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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第21話 魔具の墓場

 翌朝、アリスは同じ井戸へ向かった。


 眼鏡とカツラはまだ落ち着かない。視界が隠れ、頬がかゆい。それでも昨日よりは幾分ましに感じるのは、ただの慣れだろう。


 井戸の前は、今日も人で賑わっていた。


 だが列の空気は違う。苛立ちより先に笑いがある。水の音が強く、桶が満たされる音が軽い。


「おう、来たぞ! 眼鏡の嬢ちゃん!」


「嬢ちゃんじゃない」


「そこはどうでもいいんだよ!」


「どうでもよくない、私はリッド! つぎ嬢ちゃんって呼んだら無視するからね」


「いいからいいから、さっさと来い。今度はこっちだ」


「まったく……。ここの住民は人の話を全然きかないんだから」


 呆れながら呼び込まれた先、水路脇の小さな送水魔具がいくつも並んでいた。汲み上げではなく、街の方へ水を回すための補助輪だ。どれも外側は丈夫なのに動きが鈍い。


 アリスは膝をつき、指先で刻まれた術式の埃を拭う。


 術式が微かに薄れている。それと、菅の詰まり、固定の緩み。


「昨日と同じ状態なだけよ」


「ってことは?」


「すぐに直せるわ」


「よっしゃあ! ほいじゃ工具!」


 渡された工具をアリスは受け取り、後ろにいる男達を振り返る。


「ボーッと見てないで近寄りなさいよ、次からあんた達が直すんだから!」


「お、オレ達が? でも術式がわからなくてよ」


「じゃあバラしだけでも覚えなさいよ。やってみてダメなら工房の人間に頼ればいいじゃない。私だっていつまでこの街にいられるかわからないんだから」


「そんな連れねえこと言うなよ。住む場所は貸してやるから」


「そういう問題じゃない!」


 ギロリと睨まれ、男達がたじろぐ。


「ま、まあ。いつまでも嬢ちゃんに頼るのもあれか」


「自分達で直せるなら、そうした方が楽だしな」


 言いながら興味を持った者たちが前かがみにアリスの手元を見つめる。


 手際よく魔具をばらし、掃除して、締め直す。


 水が戻るたび、周囲から歓声があがる。


「うおっ、回った!」


「おい、オレん家の前も頼む!」


 次々と寄せられる声に、アリスは額を押さえた。


「いまやって見せたでしょ? 少しは自分でやって見なさいよ」


「それで壊しちまったらどうすんだ! 母ちゃんに怒られるのはオレだぞ!」


「そしたら直してあげるから。いきなりやるのが怖いなら後ろで見ててあげるわよ」


 言い合いは、もう喧嘩ではない。


 笑いが混じる。肩を叩かれる。昨日より距離が近い。


 ひと通り直したところで、昨日の番の男が口を尖らせた。


「……なあ、嬢ちゃん」


「嬢ちゃんじゃないってば」


「じゃあ、その。リッド」


「うん、なに?」


「実はみて欲しいもんがあってよ」


 男は顎で通りの奥を指した。


 木造の倉庫。扉の前には錆びた鉄輪と、使われてない魔具の箱が積まれている。


「王都の姫さんが回してくれた魔具が山ほどあるんだがよ、あれもなおせたりしねえか? 寿命が短いのか、いまいち使えなくてな」


 その言葉にアリスが目を細める。恐らくその姫さんはアリスのことだ。


 しかし、それが言えないのが少し歯がゆい。


 冷静に呼吸を整えてから、アリスは口を開く。


「使えないっていうのは?」


「何回かは調子よく使えんだけど、すぐに使えなくなる。出力が弱くなったり、魔力食うわりに魔法がしょぼかったり、効率が悪かったり。捨てるのももったいねえってことで、倉庫で寝かせてるのが大量にあるんだが」


