第17話 揺れる評議会
領主館の一室は薄暗かった。
大広間、円卓の中央に置かれた魔具だけが淡い白光を放っている。
円卓の上には六つの結晶が等間隔に置かれている。評議会の六席に対応する通信魔具だ。接続が成立すれば結晶の内側に紋章が浮かび、音が通る。接続がなければ暗いまま。異常があれば、結晶にも異常をきたす。
いま光っているのは三つ。
領主の前。儀礼用の紋章。
商会代表の紋章。男の名はゲーリー。
王都契約局代表の紋章。男の名はファビオ。
残り四つは暗い。
研究者枠の一つは、暗いだけではなかった。結晶の縁に、ひびが走っている。
領主は円卓に手を置き、硬い声で伝える。
「定刻だ。評議会を開く。……欠席が多いが、規定の時間は動かせん」
商会代表、ゲーリーの声が結晶越しに響く。
「欠席ではなく遅刻でしょう。ともあれ議題は明確です。王都からの要請に応じるか否か」
王都契約局代表、ファビオも続ける。
「王都契約局としても、ここで方針を決めたい。アリス様が王になってから何人もの使者がきております。対応するのに苦労しておりまして」
領主はわずかに眉を寄せた。
お飾りとはいえ、ここでの結論が都市を揺らすことは分かっている。だが彼には評議員をねじ伏せる力はない。できるのは手続きと、場を保つことだけだ。
「議題は二つだな」
領主が読み上げる。
「一。王都が治安維持を理由に、契約以上の魔具供給を求めている件。二。偽王女捜索を名目に、外出制限等の厳格化、および王都騎士団の権限をセレスティア内で強めるよう要請している件」
ゲーリーが即座に口を挟む。
「どちらも必要ですな。今は王都が揺れています。揺れは商いに直撃する。物資が止まれば市民が困る。研究も困る。セレスティアが困る。ここは王都に協力するのが一番かと」
ファビオはそれに同意する。
「契約以上といいますが、契約はあくまで形式上のものでして。セレスティアもアルゲンティアの一部である以上、王都が求めるなら応じるのが筋かと。供給の追加は義務でしょう」
それに、領主が答える。
「契約を超える供給は工房と研究の手を削る。セレスティアの歩みを妨げる行為は許されん」
ゲーリーの笑いが混じる。
「領主様、それは理想論です。国が傾いていては意味がないでしょうよ。王都の基盤を盤石にせにゃいけません。そのためには大量の魔具が必要です」
ファビオが淡々と畳み掛ける。
「外出制限も同じです。王都の治安策をここでも敷けば、偽王女の混乱は抑えられる。王都騎士団が動けるようにすれば、偽王女を捕まえやすくなる。一刻も早く事態の収拾に努めることが最善です」
「だが」
領主が口を開きかけたところで、円卓の結晶が一つが、微かに軋む。僅かな音と共にひびの入った結晶は、研究者。武器や防具の研究を主に担っている担当のものだ。
嫌な沈黙が落ちた瞬間、扉が叩かれた。
「失礼いたします、領主様」
執事が顔を出し、声を落として報告した。
「評議員、カスパル殿が亡くなりました。屋敷で倒れていたのですが、恐らく何者かに殺された。他殺だと思われます」
領主が深く息を吐き、目を閉じて、首を横に振る。
ひび割れた結晶が、ことん、と音を立てて円卓に横たわった。
「なんということでしょう、痛ましい! やはり規制が必要だ! 外出制限と王都騎士団の権限強化。これは市民を守るために必要な措置だ!」
「王都の要請は正しいのです。何者かがこのセレスティアに潜んでいる……。セレスティアだけで対処するのは危険です。すぐに助けを求めねば」
領主は沈痛の面持ちで顔を下げる。
黙とうにも映るそれに、しかし彼等は圧を掛け続けた。
「このタイミングでカスパルが狙われたとなると、我々も他人事ではない!」
「すぐにでも王都に従い、助けを求めるべきです。これは民のためでもある」
「他の者達も既に殺されているかも知れない!」
