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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第12話 化学魔法の街

 森を抜け、丘を越え、セレスティアへ向かう街道に出た頃には、検問が目に見えて増えていた。簡易の詰所が作られ、騎士が二人一組で立ち、通行人の荷を確かめている。


 ラズはフードを深く被ったまま、草陰から遠目に検問を覗く。


「セレスティアに近付くにつれて増えてるな」


「治安維持って言い訳で無茶苦茶してるわ」


 ここに来るまでも何度か簡易の詰所で検問されている商人たちを見てきたが、商売道具や食料を言いがかりに近い疑いで奪われていた。


 騎士達もいきなり検問を始めろと言われ、不満が溜まってるようだ。それを八つ当たりの様に民衆にぶつけている。


「一番の目的は俺達を捕まえることだろうけどな」


 自分たちのせいで民衆が苦しめられているというのは事実。


「ええ。だから、早く行きましょう。……ラズが許可してくれるなら、検問してる奴等を懲らしめてやるのに」


「そんなことしたら居場所がすぐにバレるだろうが」


「だから我慢してるの!」


 短いやり取りに、アリスが唇を噛んだ。けれど、歩みは止めない。


 二人はセレスティアの正門から離れた城壁まで近づいて――影に潜る。


 次に姿を現したのは化学魔法の街、セレスティアの中だ。


 人気のない住宅街の路地を暫く進み、大通りへと出る。


 すぐに聞こえて来たのは何気ない街の声。


 露店の前。干し肉を売る老婆と、袋を抱えた男性の会話。


「聞いたかい? アリス様が王座を継いだんだってさ」


「知ってるよ、何日も前の話じゃねえか。……逆にこの話は知ってるか? アリス様の偽者が現れたって」


「偽者? アリス様の? それはどういうことだい?」


 別の客が口を挟む。


「アリス様を名乗る者を見かけたら通報しろって、騎士団が言ってたぞ」


「通報って? アリス様をかい?」


「だから、継承式の最中にアリス様の偽者が出たんだとよ。ここのところ検問が厳しいだろ? それが理由さ。騎士団も躍起になって探してるらしいぜ。その偽者って奴を」


 噂が噂を呼ぶ。なにが真実でどこが嘘なのか、民衆も気付いていないようだ。だが、断片的なものでも話は広まっていく。


 アリスの足が止まった。蒼い瞳が声の方向へ向く。怒りが喉元までせり上がっているのは明白だ。


「行くぞ」


 察したラズがアリスの袖を軽く引っ張る。


「聞こえた?」


「聞こえた」


「私が指名手配されてるらしいわよ?」


「だからこそ足を止めるな。顔を知られてるんだから見られたら終わりだぞ」


 アリスの口が開きかけたが、次の会話が耳に入って口を閉じる。


「王都では夜間外出の規制だの、冒険者ギルドの制限だの。色んなことが厳しくなってってるらしいぜ」


「うへぇ~、それはご愁傷様だな。ま、オレ達には関係ないけど」


「ああ、セレスティアはセレスティア。評議会は王都の言いなりになりやしない。アリス様の政策にも懐疑的だしな」


「そもそも今のアリス様こそ偽者なんじゃないかって話も聞くぜ? 王になったからって変わり過ぎだろ?」


 アルゲンティア王国と言えど、一筋縄ではないらしい。


「先を急ぐぞ」


 アリスの言葉にラズは頷き、二人は大通りを進む。


 やがて街並みが変わり始めた。石造りの家の間を細い金属の管が走っている。街灯は火ではなく、淡い光を放つ魔具が規則正しく並び、道の端には水路が整備されていた。水車ではない、魔具に組み込まれた術式で回る小型の送水機が、静かに水を循環させている。


 王都よりも、魔具が生活に溶け込んでいる。


 荷車の車輪には滑らかな軸受け魔具。看板には自動で点滅する魔具。露店では料理を焼くのにすら魔具が使われている。


 まるで少しだけ未来が早く来たような、それが化学魔法の街、セレスティアだ。


「凄いな。こんな当たり前に魔具が使われてるのか」


「ええ。王都よりずっと生活に馴染んでいるわね」


 アリスは懐かしそうに周囲を見渡す。


「変わってない……。でも、増えてるわ」


「こういう便利なものは王都が先に取り入れそうなもんだが」


「魔具を開発したのはセレスティアよ。新型の試作も汎用品の量産もセレスティアがやってるの。王国の一部と言えど、それは変わらない。常に魔具の最先端を進むのがセレスティアよ」


