」


 お互いに視線を交えて、頷き合う。


「じゃあ私は行くわね。まだ準備があるから」


「ああ」


 それで十分だった。


 アリスは背筋を伸ばし、再び指揮官の顔に戻って詰所を出た。

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