 寝かせてる。その言い方が、妙に引っ掛かる。


「いいわ。見せてみなさい」


「え? 本当に見れるのか? 攻撃用だぞ?」


「見るのはタダよ。それに、攻撃用魔具はバステリオンにとって重要な資源でしょ? 無駄に寝かせてるならもったいないじゃない?」


「お、おぉ! そうだな! すぐに見てくれ」


 言い切ると、男はすぐに倉庫の扉を開けた。


 中は、魔具の墓場だった。槍の形をした投射魔具に、腕輪型の衝撃波魔具。警鐘を鳴らす魔具に、強い光を出す魔具。


 アリスが王に頼み、ヒルデに話しを付け。バステリオンに送ってもらった対魔物に強い大量の魔具が山積みになっていた。


 だが、埃を被り、刻まれた術式が微かに摩耗している。埃を払うと、物理的な痛みはまったく見受けられない。過剰な魔力を流されて早々に術式回路が摩耗しただけだ。


「もったいない……」


 転がる魔具の状況を何個か確認したところで、アリスが立ち上がり、振り向く。


「直せば使えるのに、なんでこんなことしてるの!」


「り、リッド。声がでけえって」


「でかくもなるわよ! なんでこんな無駄遣いみたいなことしてるの!?」


 怒号が倉庫に響き、外にまで届いた。それを聞きつけたであろう工房の人間が倉庫に複数人、飛び込んでくる。


「おいここは危険だぞ、客人なんかいれるんじゃねえ!」


「危なくない! アンタ工房の人間でしょ、なんで魔具を直して使わないの!」


 いきなり怒鳴られ、男が怯むが、すぐにアリスを睨み返した。


「暇がねぇんだよ! 工房だって人手不足だって知ってるだろ! 武器や魔具を直すので忙しいんだ!」


「ここにある魔具ならすぐに直せるでしょ!? 工房に持って行く必要もないぐらい新品同然じゃない!」


「そ、それは……。オレ達はなにが壊れてんのかわからねえんだよ! 王都は魔具だけよこして人よこさねぇからな! オレ達が直せるのは物理的なものであって、構造とか術式になるとさっぱりなんだ!」


「ああそう! それは悪かったわね! 私の配慮が足りなかったわ! 次からそこまでちゃんと考えて手配するわよ!」


 謝罪とは思えない言葉をぶつけ、アリスは腕輪型の魔具を取った。表面に細い術式。魔力を攻撃魔法へ変換する回路。モノに痛みはない。ただ、術式回路が途中で途切れ、変換部がうまく繋がっていない。


「これ、使ってみて」


「は?」


「いいから!」


 工房の人間が、見張りの人間に目を配る。


「まあまあ。一回でいいんで、付き合ってもらえませんか?」


「っち。一回だけだからな」


 文句を言いながら、男は腕輪に魔力を込める。少しの魔力では発動しなかったのか、「はぁ!」と気合を入れると、ボゥっと僅かに炎の魔法が発動した。


「これでいいのか?」


「ちょっと待ってて」


 アリスは腕に嵌められた魔具を掴み、術式を守る部品を外した後に、魔力を指先に込めて術式をゆっくりとなぞり、整える。


「もう一回」


「あぁん? なんだよ今度は」


「出力あがってるから少しでいいわよ」


「んなわけあるか! そんな簡単に直ったら苦労しねえんだ!」


 男が怒りをぶつけるように魔力を込めた。


 その瞬間。壁に向かって一閃の炎が駆ける。


 ゴゥ。と唸りをあげる熱風が見ていた者達の服を焼き、前髪を焦がす。


 すぐさまアリスが氷魔法を壁に張り巡らせて火事は防いだが、危うく壁が解けて外へ炎が貫通していたほどの威力。


「少しでいいって言ったのに。やっぱりここの人は話しを聞かないんだから」


 忠告を無下にされた文句に、返事はない。


 静まり返り、男達は大きく瞬きを繰り返した後。


「な、なんだ? いまの威力」


 誰かがようやく声を出した。


「新品と変わらねえじゃねえか」


「嘘だろ?」


「嘘じゃない。変換がうまくいけばこれぐらい出る代物よ。セレスティアの魔具はどれも一級品なんだから。旧式でも性能は抜群よ」


 アリスの説明を他所に、男たちがざわつく。


 驚きが、次の驚きを呼ぶ。


「待て待て待て! じゃあ、ここに転がってるガラクタの山は!」


「ガラクタじゃない! 見た感じほとんどすぐに直せる宝の山よ」


 男達は目を見合わせて、すぐにアリスに駆け寄った。


「すぐに直してくれ! ものの数秒だったじゃねえか!」


「工房で必死に直してたのはなんだったんだよ!」


「いっせいに話しかけないで! あと距離が近い!」


 巨躯の身体を押しのけて叫ぶアリス。


 それを見て見張りの男が笑った。


「はいみなさん、並んだ並んだ。要件は一人ずつだ」


「ふざけんじゃねえ! なんでてめえが偉ぶってんだよ!」


「そうだそうだ! 水汲みの見張りがえばってんじゃねえ!」


 ぼこすかとじゃれあう大人に、アリスが頭を抱えてため息を吐く。


「そろそろいい? 大人のじゃれ合いに付き合ってるほど暇じゃないんだけど」


「あ、ああ。悪い。……それで、だな」


 工房の人間達が顔を見合わせ、何を伝えようか悩んでいるところで。


「いったん私が魔具を直すわ」


「そ、そうしてもらえると助かる!」


「じゃあ種類ごとに分けて欲しんだけど。完全に壊れてるっぽいのと、弱ってるのと、普通に動きそうなの。ちゃんとした分別は私がするから。あと、埃は払ってくれると助かるわ」


