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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第19話 仮面の領主との対面

 石段は長く、最上段に辿り着いた先に館があった。


 石垣の上に築かれた城のような造り。木と石が混ざり、どこもかしこも補修の痕がある。


 それでも威圧感は失われていない。ここは最後まで守る場所だということは明白だった。


 通された一室は畳敷き。障子が並び、外に目を向ければ街が一望できる。壁には魔具灯が淡い光を放っていた。


 室内にはシグレと側近。


 シグレは仮面をつけたまま刀を横に置き正座。


 側近は一歩後ろに控え、無駄に目立たない。だが視線の鋭さだけは隠していない。


 ラズとアリスが畳に足を踏み入れると、シグレが丁寧に頭を下げた。


「お越しいただき、ありがとうございます」


 声は若い。だが、重い。前線の街を束ねる者の声。


 アリスがシグレに倣い正座をし、ラズは側近を真似して後方に立つ。


「それで。なんの要件でこんな辺境までいらしたんですか?」


 問いに、アリスは頷き躊躇なくフードに手をかけた。


 布を外す。


 金色の髪と蒼い瞳。


 側近が見開き、すぐに抑えた。驚きはある、だが声にはしない。


 それに対し、シグレは一切の動揺を見せなかった。


 仮面に隠された瞳は見えないが、アリスをまっすぐ見つめている気配がある。


「偽者がこうも簡単に姿を現すとは」


 皮肉のような言葉。


 続けて。


「貴方は誰ですか?」


 アリスは一歩も引かずに言い返す。


「私は第一王女、アリストリッド・アルゲンティアです。偽者じゃありません」


「そうなのですか?」


 シグレは首をわずかに傾け、丁寧な疑いを向けた。その静けさが不気味な雰囲気を醸している。


「なにか証明できるものがあるのでしょうか? ……慎重にお答えください。偽者だとわかった瞬間、王都に通報しなければいけなくなりますので」


 脅しのような言葉に、アリスは胸元から布包みを取り出し畳の上に置いた。


「証拠があります。王の死は病ではありません。毒殺でした」


 ヒルデが用意したものだ。薬瓶と、鑑定の要点をまとめた紙。術式署名の記録結晶、全てを差し出す。


「なるほど。拝見しても?」


「お願いします」


 側近が受け取り、シグレへ渡す。シグレは紙の文字を辿り、瓶を光にかざし、封印の痕を確かめる。術式署名を指先でなぞり、一つ一つ丁寧に確認していく。


 しばらくして、シグレは静かに頷いた。


「王は毒殺された、そう判断してよい材料ですね。セレスティアのヒルデ様がそう言うのであれば、間違いないのでしょう」


 納得し、証拠品を丁寧に返しながらシグレが続ける。


「しかし、これは貴方様が本物の第一王女であるという証拠にはなりません」


 鋭い言葉に、アリスの表情が微かに歪み、手が強く握られる。


 ラズは横から口を挟まない。静かに二人のやり取りを見守る。


 沈黙が数秒続いたところで、シグレが小さく呟く。


「……正直、貴方様が何者でもいいのですが」


 その前置きに、アリスが目を上げる。


「改めて伺います。ここへ来た要件は何ですか?」


 アリスは息を吸い、真っ直ぐ伝える。


「力を貸してほしいの。王は毒殺された。偽物が私の姿で王として国を操っている。私は王座を奪還するために、国と戦うつもりよ」


 言葉は速い。だが一つも崩れていない。


「そのために、バステリオンの力を貸して欲しい」


 決意に満ちた言葉に、シグレは反応を示さない。


 肯定的なのか、反対的なのか、全く読めない佇まいで沈黙する。


 暫くして。


「我々が貴方様に協力して、なんのメリットが?」


 そこで、アリスはふっと視線を落とした。


 過去の記憶が喉をつついたように。


「私はここに来たことがある」


 シグレの仮面が、ほんの僅かに傾く。


「ええ。存じています」


「その時、思ったの。民を見捨てて築き上げた平和に意味なんてないって。私はこの街を見捨てない。……いや、この街だけじゃない。この国にあるすべての街、民を見捨てない。私は、私の全てをかけて民を守る」


