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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第22話 軍勢の夜の裏作戦

 城の高所。ラズは縁に立ち、街を見下ろしていた。


 水が戻り生活が潤い、多くの魔具が使えるようになり魔物の対応が楽になり、走り回るアリスと共に住民が笑っている。


「さすがだな」


 たった数日でアリスを見る目が明らかに変わっている。よそ者を警戒する視線が、頼る視線になり始め、中には友人のように触れ合う者達までいる。


 街を走り回る彼女を見守っていると、足音が近づいてきた。石段を上る音は二つ。軽い足音と、落ち着いた足音。


「ラズ様。よろしいですか?」


 振り返るとそこにはシグレ。仮面に隠れた表情は見えず、肩ほどの黒髪が揺れ、腰には刀。


 その半歩後ろに、小柄な少女がちょこちょこと付いて来ている。シグレと同じ真っ黒な髪を二つに結び、かなり幼い顔立ちと未熟な身体を精一杯動かしている。


 少女はラズを見るなり、目を輝かせた。


「うわっ! ほんとにいました! 本物の英雄です!」


 シグレとは違うでかく無邪気な声。


「あっ」


 と慌てて口を押さえてから、次に「えへへ」と笑う。


「はじめまして、イオリです!」


 そして、元気に頭を下げた。落ち着きがないのか、表情がころころ変わる。緊張してるのに嬉しい、時には目を輝かせてラズを見つめ、恥ずかしそうに照れる。


「ラズ・グレイヴナイトだ」


 告げると、「わっ!」と驚いてシグレの背に隠れた。


 その姿は子供、というより小動物の様に映る。


「イオリ、少し静かにしておいてくださいね」


「すみません! イオリは少し黙ります! はい!」


 イオリが元気よく返事をした後、手を自分で塞ぐ。


 そんな少女から視線を外し、ラズはシグレへと尋ねた。


「なにかあったのか?」


「各責任者と話し合いをしてきましたので、その結果をお知らせに来ました」


「話し合い?」


「軍勢の夜についてです。これまでは私が指揮を取っていましたが、今回は客人にお任せしますので。その説明を」


「納得してもらえたのか?」


「当然、反対意見はありました」


 シグレは淡々と認める。


「バステリオンに住む多くは、軍勢の夜に死ぬことが大半ですから。いきなり客人に指揮を任せると言って納得する方がおかしいでしょうね」


 その言葉に、ラズは黙って耳を傾ける。


「ですが、数日で客人を見る目は変わってきています。水を戻し、魔具を直し、そして小規模襲撃では前線で守った。人はそれを見ています」


 街を駆け回るアリス。彼女の周りには多くの人がいる。


 彼らはもう、仲間と呼べる人間になっているのかも知れない。


「それで。最終的に、納得させられたのか?」


「条件は出されましたけど、納得はして頂きました。まず一つは、客人が最前線に出て戦う事。責任という意味でも、客人には命を掛けてもらわなければ、誰も従いません」


 冷たく聞こえるが、その通りだ。


 それに、アリスとしてもその方が実力を証明しやすい。


「それともう一つ。すぐ指揮官が私に変われるようにしておくこと」


 これについても、当たり前の提案だ。仮にアリスが逃げ出したり、裏切ったりした時、すぐにシグレが動けるようにしておく。


「以上です」


 シグレは淡々と伝え、切り上げる。


「それだけか?」


「はい。意外でしたか?」


「もっと厳しい条件があると思ってたが」


 アリスがバステリオンに来てからまだ数日だ。


 街を守るために魔物と死闘を繰り広げる戦いの指揮を任せるのであれば、信用という意味で、条件はもっとあると思っていたが。


「必要なものは、既に勝ち取って来ているように見えます」


 ラズとシグレの視線の先にはアリス。今日も今日とて住民に囲まれながら魔具を修理したり、子供と遊んだり、力自慢と剣で競い合ったりと忙しそうに過ごしている。


 その姿を警戒し、監視している者はもういない。


「たった数日。俺だったら指揮を託すほど信用はできない」


 第三部隊長として、幾度も部下達を先導し、指揮を取って来た。その役割の重要性は承知したうえで、数日そこらの客人には指揮官を任せられないし、部下として従うというのは受け入れ難いことだ。