「お、おう!」


「親方呼べ! 工房で武器なおしてる場合じゃねえぞ!」


 人が動き出す。言葉が通る。手が動く。


 そのタイミングで、遠くから警鐘が鳴った。


 甲高い音。短い連打。


「なんの音?」


「魔物だ! 嬢ちゃん、ちょっと待ってな!」


 その言葉に、倉庫の外へ出ると、みんなが街の外へ目を向けていた。


「魔物が出たぞ! 巡回してる奴等とぶつかったらしい!」


「ちっ、準備出来てる奴はすぐに出るぞ! 女子供は家の中に入ってろ!」


 男たちが武器を掴み、走り出そうとする。


 だが、足が揃わない。武器を探し、魔具を転がす。


 アリスは自分の腰に携えた剣を持ち直した後、先ほど倉庫で話していた男達に声を掛ける。


「貴方達も戦えるの?」


「と、当然だ。すぐに行く」


「じゃあ私に付いてきて。さっきの魔具を付けて、いいわね?」


「私に? って、嬢ちゃん、どこに行く! アンタは避難した方が」


 男たちが声を掛けるより早く、アリスは走り出していた。街を駆け抜け前線へと進む。その背中を男達が必死に追いかける。


 城壁の外、木柵近く。土塁の前に三体の魔物の姿が見えた。獣の形をした黒い影が柵を噛み、爪で引き裂こうとしている。


「あれぐらいだったらなんとかなりそうね……。私が動きを止めるわ、魔具を使って焼き払って!」


 アリスは剣を引き抜き剣先に魔力を込める。


 切り払うように氷魔法で地面を凍らせ、魔物の足を滑らせた。


「今! 撃って!」


 アリスが指さし、さっき調整した魔具の炎が魔物を包み込む。あまりの威力で柵ごと燃やし尽くしたが、気にするものはいない。


「なんだこれ、狙いやすいぞ!」


「まだいるわ! 油断しないで!」


 驚きが、そのまま士気になる。


 アリスはすかさず前へ出た。炎を躱した一匹の魔物へ迷いなく踏み込む。喉元に刃が突き刺さり、血が散る前に氷で抑え、そのまま全身を凍結させる。


「まだいるわ! 冷静に、私が動きを止めるから、しっかり狙って!」


 他に見えた二体の魔物をすぐさま氷魔法で包み込む。避けようと身体を退いた――魔物に、炎に飲み込まれ焼けこげる。


「よしっ!」


 当てた男がアリスを見て、力強く頷く。


 その後も後続の魔物が複数体あらわれたが、アリスの指示のもと難なく切り伏せ、焼き尽くした。


 城壁の上から周囲を警戒していた男が鐘を二回鳴らす。


 それを聞いた男がアリスに声を掛けた。


「終わりの合図だ、嬢ちゃん」


「……そう。ならよかったわ」


「助かった。お陰で死人は出なかったようだな」


 アリスは息を整え、周囲を見回した。


 怪我人は軽傷が一人。すぐに城壁内へと運ばれていく。


「ここ数日、大人しかったから油断してたな」


「ああ。前触れの時期だからな。警備隊も気を抜いてたんだろうな」


 その言葉に、アリスが顔をしかめる。


「前触れ? なんのこと?」


「ああ、嬢ちゃんは知らねえのか。暗闇の森から魔物が大量に攻めて来る日があるんだよ。軍勢の夜って呼んでんだが……。日が近付くにつれて魔物の出現頻度が下がるんだ」


「そろそろ時期だから、オレ達も油断してた。いつもならもっと足並みもそろってんだけどよ。今日は嬢ちゃんに助けられたな」


 それは、シグレから聞いた軍勢の夜のことだろう。どうやらみんなも承知のようだ。


 アリスはそれを聞き。


「わかった。なら、準備を進めましょう」


「準備?」


「魔具を直して戦力を整えるわ。配置を決めて、戦いに備える」


 言いながら、アリスは破壊された柵を見た。木だから直る。だが、直す人が必要だ。


「工房に伝えて。今日は直せるものを全部なおすって。私も手伝うから」


「おいおい嬢ちゃん。助けてもらったのはありがたかったが、そこまで頼るのは」


「いいから。シグレに許可はもらってる」


「領主様に?」


「ええ。軍勢の夜の話しも聞いてるわ。指揮を取っているのは誰? すぐに話し合いたいんだけど」


 そう言って、アリスはわざとらしく眼鏡を整えた。


 その仕草に、男達はすぐに動き出す。


「わかった。オレは工房長に話しに行くから、お前は……。念のためシグレ様に」


「あいよ。嬢ちゃん、ちょっと待っててくれな」


 走り出す男達。


 その行動は、もはやアリスを信用している動きをしていた。

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