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【連載版】加護なしの第八王女は、前世が社畜だったので王宮生活がイージーモードにしか見えない  作者: 茨木野


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81.


 帝城の一角にあるミシェルの執務室は、うずたかく積まれた書類の山によって、まるで要塞のような様相を呈していた。


 その書類の山の隙間から、副官であるティルが半泣きの顔を覗かせている。

 彼女の小さな手には、封蝋が押された分厚い抗議文が何十通も握りしめられていた。


「ミシェル様、大変ですぅ。財務会議を通過した『初期教育支援事業』の予算について、保守派の貴族たちから抗議の書状が殺到しているですぅ」


 ティルは重たい書類を机の上にドサリと置き、疲労困憊といった様子で肩で息をした。


「彼ら曰く、『孤児や知恵遅れの子供に教育を施しても、すぐに目に見える利益には繋がらない。そのような不確かな事業に多額の血税を 投入するのは、国家に対する反逆行為に等しい』とのことですぅ。完全にミシェル様を失脚させる気満々ですよぉ」


 悲鳴に近いティルの報告を聞きながらも、ミシェルは表情一つ変えることはなかった。

 手にした万年筆をリズミカルに走らせ、次々と別の決裁書類にサインをしていく。

 その氷のように澄んだ瞳は、抗議文の山を一瞥しただけで、再び手元の書類へと戻っていた。


「やれやれ、相変わらず愚かな連中だね」


 窓辺のソファに腰掛けていた大賢者ピクシーが、手に持った杖をくるくると回しながら深い深いため息をついた。


「いくらミシェルが完璧なデータで予測を示したところで、彼らの空っぽな頭には届かないのさ。教育や人材育成というものは、実際の成果が出るまでに十年、二十年という長い歳月が必要になる」


 ピクシーは肩をすくめ、呆れたように苦笑する。


「愚か者というものは、明日のパンの数しか計算できない生き物なんだ。十年後の豊かな国よりも、今日の自分たちの懐に入る金貨の方が重要だと思っている。だから、成果がすぐに見えない投資を『無駄遣い』だと騒ぎ立てるのさ」


 ピクシーの分析に、ティルがコクコクと激しく頷く。

 それでもミシェルのペンの動きは止まらなかった。


「彼らの理解力など、最初から期待していません。予算の決済はすでに皇帝の承認を得て可決しています。今更どれだけ紙切れを送りつけてこようと、ただの資源の無駄遣いに過ぎません。すべて焼却炉に持っていきなさい」


 ミシェルは事務的に言い捨てると、ようやくペンを置いて視線を下に向けた。

 広大な執務室の床には、分厚い絨毯が敷かれている。

 そこでは、巨大な皇帝ギデオンと三歳のカイウスが、腹ばいになりながら特注の積み木で遊んでいた。


 ギデオンは真剣な顔で積み木を高く積み上げ、カイウスがそれを楽しそうに見守っている。

 つい先日まで何に対しても怯えていたカイウスが、こうして安心して遊びに夢中になれるようになっただけでも、教育投資の初期成果としては十分すぎるほどのデータであった。


 ミシェルは静かに中指で眼鏡のブリッジを押し上げると、床で遊ぶ巨大な覇王に向かって、短く、冷徹に命じた。


「ギデオン、やれ」


 その一言に、ギデオンは積み木を重ねる手をピタリと止めた。

 そして、ゆっくりと体を起こし、口角を吊り上げて凶悪な笑みを浮かべる。


「心得た」


 ギデオンは首の骨をゴキゴキと鳴らしながら立ち上がった。

 その顔は、先程まで三歳児と張り合って遊んでいた男のものとは完全に別物である。

 戦場に向かう魔王の如き覇気が、その巨大な肉体から立ち上っていた。


「カイウス、少し待っていろ。俺は今から、帝国の害虫を駆除してくる。すぐに戻るからな」


 ギデオンはカイウスの金糸の髪を大きな手で乱暴に撫でると、マントを翻して悠然と執務室を出て行った。

 そのあまりにも頼もしく、そして恐ろしい背中を見送りながら、ティルが顔を引きつらせて呟く。


「……ミシェル様。これ、もしかして一番手っ取り早い物理的な解決手段に出たですぅ」


「データで理解できないのであれば、本能で理解させるしかありません。タイムイズマネーです。時間の節約になりますよ」


 ミシェルは再び万年筆を手に取り、何事もなかったかのように書類仕事に戻るのであった。



 帝都の高級住宅街に位置する、マーストン伯爵の豪奢な別邸。

 その地下にある隠し部屋では、数人の保守派貴族たちが分厚い絨毯の上に集まり、高価な年代物のワインを傾けていた。


 部屋には甘い葉巻の煙が充満し、テーブルの上には豪華な肉料理が並べられている。

 彼らは赤ら顔でグラスを合わせ、下劣な笑い声を上げていた。


「あの小賢しい冷徹妃め。予算会議を強行突破しおって。だが、我らが連日これだけの抗議文を送りつければ、いくら皇帝の寵愛を受けていようと無傷では済むまい」

「左様ですな。そもそも、孤児や知恵遅れに学問など無用の長物。そのようなものに投じる金があるなら、我らの領地の税率を下げるべきなのだ。すぐに目に見える利益を生み出さない政策など、政治とは呼べん」


