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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第18話 防衛拠点バステリオン

 セレスティアを離れて二日。


 街道は次第に荒れ、石畳は土に変わり、道端の草は踏み荒らされていた。


 王都の近くにあったような検問は暫く見ていない。ラズ達の他に歩いている者も、馬車を引く者もいない。


 遠くに暗く、深い森が見え始める。黒い樹海。魔物が大量に身を潜め、現れる場所。安易に入れば命はない。

 

 その森から見える距離に街があった。


 防衛拠点バステリオン。


 外周は木柵が巡らされ、至る所に逆茂木が設置されている。修復の跡が幾重にも重なり、それは魔物に壊されては直しを繰り返した傷跡だ。


 木柵の奥に、低い石壁。さらにその向こうに、もう一段高い城壁が姿を見せる。そこが最終防衛ラインか、王都に比べると背が低いそこには門が備わっていた。


 近づくと、上から視線が落ちてくる。こちらに声を掛けてこないということは、魔物の見張りといったところか。


 二人が門をくぐった瞬間、空気が変わった。


 魔物に日々襲われる防衛拠点の街は昼から賑わい、通りには人が溢れていた。酒場が開き、中から笑い声が漏れている。木の杯を掲げて肩を組む男たち、勝負に負けた者をからかう声。酒の匂いに、焼いた肉の匂いが混じる。


 鍛冶場はさらに賑やかだ。鉄を叩く音が街に響き渡り、火の粉が飛ぶ。若い職人が汗だくで槌を振り、年寄りが横から声を出す。


「角度が甘ぇ! それじゃ折れるぞ!」


「うるせぇ親方、黙ってみててくれ!」


 露店の端には、魔物の肉を捌く台があった。血抜きした肉が並び、肝や脂が分けられ、骨は別の籠へ。刃物が走るたびに獣の匂いが溢れる。


「今日のは硬ぇぞ!」


「肉なんて焼けばなんでも同じさ!」


 切り分けた肉を串に刺し、その場で焼いて食べる者もいる。子どもが頬を膨らませて笑い、店主が「ちゃんと噛め」と笑顔で見守る。


 笑い声が響き、金属音が辺りを包む。ここでは文句も罵声も気にするものはいない。


 戦いのない日に、日常を全力で楽しんでいる。


「防衛拠点だってのに、相変わらず賑やかな街だな」


 懐かしむようにラズが呟く。


 アリスもフードの奥から周囲を見回し、小さく息を吐いた。


「前に来た時と雰囲気がぜんぜん違う」


「そうか? 俺が来た時はこんな感じだったけどな」


「名目が視察だったからかも知れないわね」


 二人はそのまま足を進めて、この街を納める領主宅前まで進む。


 魔物に多く襲われ、修理し易いようにか、建物の多くは木で作られており、それは領主宅も同じようだ。王城よりは小さくなるが、門に囲まれ、数多くの石段の上に建てられた宅はかなりの大きさ。


「止まれ」


 門番の剣が横に出る。


「何の用だ」


「領主に用がある」


 ラズの返事に、門番の表情が曇る。


「はぁ? なんだいきなり」


「バステリオンの領主いま……。シグレだったか? それに会いに来た」


 門番の視線が、ラズのフードからアリスのフードへ移る。


 値踏みするような目。


「領主様を呼び捨てにするな。要件はなんだ?」


「領主にしか話せない。極秘事項だ」


「はぁ……。そんなんで領主様に会わせられると思うか? 帰れ帰れ」


 門番が剣をわずかに押し出した。刺すつもりはない、押し返すための脅しだ。


 アリスが一歩前へ出て、フードの影から蒼い瞳が覗かせる。


「私は」


 名乗りかけた瞬間、ラズが袖を軽く掴んだ。止めろ、という合図。


「名も名乗れないような不審人物を会わせられるわけ」


「おいおい、門番さんよ。数少ない観光客を門前払いか? それはもったいねえ」


 門番の言葉が終わる前に、背後から笑い混じりの声が飛んだ。


 がらの悪い男が三人。革鎧に粗雑な武器。酒の匂い。質の悪い酔っ払いといったところか。


「よそ者が領主様に会いたいだぁ? 笑わせんな」


「怪しい奴は森に投げりゃいい。魔物の餌にしてやろうぜ」


 男の一人が、アリスの方へ手を伸ばした。


 次の瞬間、ラズの足元の影が揺れた。


「手を引け」


「はぁ?」


 男が笑って踏み込んだ瞬間、足首に絡みついた影が自在に動き、足元をすくう。男はそのまま石畳に叩きつけられ息を吐いた。


「てめえ!」


「なにしやがる!」


 残りの二人が怒鳴り、武器を抜く。


 それに対し、ラズは息を吐きながら前へ出る。


 影が地面を走り、二人の身体を滑るように這う。首筋に蠢く影がゆっくりと喉仏を撫でると、二人の動きが止まった。


「そのまま首を跳ねてやろうか?」


 男たちの顔色が変わる。


 門番も剣を握る手に力が入った。


 そのとき。


 ――パン、パン。


 拍手の音が響いた。乾いた音が注目を集める。


 門の奥、石の階段から一人の女性が下りて来る。


 肩ほどまでの黒髪。顔の上半分を覆うのは狐の仮面。無表情の面が光を鈍く反射している。腰には刀。鞘の装飾は少なく、実戦用の簡素さだ。


 女性は拍手を止め、口を開く。


「さすがは我が街の英雄。見事な手際です」


 門番が反射で姿勢を正す。


「し、シグレ様!」


 女性――バステリオン領主のシグレは門番を手で制して、仮面の奥からラズを見つめた。


「お久しぶりですね、第三部隊長殿。……いえ、元第三部隊長と言うべきでしょうか? ラズ・グレイヴナイト様」


 ざわ、と周囲の空気が揺れた。


「こいつがあの?」


「なんでこの時期に?」


 押し殺した声が重なり、賑やかだった通りが静まり返る。


 ラズに倒された男が顔を上げ、唾を飛ばした。


「英雄だぁ? 英雄はレイだろ!」


 騒ぐ男に、他の住人が声を上げる。


「なんだあいつ、新人か? バステリオンを救ったのはラズだぞ」


「王都ではレイの功績になってるらしいがな。あいつ騎士あがりだったか?」


 ラズは、何も言わない。フードの奥で周囲を警戒し続ける。


 シグレはそのざわめきを気にもせず口を開く。


「民が英雄に失礼を。申し訳ございません」


「いや、いきなり領主に会わせろなんて無茶を言ってるのはわかってる。こっちも悪かった」


「そう言ってもらえると助かります」


 言いながら、シグレは視線をアリスへ移し、すぐに外した。


「ラズ様にわざわざご足労いただいたのですから、おもてなししなければいけません。ほら、いつまで邪魔をしているのですか?」


「は、はい!」


 門番が慌てて身を引くと、シグレが石段をあがりはじめる。


「さあ、こちらへ」


 声はラズへ向けられたもの。


 仮面の下で笑う視線はアリスに向けられたものだった。


「隣の客人も一緒にどうぞ」


 ラズとアリスは顔を見合わせ、バステリオン領主、シグレの背を追った。

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