「その可能性は大いにあります。この場にいる我々だけででも投票を始めた方が」
部屋が騒がしくなり、その時、結晶が一つ、淡く灯った。
研究者枠、薬理・衛生の紋章が静かに浮かぶ。
微かな沈黙の後、静寂に落ち着いた女性の声が流れる。
「遅れました。申し訳ございません」
「ベリット。来たか」
「はい。……カスパルが死んだのですね。原因は?」
「まだわかっていない。恐らく誰かに殺されたとのことだ」
領主とベリットのやりとりに、ゲーリーが割って入る。
「今は嘆くより決めるべきだ。時間がない」
「そうです。これは前代未聞の緊急事態。早急に投票を始めるべきかと」
急く二人に。
「評議員が殺された会議で、急いで票を取ろうとするのは不自然に思えますが」
ベリットが答えを返す。声を荒げず、しかし冷たく響く。
場が凍った。二人の声が微かに止まる。
次の瞬間、もう一つの結晶が点灯した。眩しいほど白く、研究者枠の紋章が浮かぶ。
そして、場が一気に騒がしくなる。
「いやはや、どうやら遅れてしまったようだねえ、すまないすまない。まあ気にしないでくれたまえ? 内容はしっかりと把握しているのだから。説明は不要さ」
ヒルデガルド・ヴァイスハイトの声が響いた。大声ではない。だが、笑いが混ざっているだけで空気が変わる。
「死者が出たにも関わらず会議を急がせるとは、なかなかどうしてお上品な育ちをしているねえ。ゲーリーくん、ファビオくん」
その言葉に、ゲーリーが即座に返す。
「ヒルデ殿、我々はセレスティアの安全を」
「安全? くっくっく。あっはっは!」
ヒルデの笑い声が部屋に広がる。
「契約以上の魔具を供給を要求し、研究の手を削り、外出制限で市民を縛り、王都騎士団に幅を利かせる。それで得られるものはセレスティアの安全ではなく、王都へ忠誠なのではないか? ゲーリーくん」
ファビオが言う。
「感情で語るべきではありません。今は緊急事態なのです。一刻も早くこの窮地を脱せねばいけないのです」
「窮地? 誰のせいでこの窮地が起こっているのだね? そもそも言えば、王都の体たらくが招いた結果だろうに。それなのに、我々が王都の下に着く? 窮地に陥ってもいない我々が? バカげたことは寝てから夢の中で言ってくれたまえ、ファビオくん」
ヒルデは一息で言い切った。
視線などない。この評議会の場にいるのは領主だけなのだから。
だが、ヒルデがカスパルのひび割れた結晶へ視線を落としたのは明白だった。
「カスパルくんが殺された。だから王都に従え? だから騎士団に権限を渡せ? ふざけたことを言うものじゃない。何もできない無能共が、でかい口を利くのも大概にしろと言ってやりたいものだ。そうは思はないかい? 領主殿」
怒りが含まれた言葉に、領主が唾を飲む。
「知的好奇心のために研究をし、満足感を得るために開発をし続ける。そのために必要なものは自由だよ。それを邪魔するのであれば、王都といえどただではおかない」
ヒルデの言葉は危うい。反逆を企てていると思われてもおかしくはないだろう。
だが真っ直ぐで、セレスティアの理念に沿っている。
その時、最後の結晶が遅れて点いた。
工房連合代表の紋章が浮かぶ。声が入る前に、荒い息が聞こえた。
「遅れた。悪いな」
ドリアーノ、老人の声だった。そこには痛みを押し殺す荒さがある。
「道端で王都の暗殺部隊に襲われたぞ。なんとか生きてはいるが……。カスパルはやられたようだな」
ゲーリーがすぐに言う。
「ドリアーノ、感情に流されるな。だからこそ王都騎士団の」
「黙れ」
ドリアーノの一言が、部屋の温度を下げた。
「今夜の襲撃は偶然じゃねえ。仕掛けて来たのは王族が飼いならす暗殺部隊だぞ? 間違いなく王都と繋がってやがる。……誰が呼び込んだかは知らねえがな」
「あ、暗部だと? 証拠はあるのか?」
「証拠? 腹の傷が証拠だって見せてやりてえところだがな。うちに来るか?」