 まるで自分の功績を誇るように、声を弾ませるアリス。王都よりもセレスティアに思い入れがあるような口ぶりだ。


 ラズ達は街の中心から外れた外壁へ足を向ける。人通りが少なくなり、店先の灯りも落ち着く。路地裏へ入ると空気が冷えた。狭く薄暗い路地には目を凝らさないと見つけることが難しい、小型の魔具が至る所に隠されている。


「ここよ」


 アリスが立ち止まったのは、何の変哲もない古い倉庫の前。錆びた取っ手が付いた鉄の扉。看板も明かりもない。


 ラズはそれを見ながら一言。


「ゴミ箱か?」


「ぷっ」


 横を見ると、アリスが頬を膨らませて笑いを堪えていた。


「なにを笑ってる」


「なんで私がラズをゴミ箱に連れて来るのよ。そんなわけないでしょ」


「それは……。そうだな。じゃあ」


「ちょっと見てて」


 倉庫の前で足踏みを規則正しく行った後、扉に指先を押し当てる。


「えっと……。上上。下下。右左。右左」


「なんだそれ」


「思い出しながらやってるんだから、喋りかけないで」


 真剣な表情で謎の行動を取り続けるアリスを見守るラズ。


 暫くしてからアリスは取っ手を掴み。


「丸眼鏡大好きクラブ」


「どうした急に?」


「黙ってて」


 アリスが言いながら魔力を注ぎ込むと、カチッと小さな音が鳴る。


 壁の一部が滑るようにずれ、ひと一人が通れるだけの隙間が出来上がる。


「懐かしい」


 アリスがぽつりと言い、隙間の中へ身を滑り込ませた。ラズもすぐ後に続く。扉は自動で閉まり、外の音が消えた。


 中は倉庫ではなかった。


 天井の高い研究室、目を細めるほど眩しい照明の数々。棚に並ぶ魔具部品、壁面に貼られた術式図。床には乱雑に捨てられた着替えや日用品が投げ捨てられている。空気は金属と薬品の匂いで満ちていた。


「誰かいるな」


 ラズが低く呟き腰に携えた剣に手を添える。


 人影が部屋の奥から現れた。


 白衣を着ているのに背丈は子どもほど。腰まで伸びた灰色の髪は無造作で、ところどころ跳ねている。肌は白く、顔立ちは少女めいているのに、瞳は底知れぬ深みを感じる灰色。


「おやおや、これはこれは。懐かしい客さんが来ているではないか、アリストリッド・アルゲンティアくん!」


 声はよく通る。小柄な身体から出ているとは思えないほどの声量だ。


「この人は?」


「ヒルデガルド・ヴァイスハイト。魔具を開発した張本人、私の師匠よ」


 ヒルデはゆっくりと椅子に座り、机に置かれたコップを袖の上から手で掴む。口に近付けたかと思いきや、なぜかニヤリと笑い首を傾げた。


「いや待ちたまえ。キミは本当にアリスくんかな? 王都では偽者が出たと聞く。キミはもしかして……。いやもしかしなくともキミはまさか!」


「ふざけないでください」


 アリスが即座に言う。冗談が混ざらない、怒鳴りにも近い声。


 それでもヒルデは楽しそうに笑いながら指を一本立てた。


「あっはっは! そう怒らないでくれたまえよ。こんな辺境に隠れているわたしの耳にすら偽アリスが現れたら通報しろという話が届いているのさ。疑わずにはいられまい? そこで仮アリスくん、証明してくれたまえ。キミが本物アリスくんなら研究室の倉庫、ごみ箱の棚の上から三段目、左から二列目に置かれた失敗作の名前を言えるはずだが?」


