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追放された影の騎士は、偽王女に奪われた王都を取り戻す ―本物の第一王女と始める王国奪還物語―  作者: すなぎも


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第11話 追放の裏で待つ者

 銀色の煌めく髪に細い手足。まるで騎士とも思えぬ身体つきをしている背の低い女性が騎士団本部の門をくぐる。赤く光る眠たげな瞳が辺りを見渡し、探し人が見当たらなかったのか、溜息を吐いて歩き出す。


「お迎え。なかった」


 残念そうに呟く彼女を迎え入れたのは、忙しない怒号だ。


「巡回を倍にしろ? 無茶言うな、そんな人手いるわけないだろ!」


「南区の検問所が甘いぞ! 隣国のスパイが入り込んでたらどうするんだ!」


「ああもう! さっさと行け! 新人なんて言い訳は聞かないぞ!」


 鎧がぶつかり、石畳を叩く音が絶え間なく響き、騎士達が行き交う。憩いの場として使われていたはずの中庭が、これではまるで戦場だ。


「うるさい」


 レイの小さい一言。喧騒にかき消されるはずの音量しかないそれは、しかしその場にいる者達の視線を集めた。レイの前だけ不自然に道が割れ、すぐに騒がしい中庭に戻る。


 誰も声をかけない。彼女の銀髪と赤い瞳が、いつものように無言の圧になる。慌ただしさの中でさえ、同僚の騎士ですら一歩引く。


 廊下の角を曲がったところで、男が待っていた。紙束を抱えている細身の男性。口元だけ笑っており、レイを見てから丁寧に頭を下げた。


 副団長。ブルーノの側近だ。


「お帰りなさいませ、レイ副部隊長。いえ、部隊長とお呼びすべきでしょうか」


「要件は?」


 足を止め、短い声を返す。そこに一切の感情は感じられない。興味がなさそうな、氷のように冷たい声音。


 側近の笑みが微かに強張る。


「第三部隊長、ラズ・グレイヴナイトが騎士団から追放となりました」


 レイの顔は動かない。瞳も揺れない。呼吸も変わらない。


 外から見れば、無反応だ。


「事実?」


 側近は紙束から一枚を抜いて差し出す。


「処分決裁書でございます」


 レイは紙を受け取らない。赤い瞳が並ぶ列を追いかけていく。


 罪状。署名。そして、騎士団長の認印。


 瞬きをするレイを見て、側近がゆっくりと口を開く。


「隊長不在の折でして、ブルーノ副団長が言い渡しました。騎士団の秩序を保つべく、迅速にとの指示があったため」


 団長の不在。迅速に。秩序を保つために。副団長のブルーノが、部隊長であるラズに追放を言い渡した。


 レイは紙から目を離し、側近を見る。


「それで?」


「レイ・ルクスヴァイス殿。第三部隊隊長への任命、誠におめでとうございます」


 形式的な言葉に、心のない祝辞。感情こそ込められているように思えるが、そこにあるのは空っぽの音だ。


「そう」


 レイはそれだけ返し、紙の端に押された印を見つめていた。


 その姿を見て、側近の口元が微かに緩む。


「ラズは何をしたかったのでしょうか? レイ様の影に隠れ、身の程をわきまえていればよかったものの。団長の信用を裏切り、レイ様を悲しませ……。しかしまあ、所詮は張りぼての凡夫。追放がお似合いの罪人でしょうね」