「ここは実力の街。きっと民達は、ラズ様と見ているところが違うのですね」


 ふふっ、と微笑むシグレに、ラズは溜息を吐く。


「そういうものか。……さすがとは思うがな。羨ましくも思う」


「ラズ様が客人を? どうして」


「俺の場合は時間がかかった。部下の信用を得るのにな」


「そうなのですか?」


「ああ。指示は通るが信用はされない。その疑いは戦況に影響する。部下の迷いを何度も実力で覆した。そうやって信用を集めた。……俺は口下手だったしな」


 過去を振り返るラズの声は、いつも通り淡々としている。


 そして、街を見下ろす視線には暖かさがあった。


「見知らぬ土地で、身分を隠して人に信用される。それも数日でだ。俺にはとてもじゃないができない」


 アリスがいかに難しいことをしているかを、経験から知っている。


「ですよね! あの眼鏡の……。えっと、姉ちゃんすごいです! 街の人もみんなお嬢ちゃん嬢ちゃんって、もう人気者ですよ! たぶん凄い魅力があるんだと思います! 人を引き付ける……。才能なんでしょうか?」


 イオリは言ったあとに「喋り過ぎました!」と顔を赤くして、口に手を当てる。


 しかし、ラズもシグレも嬉しそうに頷く。


「ええ。器があるのだと思います、彼女には」


「ああ、それも……。王の器だ」


 ぽつりと漏れた言葉に、仮面の下に隠された瞳が揺れる。


「彼女が本物であればより嬉しいのですが。……だからこそ、ラズ様にお願いごとがあります」


 仕切り直すように、シグレがラズに向き直る。


「ラズ様には軍勢の夜に参加せず、別の依頼をしたいのです」


「別の?」


「はい。軍勢の夜の日、森の奥に巣くう親玉の討伐を」


「えっ、親玉!? マジですか!?」


 目を丸くして驚くイオリに、シグレは落ち着いて続ける。


「軍勢の夜を凌いでも根が生きていればまた来ます。しかし、親玉を落とせばしばらく静まる可能性がある」


「可能性、か」


「ええ。確実ではありません。ですが、やる価値はあります」


 丁寧な言葉だが、確信めいたものを感じる。


 シグレは、静かに付け加えた。


「これからの事を考えると、魔物の出現頻度は下げる必要があります。魔物は我々の事情など汲んではくれませんからね


 つまるところ、王都と対峙する際に、魔物の存在は邪魔ということだ。攻め込んでいる時に故郷が襲われるのは士気に関わる。不安要素は少しでも取り除いておくべきだ。


「わかった。俺が行く」


「えぇ!? 本当に行くんですか!? かなり危険ですよ!」


「やる価値はある。むしろやるべきタイミングだ」


 平然と答えるラズに、シグレが少しだけ頭を下げる。


「ありがとうございます。イオリの言う通り、かなり危険な依頼です。しかし、貴方様以外に頼めないのです」


 そして、半歩だけイオリを前へ出す。


「イオリ。改めて挨拶を」


「はいっ!」


 イオリは元気よく頭を下げた。


「見習い影使いのイオリです! ……えっと、ラズ様! うちに影魔法を教えてください!」


 その申し出に、どういうことだ、とラズはシグレを見る。


「影魔法を扱える者は希少ですが、そのぶん教えられる人も限られています。バステリオンではイオリに指導できる者がおりませんでしたので」


「俺に鍛えて欲しいと?」


「はい。是非に」


 嫌がられるのが分かった上で、強引に頼み込もうとしている。そんな笑みだ。


 ラズは困ったように頭をかいてから彼女を見る。


 感情が読み取りやすい真っすぐな瞳。好意も、焦りも、不安も、憧れも、全部見える。影魔法を得意とする者とは何度か会ったことがあるが、ここまで真っ直ぐな人間はみたことがない。