 畳の間が、わずかに静まる。


「私が王になったら、バステリオンに騎士団の駐屯基地を設立する。主な任務は街の防衛。街の政治には口を出させないわ。そして、セレスティアから学者を派遣し、魔物の発生原因を特定、根絶やしにする。魔物による脅威を減らす」


 側近の目が動き、シグレは仮面の下で、笑った気配を滲ませた。


 見えないはずの表情に、微かな感情が溢れる。


「……その言葉、覚えていますとも」


 仮面のうちに隠された言葉は、誰にも届かない。


 そして暫くの沈黙の後、シグレは口を開いた。


「わかりました。協力の話に移りましょう」


「領主様、慎重に。相手は王都から指名手配されている可能性がある相手です」


「わかっています。ですが、今さら慎重さだけで街は守れません。それに」


 シグレはアリスとラズを交互に見た。


「驚かせるかもしれませんが、私たちは好機があれば王都を攻め落とすつもりでいました」


「……は?」


 アリスが目を見開く。


 ラズもさすがに眉を動かした。


「バステリオンは長年、王都に切り捨てられてきました。この怒りは何年も積もり続け、もはや怨念に近い呪となっております」


 畳の間の空気が重くなる。


「貴方様はバステリオンと王都の関係をご存じですか?」


「ええ。魔物が繁殖する森に近い場所に位置するバステリオンが国を代表してその進行を喰いとめていて、危険だからと王都は騎士団を出し渋っている。それをバステリオンの住民はよく思っていない」


 アリスの返事に、シグレが頷く。


「概ねその通りです。ですが、最初からこうではありませんでした」


 彼女の声は丁寧なまま鋭くなる。


「昔、この森に魔物はいなかったのです。突然、ある時期から魔物が大量に発生するようになったのです。最初、王都は騎士団を寄こしました。……最初は、ですがね」


 側近が黙って聞いているところを見ると、慣れた話なのだろう。


「魔物の数が多くなり、状況が悪くなると王都は理由をつけて騎士の派遣を減らし、やがて送らなくなりました。『他にも守る街がある』『費用がかかる』『遠い』。言い訳はいくらでもあります」


 シグレの言葉は丁寧なのに、確かな棘が含まれている。


「それでも私たちは耐えました。故郷を守るために。魔物が他の街へ雪崩れ込まないようにするために。……結果として、私たちは強くなりました。それが今のバステリオンです」


 アリスが小さく頷く。


「王都から見捨てられ、多く民が魔物の餌となり、幾度も建築物が破壊され……。それらの上に、いまのバステリオンが築かれているのです。お陰で死者は減りましたが、危険は未だ続いております。こうしている今も、魔物は我々の命を見据えている。あの忌まわしき森から」


 この部屋からなら森は視界に入る。恐らくたまたま入るのではない。見えるよう、監視できるように作られた部屋なのだろう。


「それを、王都は見て見ぬふりをしています」


 シグレはアリスに目を向ける。


 見えぬ瞳に、なにが向けられているのか。


「恨まずにいられましょうか? 我々の犠牲など意識から外し、王都で平和に過ごしている者達を」


 沈黙。重い沈黙。


 その沈黙を、シグレが破る。


「……ただし。貴方様方には助けられたことはあります。第一王女が魔物討伐用の魔具の多くをバステリオンに回すようご助力頂きました。……あれは効きました。お陰で前線はだいぶ楽になっております」