 マーストン伯爵が不満げに鼻を鳴らし、ワインを一気に飲み干す。

 彼らはミシェルが推し進める長期的な国家戦略を理解しようともせず、ただ自分たちの既得権益を守ることだけを考えていた。


「明日の定例会議で、もう一度この件を蒸し返してやろう。あの冷たい女の鼻を明かしてやるのだ」

「賛成だ。我ら伝統ある貴族の力を見せつけて……」


 貴族の一人が意気揚々と声を上げた、その瞬間であった。

 ズドォォォォン。

 別邸の地下室の分厚い石壁が、凄まじい轟音と共に粉々に吹き飛んだ。


 飛び散る瓦礫と土煙。

 豪華なテーブルは真っ二つに割れ、高価なワインが床に赤い染みを作っていく。

 突然の爆発に、貴族たちは悲鳴を上げて床に這いつくばり、頭を抱えた。


「な、なんだっ。何が起きたのだっ」


 マーストン伯爵が咳き込みながら土煙の向こうを凝視する。

 そこに立っていたのは、鋼のような筋肉の鎧を纏い、怒りで髪を逆立てた巨大な大男であった。


 帝国を統べる絶対的な覇王、ギデオンである。

 彼は血走った目で部屋の中を見渡し、重い足取りで一歩、また一歩と踏み込んできた。

 その足裏で、砕けた石の破片がジャリジャリと不気味な音を立てる。


「お前ら」


 地鳴りのような低い声が、地下室の空気を震わせた。


「俺のミシェルの決定に、なにか不服でもあるのか」


「ひぃっ、へ、陛下っ」


 ギデオンの圧倒的な殺気に当てられ、貴族たちは一斉に腰を抜かした。

 彼らはガタガタと震えながら、壁際へと後ずさっていく。

 ギデオンはマーストン伯爵の胸ぐらを片手で掴み上げ、軽々と空中に吊り下げた。


「あの予算は、カイウス一人に金をやるわけではない。帝国全土の未来を担う子供たちに、平等に投資すると言っているのだ。それがこの国の地力を底上げする最も確実な道だからだ」


「げほっ、し、しかし陛下っ。そのような事業、成果が出るまでに何年もかかりますっ。我らには、もっと即効性のある利益が」


 伯爵が必死に弁明しようとするが、ギデオンは凶悪な笑みを深め、さらに高く彼を吊り上げた。


「お前らは何が不満だ。そんなにすぐ成果がほしいのか」


「ひぃっ」


「ミシェルの十年先の計算が待てないというのであれば、仕方がない。お前たちの要望通り、俺も貴様らに『すぐに成果が出るように』要求してやろう」


 ギデオンの瞳が、爬虫類のように冷たく細められた。


「明日の朝までに、貴様らの領地の税収を十倍にしろ」


「なっ……。そ、そんな無茶なっ。たった一晩で税収を十倍など、物理的に不可能ですっ」


「不可能だと」


 ギデオンは伯爵を床に叩きつけると、ずしりと重い足音を立てて貴族たちを見下ろした。


「すぐに目に見える成果を出せと言ったのはお前たちだろうが。俺の要求に応えられないのであれば、お前たちの存在価値はゼロだ。明日の朝までに税収を十倍にできなければ、貴様らの領地は没収し、一族郎党すべてスクラップにしてやる。いいな」


 完全に理不尽極まりない、皇帝の暴論であった。

 しかし、目の前で壁を素手で粉砕した覇王を前にして、反論できる者などいるはずもない。

 貴族たちは完全に心を折られ、白目を剥いて泡を吹きながら、ただ何度も激しく首を縦に振るしかなかった。


「よろしい。俺のミシェルの邪魔をする者は、こうして物理的に排除する。次はないと思え」


 ギデオンは鼻を鳴らし、土煙の向こうへと姿を消していく。

 後に残されたのは、完全に精神を破壊された保守派の残骸だけであった。




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『【連載版】「誰でもヤらせてくれる」と噂の隣のギャル。実は超がつくほど家庭的で、毎日めちゃくちゃ甘やかしてくる』

― 新着の感想 ―
 しかしながら、納税を十倍にするという事はそこに住む領民に対して苦痛を強いる結果になる感じではないですかね?  法衣貴族なら領地領民が無いのでこの方法は効くのでしょうが、この手の領主貴族は領民に対して…
未来を考えられないのは、貴族とは言う者。説得で理解しない者は、物理で理解させるしかない。 だからこそ、ミシェルとギデオン(知識と武力)が正に混同してるんだよ。
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