「何ができる」


「影を伸ばすのはちょっとだけできます! あと、影に隠れるのもちょっとだけです! すぐにバレちゃいますけど!」


「だろうな」


「ひどい!」


 イオリがむっとして、すぐに「すみません!」と姿勢を正す。


「俺の影を動かしてみろ」


「はい、わかりました!」


 イオリはラズの影に手を伸ばして。


「うぎぎぎぎぎ!」


 歯を食いしばり、目を見開いて影魔法を使うが、影は動く気配を見せない。


「じゃあ自分の影を動かされないように固定してみろ」


「はい!」


 身構えて自分の影に魔力を込めるイオリだったが、影が伸びたり縮んだり。挙句の果てにはイオリの身体に巻き付いて身動きを取れなくする。


「ら、ラズ様! 酷いですよ!」


「鍛え甲斐はありそうか? いや、鍛え甲斐しかない。むしろ何も鍛えられてないとも言えるな」


 目を回しているイオリを見て、シグレが微笑みながら口を開く。


「イオリには城内の伝令と夜間の警戒を任せています。まだ未熟ですが影に入れば動きは速いので重宝はしています。……影魔法使いは貴重なので、できれば慎重に育てたいのですが」


「それは、そうだな」


 ラズも自分以外に影魔法を得意としていた人に会ったことはない。何人かは見たことあるが、実戦で使うには下手すぎる、大した実力はなかった者達だけ。それだけ使い熟すのが難しいということだ。


 地位を持つ人間ほど影魔法を得意とする者が欲しくなる。というのは、騎士団長に言われた言葉だ。やらされるのは地味で陰湿な役割ばかりだが、シグレも一人は側近として置いておきたいのか。

 

「軍勢の際も、ラズ様に同行させようと思っているのですが」


「まだ詳しいこともわからない実践に連れて行けって言うのか?」


「経験は積むに越したことはないと思いませんか?」


「それはそうだが」


 親玉がどれだけ強いかは未知数だが、ラズとしては単独の方が動きやすいのは間違いないことだ。


 それでも、連絡係が一人いると作戦の幅が増えるのは確かだ。撤退路の確保、合図、時間管理。危険があっても影に隠れれば身の安全は確保できる。今のイオリでもそれぐらいなら出来るだろう。


 それならば。


「いいだろう。最低限だ。余計な手出しはさせない」


 ラズが言うと、イオリの顔がぱぁっと輝いた。


「最低限、はい! 最低限でもご一緒できるなら嬉しい限りです!」


「死にたくないなら言うことを聞け。影は思っているほど万能じゃない」


「はいっ!」


「返事だけは良いな」


「それが取り柄です!」


 それは取り柄なのか? とラズは首を傾げるが。


「であればラズ様」


「ああ。影魔法を教えるのは初めてだから、上手く教えられるかわからないがな」


「それでも助かります。私などでは全く影魔法を教えられていなかったので」


 それならば、とラズはイオリを引き受ける。


「それでは、依頼の説明を。森の内側の地図と、予兆の記録をすぐ用意させます」


「親玉の位置の当たり。匂い。鳴き声。些細な事でも何でもいい。教えてくれ」


「承知しました」


 シグレは側近へ目配せをする。側近が短く頷き、足音を殺して階段へ消えた。


 早速、ラズが軍勢の夜に参加しないという伝令を出したか。恐らく、アリスがラズを戦力を数え違えないよう、今のうちに伝えに行ったのだろう。


「軍勢の夜、前線は客人が指揮をとり、ラズ様は森へ。……どちらも勝利を掴んでくれると期待しております」


「俺の方は問題ない。何が相手でも殺すだけだ」


 淡々と告げられた言葉を聞いて、イオリが気合いを入れたように拳を握った。


「イオリも頑張ります! 師匠の下で強くなりますよ、シグレ様!」


「ええ。イオリにも期待していますよ」


「はい! 絶対に!」


「イオリ、声がでかい。まず普段から落ち着くことを覚えろ」


「えっ!? あっ、はい!」


 イオリがすぐに口を押さえ、目だけで「すみません!」と言う。


「普段から気配を消す練習をしておけ。影魔法の強味は隠密だからな」


「わかりました! これからは控えめに行かせていただきます!」


 どこが控えめだ、と呆れるラズに。


「その調子でお願いしますね」


 丁寧な声の奥に、わずかな笑いが混じっている。


 ラズはどうしたものかと考えながらも。


「代わり、というわけじゃないが。シグレにアリスを任せていいか?」


「といいますと?」


「軍勢の夜までまだあるだろ? 少し外に出てこようかと思ってな」


 その提案を、シグレは快く引き受けた。

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