 アリスの拳に力が入る。自分のやったことが、ここで生きていると、直接伝えられたのは初めてのことだったからだ。


 シグレはラズにも視線を向ける。


「そしてラズ様。貴方様には助けられました。あの夜、ラズ様がいなければ、そのままバステリオンは魔物に落とされていたかも知れません」


「騎士団が民を守るのは当たり前のことだ。感謝されることじゃない」


「ふふっ。相も変わらず不器用なお方ですね」


 シグレは頷き、結論へ落とす。


「だから私は貴方様が本物かどうかに固執しません。本物だろうと偽物だろうと、王都に刃を向ける好機が来たなら、私たちは動きます」


 アリスの顔色が変わる。この街は既に覚悟を固めてる。そこに揺るぎなどはない。


「しかし」


 丁寧な言葉が、鋭い刃になる。


「すぐに手は取り合えません。バステリオンは実力の街です。実力がない者を担げば街は死ぬ。民も貴方様を認めないでしょう。たとえ本物だとしても。……だから、証明してみせてください」


 アリスが唾を飲む。


「何をすれば」


「近いうちに、魔物の軍勢が来る晩があります」


 側近が地図を広げ、指先で森側の線をなぞる。魔物が現れ、バステリオンまで襲い来る経路。


 長年の経験で分かる出現周期。兆候。森の鳴き声。そういう現場の情報だ。


「定期的に訪れるものです。完全に同じではありませんが、予兆はあります。次は……。数十日後でしょうか」


 アリスの眉が動く。


 数十日。長いようで短い。


「その晩、貴方様は前線に立ち、指揮を取ってください。そこで実力を見せつければ誰もが認めるでしょう」


 その言葉に、堪えきれなくなったのか、側近が再び口を挟む。


「領主、本当にいいのですか? 偽者だとしたら」


「言ったでしょう? 重要なのは偽者かどうかではありません。実力があるかどうか。我々の旗印として相応しいかどうかです。仮に彼女が偽者だとしても、貫いてもらおうじゃありませんか……」


 シグレの言葉に、側近が息を呑む。


「偽者としての王を。我々が王都を陥落させるまで、ね」


 シグレから発せられる圧に、側近はそっと口を閉じる。


「よろしいですか?」


「ええ、問題ないわ」


 アリスはシグレの提案に、迷わず頷く。


「前線に出て指揮を取ったことはあるから。絶対に失敗させない」


 確信に満ちた言葉に、シグレは微かに口元を緩める。


「期待しております。それでは、後は好きに過ごしてください。お困りごとがあればいつでもおっしゃってください。最低限の手助けはさせて頂きますので」


 アリスは頷いた。


「じゃあ早速、街に行きたいんだけど」


「その格好のままでは目立ちますね」


 アリスの発言を止めたシグレは、側近に目配せし、布包みを二つ持ってこさせた。


 一つは、黒い髪のカツラ。もう一つは、赤渕の眼鏡。


「この街は噂が早い。顔が知れれば味方も敵も動きます。貴方様が望む証明の前に、事が起きては困ります」


 アリスはそれらを受け取り、指先で縁をなぞった。


 軽い。だが、どこか落ち着く重みがある。


「民には私が招いた武人とお伝えしておきます。どこまで信じてもらえるかはわかりませんが」


「充分よ。ありがとう」


 アリスとラズが立ち上がり、部屋を後にしようとしたところで。


「ラズ様、アリス様。どうか、お楽しみください」


 振り返ると、シグレは座ったまま視線を外に向けていた。静かにしていると、遠くから街の喧騒が聞こえて来る。


「この街も存外、楽しいですよ」


 大人の怒鳴り声、鉄が打ち付けられる金属音、子供の笑い声。


 アリスはそれらを受け止めて、微笑んだ。


「ええ。せっかくだもの。街を楽しませてもらうわ」


 ラズは、何も言わずに小さく頷く。


 こうして二人は、試練までの数十日をバステリオンで過ごすことになった。


 木柵の外に森。


 石の内側に人。


 前線の街は今日も賑わい、魔物の襲来に備えて静かに爪を研いでいた。

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