 次の瞬間、音もなく剣が抜けた。


 白い光が一筋、廊下に走る。


 刃は側近の喉元で止まっていた。触れてはいない。だが、風圧で切れた肌から剣先に血が伝う。


「ひっ……!?」


 レイは感情のない目で、側近を睨みつけていた。


「なんて?」


 声は低く、向けられた剣のように鋭い。


「もう一度、言って?」


「い、いえ、そのっ」


「殺すから」


 側近は後ずさろうとしたが、背中が壁に当たった。逃げ道がない。汗が額から垂れ、言葉にならない音が漏れ続ける。


 レイの剣先は微動だにしない。赤い瞳だけが、相手を見据える。


「……ふんっ」


 レイは剣を鞘へと納め、腰が抜けそうになり壁に手をつく側近に背を向ける。何事もなかったかのように廊下を歩き出すと、すれ違う騎士たちが一斉に姿勢を正した。


 敬礼の動きだけが揃い、声は出ない。誰も目を合わせない。まるで触れてはいけないものを見るように。


 先の廊下で、乱暴な足音が響いた。振り返らなくてもわかる。


 血走った目でレイを睨みつけるのはブルーノだ。


 片腕は肩口から失われ、空になった袖が乱暴に揺れている。包帯の下から滲んだ赤が、まだ乾き切っていない。表情は怒りに支配され、まともな理性は残っていないように見える。


「レイ、てめぇ!」


 怒鳴り声が廊下に響く。騎士達が一斉に息を呑み、道の端へ退いた。


「お前のせいだ! あのクソ野郎……。ラズのせいで!」


 レイは足を止めなかった。見向きもしない。


「待てっつってんだろ、レイ!」


 さらに怒鳴りながら、ブルーノが肩でぶつかるように前へ出る。片腕を失ってなお体格は大きい。だが、踏み込みは雑で、怒りに任せているだけだった。


「無視するんじゃねえ! どこに行ってやがった!」


 レイはそこでようやく立ち止まる。


 ゆっくりと振り返った赤い瞳に、廊下の空気が凍った。


「うるさい」


「あぁ!?」


 ブルーノが残った片腕を振り上げる。


 次の瞬間、白い光がその場を支配した。


「ぐぁっ!?」


 眩しさに目を潰されたブルーノが呻きを挙げる。


 よろめく大男に、レイが剣の柄を鳩尾に強く打ち込む。


「がっ!」


 鈍い音。


 ブルーノはその場に崩れ、息を詰まらせたまま立ち上がれない。怒鳴り返すことすらできず、口から苦しげな音だけが漏れる。


 レイは感情のない目でそれを見下ろした。


「任務でいなかった。それだけ」


 短い言葉に、ブルーノの顔が引きつる。


 レイは興味を失ったように視線を外し、そのまま踵を返した。


 廊下の騎士達は誰一人声を出せない。


「肩書だけの雑魚。ラズの方が、ずっと強い」


 そう言い残して、レイはそのまま自室へ戻った。


 扉を閉め、椅子に腰を下ろす。部屋に立てかけられた写真を見つめ、短く息を吐く。


「どこにいるの?」


 写真の中で笑うラズを想う。産まれ、共に育ち、孤児になった時でさえ一緒にいた相手。不器用な癖に仲間想いで、損な役回りを自ら買って出る頼りになる背中。


「大丈夫。すぐに行くから。いつもみたいに」


 レイの自然と浮かべられた笑みを見たことがあるのは、ラズと他の数名程だろう。


 一息吐いてから、レイは現状を整理する。


 ラズが騎士団から追放され、自分は第三部隊長に任命された。処分決裁書には団長の印が押されていた。そのことを踏まえると、これまで育ててくれた団長も敵。或いはなにか理由があるのか。


 レイをラズと一緒に追放しなかったのは、二人に組まれると手に負えなくなるから。それともレイには騎士団にいてもらった方がいい理由があるのか。


「……ラズだけなら、なんとかなると思ってるんだ?」


 なにもわかってない。


 団長も、副団長も。この世界にいる人は、ラズのことをなにも理解してない。


「私だけ。ラズのこと、わかってればいい」


 赤い瞳が、静かに燃えた。


 怒りではない。熱でもない。もっと冷たい、冷静な思考。


「待っててね、ラズ」


 彼女はそう呟いて、写真を胸に強く抱いた。

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