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【連載版】加護なしの第八王女は、前世が社畜だったので王宮生活がイージーモードにしか見えない  作者: 茨木野


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93/139

93.

 王都の外れに設営された帝国の野営地には、パチパチと薪が爆ぜる心地よい音と、大鍋から立ち上る肉と野菜の甘く温かな香りが漂っていた。


 ミシェルとギデオンがエステラを連れて帰還すると、すでに医療班の手当てを終え、温かいスープの入った木組みの椀を持っていた子供たちが、一斉に顔を上げた。


「わああっ、エステラお姉ちゃんっ」


 子供たちは椀を置き、わんわんと泣き声を上げながらエステラのもとへ駆け寄っていく。

 エステラは泥に汚れた膝を折り、小さな体ごと彼らをきつく抱きしめた。


「ごめんね……。みんな、怖い思いをさせてごめんなさい……」


 エステラの目から、安堵の涙がとめどなく溢れ落ちる。

 子供たちの柔らかな温もりを腕の中に確かめながら、彼女は何度も何度も謝罪と感謝の言葉を繰り返した。


 一しきり涙を流した後、エステラは立ち上がり、静かに見守っていたミシェルに向かって深く頭を下げた。


「ミシェル様。子供たちを、そして私を救っていただき、本当にありがとうございました。……あの、私はこれから、どうなるのでしょうか」


「面接だと言ったはずです。貴女には、わたしの息子であるカイウス、および帝国で働く母たちの、子供の世話を任せたいのです」


 ミシェルの淡々とした言葉に、エステラは驚きに目を丸くした。


「子供の世話を……。ですが、私にはこの孤児院の子供たちが。彼らを置いて、帝国へ行くことなど」


「論理的思考が足りていませんね。無論、この子たちも一緒に帝国へ連れて行きます。安全で衛生的な居住施設と、質の高い教育を国が保証しましょう」


 ミシェルは中指で静かに眼鏡のブリッジを押し上げ、驚愕するエステラにむけて、さらに完璧な条件を提示していく。


「もちろん、一人ですべてを抱え込ませるような非効率な真似はさせません。専門の教育人員を大幅に増やし、貴女にはその統括をしてもらいます。適正な賃金も支払いますし、定期的な休みが確実に取れるよう、シフト管理も徹底します」


 それは、長年ギリギリの資金と一人きりの責任で孤児院を回してきたエステラにとって、想像すらできないほど破格の、超ホワイトな待遇であった。


「ぶわっ……。め、女神様……っ」


 エステラの瞳から再び大粒の涙が吹き出し、彼女はその場にガクンと膝から崩れ落ちた。

 そして、まるで神を崇める信徒のように、両手を胸の前で固く組んで祈りを捧げ始めたのである。


「やはり、貴女様は天が遣わした本物の女神様だったのですね……っ。一生、この身を粉にしてお仕えいたします」


「は」


 エステラの突然の信仰告白に、ミシェルは怪訝そうに眉をひそめた。

 さらに困ったことに、院長の姿を見た子供たちまでが、ミシェルの周りに集まって小さな手を合わせ始める。


「女神さまー」

「ありがとう、女神さまー」


「……神扱いなど、ひどく非科学的です。わたしはただ、国家の利益のために最適な投資を行っているだけなのですが。非常に困るのですが」


 論理的思考の塊であるミシェルは、向けられる純粋な信仰の眼差しにひどく困惑し、無意識のうちにぷくっと頬を膨らませた。

 普段の氷のような冷徹妃からは想像もつかない、だらしなくも可愛らしい反応である。


 その神聖で、かつ騒がしい空気の中。

 背後で腕を組んでいた巨大な皇帝ギデオンが、尊大に足を踏み鳴らし、えっへんと胸を張って割って入ってきた。


「ふっ。お前たちが崇めたくなる気持ちはよくわかるがな。だが、覚えておけ。俺の女神は、このミシェルだけだ」


 誰にも聞かれていないのに、そして今の状況に全く関係がないのに、ギデオンはドヤ顔で熱烈なのろけを放った。

 そのあまりにも堂々とした的外れな宣言に、エステラも子供たちも、きょとんと首を傾げる。


「貴方は少し、黙っていてください。余計に話がややこしくなります」


 ミシェルは冷たくあしらいながらも、その頬はほんのりと朱に染まっていた。

 パチパチと燃える焚き火の音と、子供たちの無邪気な笑い声。

 帝国に新たな希望の光を迎え入れた夜は、ひどく温かく、そして平和に更けていくのであった。


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