「冗談を言っている時間はありません」
「じゃあ後で見せてやるよ。暗殺部隊の紋章が刻まれた仮面をな」
ドリアーノの言葉に、場が沈黙した。
「議題に戻る。時間内に結論を出さねばならん」
領主が場を整えるように話しを進める。
ゲーリーがすかさず押す。
「なら投票を始めましょう。王都の要請に従う。契約以上の魔具の供給を行い、外出制限を設け、王都騎士団の自由権限を認める。これが住民のため。私は王都の提案に賛成です」
その言葉に、ヒルデが笑う。
「ふっ。そこまで堂々とセレスティアの首を締める提案を受け入れるとは……。研究を一度は志した者とは思えぬ落ちぶれっぷりだ。失望したよ、ゲーリーくん」
「ヒルデ殿。投票の場で口は慎むように」
領主の忠告に、ヒルデは無言で返す。
「私も王都の提案を受け入れることに賛成します。いまは非常事態です。すぐにでも助けを求め、普段のセレスティアを取り戻すべきなのです」
ファビオが続き、賛成が二票となる。
「私は反対します。王都の提案を受け入れては研究が止まります。研究が止まるということは医療も止まります。供給を無理に増やせば品質が落ち、結果として救えない命が出てしまいます。それを私は容認しません」
ベリットが静かに言った。
「反対だ。ただでさえ工房の手が足りてねえのに、王都に渡せる魔具を作ってる暇なんざどこにもねえんだよ。欲しけりゃ自分達で作ってみろや」
ドリアーノが続ける。
そして最後に、ヒルデが締める。
「反対。セレスティアはセレスティアだ。王都の恐怖政治に屈する必要はない」
それを聞き、領主は深く息を吐いた。
安心したからか、或いは解放されたからか。
「結果。賛成。ゲーリー、ファビオ。二票。反対。ヒルデ、ベリット、ドリアーノ。三票。よって、議案一、二は否決。セレスティアは契約以上の魔具の供給を拒み、外出制限・王都騎士団権限強化を採用しないこととする」
宣言が落ちた瞬間、部屋の空気が少しだけ軽くなる。
だが同時に、この場にいる誰もが気付いていた。
王都は引かない。
既に暗殺部隊が向けられたのだ。セレスティアが素知らぬ振りをしたとしても、彼等は手を緩めないだろう。
領主は結晶越しの五つの声へ、慎重に問いを投げた。
「では、最後に確認を。……仮に、偽王女を見つけた場合。セレスティアはどう扱う?」
「当然、王都へ引き渡しましょう。混乱の火種は早く消すべきです」
すぐに答えたのはゲーリーが即答だ。
そして、ファビオも続く。
「同意します。王の偽者など……。さすがのセレスティアにも荷が重いかと」
その言葉に、ヒルデが笑った。
「あっはっは! ここまで来ると逆に面白い。本当に彼らはセレスティアの評議員なのかい? 疑問はなかなか絶えないものだ」
「偽者と断じる基準が必要です。似た者を全て王都に送るのですか?」
「この街は研究の街だろうが、判定は証拠でしやがれ。王都でやるより間違いねぇ」
投票のようなやりとりを聞き、領主は頷き、まとめる。
「偽王女と疑われる者を見つけた場合、セレスティアは一時保護し、評議会の判断が下るまで王都騎士団へ引き渡さない。判定は厳選なるものとし、研究者席の手段で真偽の判定する。これに異議は?」
ゲーリーとファビオがなにかを言いかける。だが、反対側の意見が強い。なにを言ったところで引っ繰り返せる糸口は見えない。
「よろしい。なかなかどうして、領主様。今日はお飾りらしくない。なにかいいことでもあったのかな?」
ヒルデの言葉に、領主は返さない。ただ、黒く沈黙するひび割れた結晶。死んだ評議員、カスパルの結晶がいつまでも冷たく転がっている。
セレスティアは投票で街を守る。だからこそ、投票を奪いたい者はまず席を殺す。
領主は胸の奥で、その意味を噛み締めた。
この夜から、研究都市の戦いも始まったのだと。