 アリスの顔が引きつった。


「……全自動肩揉みほぐし機のナゴミちゃん」


 嫌そうな言い方だった。


 まるで思い出したくもない過去を自ら喋らされているかのような。


 その発言に、ヒルデが手を叩いて笑う。


「ご名答! あのガラクタをその名で呼ぶのはキミしかいない! そうだろう? アリストリッド・アルゲンティア第一王女! いや、王と呼ぶべきかな?」


「やめてくださいその呼び方。あと、最初からわかってましたよね?」


「愚門だよ、わたしがキミを見間違えるわけがない!」


 ヒルデガルドは胸を張った。白衣の袖がぶかぶかで子どもっぽいのに、目は完全に師匠のそれだ。


「それで」


 ヒルデの笑みがすっと消え、視線がラズへと向けられた。


「彼は何者だい? なかなかどうして、面白い匂いがするが。まさか付き合っているとは言わんだろうね? 王座を捨てて駆け落ちかい?」


「違いますよ!」


「ラズだ。……アリス、本題に行った方がいいんじゃないか?」


 まともに取り合うのには面倒な性格をしていると即座に判断したラズが短く言うが、返事をしたのはヒルデだ。


「おやおや、随分と青いことを言う。時間がない時にする無駄話ほど、贅沢なものはないのだが……。それをわざわざ捨てるはもったいないとは思わないのかい? ラズ・グレイヴナイト元部隊長殿」


 幼い顔から向けられる、思想が読めない深い笑み。


「なぜ俺のことを?」


「キミの話しもわたしの耳に入ってる。ただそれだけさ。……まあ、いい。キミの事をいま話すのは時間の無駄さ。それで、王座を偽者に奪われた第一王女がなにをしにこんなところへ? まさか国盗りに付き合わされるわけではないだろうねえ」


 問いに、アリスが一歩前へ出た。


 胸元から布に包んだ薬瓶を取り出す。


「ヒルデさん。これを見てください」


 中身を瞬時に察したのか、ヒルデの瞳から笑みが消える。


「これはこれは恐ろしい弟子だ。わたしを殺すつもりかい? アリスくん」


「いえ。これは父上が飲んでいた治療薬です」


「ほぅ……。なかなかどうして、興味深いことを言う。いや、闇深いと言った方が適切かな?」


 アリスから薬瓶を受け取る手は小さく、指は細い。


 けれど動きは迷いがない。瓶を光にかざし、中身がぶつかり合うように強く降る。ラベルに書かれた文字を目を追いかけ、指先でなぞった。


 そして、今まで見せなかった温かみのある瞳で、アリスを見つめた。


「……毒、か。察するに余りある。アリスくん、よく無事にここまで逃げた」

 

 アリスその一言に目を伏せる。


 ヒルデは薬瓶を机に置き、手を広げた。


「キミに選択権を与えよう。わたしの胸で存分に泣くか。その間を惜しんでわたしに成分の分析をさせるかだ」


「成分の分析を」


 迷いのない言葉は、食いしばられた歯の隙間から零れる音だった。


 ヒルデは納得まじりの、呆れたような笑みを浮かべる。


「よろしい。数時間くれれば十分だ。それまで……。身体を休めているといい。研究所は好きに使いたまえ。キミがいた頃と何か変わってはいないから」


 余計な動きを見せず、余計な言葉を発さない。


 ヒルデは薬瓶を持って部屋の奥へと消えていく。


 アリスはしばらく動かなかった。


 胸の奥に溜まったものを押し込めるために、息を一度、深く吸う。


「どうする? ラズ」


「アリスは少し休め。警戒は俺がしておく」


「でも」


「ここまでまともに休むことも出来なかっただろ?」


 王都を出たから三日間、ここまで来るのに身体を休める余裕はなかった。


 常に追手を警戒し、森の中では魔物との戦闘。街道に出れば騎士や民衆に見つからないよう駆け抜けて、ようやくここまで辿り着いたのだ。


「ようやく少しは休める場所に来たんだ。まだ先は長い。今のうちに休んでおけ。俺達の戦いはこれからだ。違うか?」


 言いながらラズは散らばるモノを整理して横になれるスペースを確保する。


 休むように促すと、アリスは小さく頷く。


「……わかった。奥にお風呂があるから入らせてもらうわ。あと、隣が寝室になってるからそこで横になるわね」


「……そうか。なら、そうしろ」


 どこか恥ずかしそうに頭をかきながら、空けたスペースを無かったことにするラズ。


 何事もなかったかのように向き直るラズに、アリスは微笑む。


「ありがとね」


 そう言い残して、アリスは部屋を出た。

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