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【連載版】加護なしの第八王女は、前世が社畜だったので王宮生活がイージーモードにしか見えない  作者: 茨木野


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92/137

92.

王都の外れに広がる、鬱蒼とした深い森の奥底。

 陽の光すら届かない洞窟の中に、野盗たちの隠れ家であるアジトが存在していた。


 洞窟の内部には、安酒の饐えた臭いと、カビ臭い土の匂いが充満している。

 薄暗い松明の炎が揺らぐ中、下劣な笑い声を上げる男たちに囲まれ、一人の女性が壁際に追い詰められていた。


 孤児院の院長であり、保母のエステラである。

 彼女の服は土に汚れ、恐怖で肩をガタガタと震わせていたが、その両腕は自身の身を守るように固く抱きしめられていた。


「ぐへへへ。いい度胸してるじゃねえか。ガキどもを逃がすために、自ら囮になるとはな」


「だが、もう逃げ場はねえぞ。俺たちの慰み者になってもらうからな」


 野盗の頭目が、黄色い歯を剥き出しにしてにじり寄ってくる。

 エステラは絶望に目を閉じ、冷たい岩壁に背中を押し付けた。


 子供たちは無事だろうか。誰か、あの子たちを助けて。

 自身の貞操や命よりも、残してきた幼子たちの安否を思い、エステラは震える唇で祈りを捧げる。


「神様……。どうか、あの子たちに救いの手を……っ」


 彼女が天に縋った、まさにその瞬間であった。


 ズドォォォォォンッ。


 洞窟全体を揺るがす、凄まじい爆発音が轟いた。

 入り口を塞いでいた分厚い岩の扉が木っ端微塵に粉砕され、大量の土煙と瓦礫がアジトの中に吹き荒れる。


「な、なんだっ。何事だっ」


 突風に煽られ、野盗たちが悲鳴を上げて床に転がる。

 もうもうと立ち込める土煙の中から、コツ、コツ、とヒールの足音が静かに響いてきた。


 薄暗い洞窟に、そこだけ月光が差し込んだかのような錯覚。

 銀色の髪を美しく束ね、氷のように澄んだ瞳を持った女性が、悠然と姿を現したのだ。


 冷徹妃、ミシェルである。

 一切の感情を排した無表情のまま、彼女は野盗たちをゴミでも見るような冷たい視線で見下ろした。


「ああ……。女神様……」


 そのあまりにも現実離れした美しさと、凛とした佇まいに、エステラは呼吸を忘れた。

 土煙を背負って立つミシェルの姿は、絶望の淵に現れた女神そのものに見えたのだ。


「な、なんだ貴様はっ。どこから入り込みやがったっ」


 混乱からいち早く立ち直った野盗の頭目が、血走った目でミシェルを睨みつける。

 そして、腰から錆びた蛮刀を引き抜くと、真っ直ぐにミシェルへと躍りかかった。


「死ねぇっ、女ぁっ」


 野盗の刃が、ミシェルの華奢な首筋へと迫る。

 エステラが危ないと悲鳴を上げた、その時であった。


「俺の女に、薄汚い刃を向けるな」


 地鳴りのような低い声と共に、巨大な影がミシェルの前に立ち塞がった。

 鋼鉄の肉体を誇る覇王、ギデオンである。


 ギデオンは振り下ろされた蛮刀を、素手で無造作に掴み取った。

 ギリィッと嫌な音が鳴り、分厚い鋼の刃があっさりと砕け散る。


「な、だと……っ」


 頭目が驚愕に目を剥いた瞬間、ギデオンの巨大な拳がその腹部に深々とめり込んだ。


 ドゴォォォォンッ。


 凄まじい衝撃音と共に、頭目の体がくの字に折れ曲がり、砲弾のような速度で吹き飛んでいく。

 洞窟の奥の岩壁に激突し、カハッと血を吐いて、そのまま白目を剥いて壁にめり込んだ。


「ひぃぃぃっ、ば、化け物だぁっ」


 一瞬にして頭目をスクラップにされた残りの野盗たちが、腰を抜かして這いずり回る。

 ギデオンは拳についた埃を払い、不敵な笑みを浮かべて白い歯を見せた。


「なんだ貴様だと。愚問だな。その後ろの女に聞いたか」


 ギデオンは太い親指で、背後に立つミシェルを誇らしげに指し示す。

 そして、分厚い胸板を張って堂々と宣言した。


「俺のミシェルは、女神だ」


 覇王の放った熱烈なのろけ言葉が、洞窟の中に反響する。

 それを聞いたエステラは、やはり自分の直感は間違っていなかったのだと、目をキラキラと輝かせて両手を組み合わせた。


「やはり……。貴女様は、天が遣わした女神様だったのですね……」


 エステラが感極まった声で呟き、うっとりとミシェルを見つめる。

 凄惨な暴力の現場であるにも関わらず、そこだけ宗教画のような神聖な空気が流れていた。


 しかし。


「違います」


 ミシェルは中指で静かに眼鏡のブリッジを押し上げ、絶対零度の声で即座に否定した。


「わたしは帝国の文官であり、カイウスの教育担当です。神や女神といった非科学的な概念で呼ぶのはやめてください。データの入力エラーになります」


「えっ」


「それに、ギデオン。貴方はまた、無駄に力を込めて壁を破壊しましたね。あれでは洞窟が崩落するリスクが跳ね上がります。力加減という概念を、いつになったら学習するのですか」


 ミシェルはため息をつきながら、見当違いな発言をしたエステラと、ドヤ顔をしていたギデオンの両方を、冷たい視線でまとめて切り捨てた。


「ぐぬっ。俺はかっこよく敵を倒したというのにっ。なぜ怒られるのだっ」


 ギデオンがガックリと項垂れ、大きな体を丸めて膝から崩れ落ちる。

 先ほどまでの覇王の威厳はどこへやら、完全に叱られた大型犬の姿であった。


「あ、あの……」


 エステラは戸惑いながらも、女神のような美貌と、事務官としての冷徹さを併せ持つミシェルを、不思議そうに見つめる。


「怪我はありませんね、エステラ。孤児院の子供たちはすでに我が帝国の医療班が保護しました。全員無事です。貴方には、これから少しばかり『面接』を受けてもらいますよ」


「面接……ですか」


 ミシェルは気絶している野盗たちを一瞥すらすることなく、エステラに向かって涼しい顔で手を差し伸べた。

 理不尽な暴力から救い出してくれた、冷たくも頼もしいその手に。

 エステラは戸惑いながらも、希望に満ちた表情でそっと自分の手を重ねるのであった。

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