第14話 王を支える者
研究所の奥には、窓があった。
外から見れば古びた倉庫の壁。誰が見てもガラクタのゴミ捨て場と立ち去るだろう。
だが内側から見ると違う。壁の内側に埋め込まれた術式が、外の景色だけを切り取って映す。外からは見えない。中からだけ、外が見える窓のようなものだ。
ラズはその前に立ち、セレスティアを眺めていた。夜にも関わらず外は明るい。魔具の灯は火よりも均一で、温かみはないが辺りを照らすには申し分ない。供給され続ける魔力が切れることが無い限り、この光は保たれる。
そして、その光は人を平等に照らし出す。民も、騎士も、暗部の人間も。
「怪しい奴等が混ざってるな」
一見するとただの通行人。人混みの一人に過ぎないはずの男。決められた歩幅は地を滑るように軽やかな足運びをしている。目を輝かせて辺りを見渡す姿は観光客を演じているのか、しかし瞳の奥に感情はない。
先頭を行く者の後ろを等間隔で、同じようにもう一人が進み、さらに後ろをもう一人が歩く。王都でもそうだったが、暗部は三人一組を基本として動いているようだ。
「あそこまで完成され過ぎてると、逆にわかりやすいな」
一糸乱れぬとはよく言ったものだが、どれだけ仕込まれればそこまで崩さずいられるのか。騎士団の隊列がおままごとのように思えるほど、彼等の動きは統率されている。
三人目が視界から消えたところで、背後から布が擦れる音がした。
振り返ると、そこにはアリス。
ローブのフードは下ろされ、金色の髪が寝癖で少し跳ねていた。蒼い瞳は半分だけ開いており、ぼんやりとこちらを見つめている。頬が朱色に染まり、乾いた唇を無意識に舐めた。
「まるで子供だな」
「なに?」
「いや、なにも。起きたのか?」
ラズが問うと、アリスは頷く。
「うん……。師匠は、まだ?」
「もう少しかかるそうだ」
アリスは目を擦りながらラズの横まで来た。
窓に顔を近づけ、外の灯りを眺める。
「外、見えるんだ」
「外からは見えないらしい」
「昔も、こうだった」
懐かしむように言ってから、アリスはラズを見上げる。
「……ラズ、ずっとここにいたの?」
「見張りは必要だろ?」
「少しは休んだら?」
「問題ない。休まないことには慣れてるからな」
「でも」
「心配するな」
強く拒否するラズに、アリスはムッと頬を膨らませた。
「ラズ、真面目すぎ」
「誉め言葉として受け取っておく」
ラズはアリスの言葉を受け流し、外へ視線を戻した。
アリスもそれにつられて外を見て、しばらく黙る。
セレスティアの夜は静かだ。明るさこそあれど、王都ほど騒がしくない。
けれど、人は行き交い、その静けさが逆に怖い。
「……ねえ、ラズ」
「どうした?」
「外、どうだった?」
不意の問いに、ラズが返事が遅れる。
「偵察してきたんでしょ?」
「なんでそう思う」
「ラズだったらしてきてそうだなって。思っただけ」
ラズを見上げるアリスの瞳。
「ここ数日で、あなたのこと、なんとなくわかってきたから」
まだ寝ぼけているのか、目を覚ましているのか、見極めるのは難しい。
なんにしても、ここで嘘を吐く必要はない。
「アリスを見たと、通報があったそうだ」
「そう……。もう見つかっちゃった?」
「偽者が流したデマだ。そうやって民衆を動かそうとしてる。偽者がいるかも知れないから周りをよく見ろと、緊張感を出させることが目的だ」
「なによそれ。みんなまで巻き込んで、酷くない?」
「酷いな。だが、あいつらが酷くないことがあったか?」
王を毒殺し、アリスに暗殺をしかけ、偽物を用意して王座から追い出した。
挙句の果てには偽者扱いして指名手配。
「そうね。酷さが一貫してて逆に感心しちゃうわ。そこまで悪人になれるんだって」
皮肉めいた言葉に、アリスの身体が微かに強張る。胸元に手を当てたが、そこに薬瓶はもうない。
薬瓶は今、ヒルデが解析中だ。
「師匠が、泣くか分析かなんて言った時、変な感じだった」
「変な感じ?」
「泣いていいって言われたの、久しぶりだったから」
口にした瞬間、アリスは悔しそうに唇を噛んだ。弱さを見せたくないという、強がりのようなものか。
ラズはそんな彼女を横目に、窓の外を見つめてぽつりと零す。
「泣いてもいい。今は俺がいる」
アリスが驚いたように顔を上げる。
そして。
「口説いてるつもり? 私が王女だから」
「ふっ」
その言葉に、ラズが噴出した。
「そういう風に俺を見てたのか?」
「そういうわけじゃないけど……。今のセリフを聞いたら誰でもそう思うわよ」
「なら言おう。そんなつもりはない」
「じゃあなんで」
「今までも、そういう役回りをしてきたからだ」
「役回り?」
「ああ。こう見えて部隊長をやってたからな。色んな奴の悩みを聞いては慰めてきた」
驚きか、アリスは瞳を大きく開いて瞬きを繰り返す。
「ラズが? 相談されてたの?」
「意外か?」
「意外って言うか……。接してて、そんな感じしなかったって言うか。ほら、あんまり喋らないじゃない? ラズって」
そうだったか? と数日間を振り返り、首を傾げるラズ。
「それこそ役回りだな。俺は部隊長だったからな」
「部隊長だったからやってたの? 大変だった?」
「そうだな」
ラズは懐かしむように視線を夜空に向け。
「大変だった。そもそも俺は、部隊長なんて柄じゃない」
「レイの方が適任だったって?」
問いに、ラズは思わず口元を緩める。
「王族の間でもそう言われてたのか?」
「ええ。ラズはレイの手柄を奪って部隊長になったって、よく聞いてたわ。本来ならレイが部隊長になるはずだって。ラズの強さを目の当りにしたら、そんな風には全く思えないけど」
「そいつはどうも」
だが、とラズは首を横に振る。
「俺もたいがい隊長に向いてないが、レイはもっと向いてない」
「そうなの? 功績は物凄かったけど」
「強い奴が隊長に相応しいかって言われたら、それは違う。王だって強い奴がなるわけじゃないだろ? それと同じだ」
「そう? ……そう、ね。そうかも知れないわ」
アリスは静かに頷いた後。
「ラズはいつも冷静なのね」
「そう見えるか?」
「ええ。出会った時からここに来るまで、ずっと冷静だったわ」
ラズはこれまでのことを振り返ってから、口を開いた。
「それも役回りだ。戦場で俺が冷静さを欠けば、部下が死ぬ。……いや、死んで来た。だから冷静でいることを心がけるし、それにも慣れた。それが部隊長としての役回りだ」
「……そっか」
アリスはカップを机に置き、ローブの袖を握った。
「なら、私もそうしなきゃ。冷静に立ち回って、この件を早く片付ける」
決意を瞳に宿して、気合いを入れるアリスに。
「その必要はない」
ラズはそれを否定する。
「アリスは王になるんだろ? だったら、感情を大切にした方がいい」
「どういうこと?」
「民衆の心を最後に動かすのは、人の感情だよ。冷静で合理的な判断じゃない」
ラズの言葉に、アリスが少しだけ目を見開く。
「王になるんだろ?」
問いに、アリスは暫くしてから頷いた。
「ええ。父上の無念を晴らして、私は王に返り咲く。絶対にね」
「だったら、今の感情を大切にしろ。民に寄り添い、接する人達を味方につけるんだ。冷静な部分は俺が請け負う」
アリスはその言葉を受けて、口を開く。
「……それが、今回のラズの役回り?」
意外な問いに、ラズは微かに微笑む。
「そうだな。アリスを王に導けるなら、なかなか贅沢な役回りだ。悪くない」
ラズの声は冷静そのものだが、言葉には熱が込められている。
アリスは返事を忘れ、その言葉を受け止めるように頷いた。
微かに笑うラズの横顔は、灯りに照らされ普段より穏やかに見える。
たったそれだけで、アリスの肩肘から力が抜ける。
そこで、研究所の奥。薬品の匂いが濃い方から、かすかな音がした。ガラスが触れ合う乾いた音と、紙をめくる音。術式が起動する唸りが響く。
アリスはその方向を向き、横顔をラズが見つめる。
ふと頭に浮かんだ言葉は口にはしない。
外の白い灯が、少しだけ強くなった。
夜が深くなるほど、街は静かに研ぎ澄まされていくようだった。




