79.
帝都の裏通りにひっそりと佇む、豪奢なレンガ造りの店舗。
その重厚な木扉には、『銀のフクロウ邸』と彫られた古びた看板が掲げられていた。
カラン、と澄んだベルの音を響かせて中に入ると、心地よい木の香りと、微かな魔力の気配が鼻腔をくすぐる。
ミシェルは怯えるカイウスの手を引き、そのすぐ後ろを、巨大な皇帝ギデオンが窮屈そうに身を屈めてついてきていた。
「ミシェルよ。ここは『銀のフクロウ邸』。帝都でも有名な魔法杖の専門店だろう。本当にこんな場所で、子供の玩具など作れるのか」
ギデオンがいぶかしげに店内を見回す。
壁には意匠を凝らした様々な杖がズラリと並べられていた。
「いらっしゃいましー」
奥からのんびりとした声が響き、エプロン姿のメイドがひょっこりと顔を出した。
彼女の背中には、小さな赤髪の赤ちゃんがおんぶ紐でくくりつけられ、すやすやと穏やかな寝息を立てている。
「店主さんは、いらっしゃいますか」
「居ますよー。おーい、お客さんですわよー」
メイドが奥の工房に向かってのんびりと呼びかける。
しばらくして、長い赤髪を無造作に束ねた女性が、手についた木屑を払いながら姿を現した。
「こんにちは。お待ちしておりました」
静かで、しかし凛とした声色。
ギデオンは目を細め、彼女を値踏みするように見下ろした。
「誰だこいつは。どう見てもただの杖職人ではないか」
「失礼ですよ、バカ皇帝。彼女は天才魔道具師です。杖だろうが玩具だろうが、魔力を帯びた木材を加工する技術において、彼女の右に出る者はいません。杖もまた魔道具ですから」
ミシェルが氷の視線でギデオンを射抜く。
そして、赤髪の女性に向き直り、淑やかな所作で一礼した。
「あの……?」
「失礼いたしました。ミシェルと申します。そして、こちらがカイウスです」
ミシェルに背中を押され、カイウスがビクッと肩を揺らしながらも、こくりと小さく頭を下げる。
すると、後ろで聞いていたギデオンが不満げに口を挟んだ。
「おい、俺を紹介しろよ。なぜカイウスは紹介するのに、未来の夫であるこの俺を無視するのだ。嫉妬するぞ」
「三歳児と張り合わないでください。時間の無駄です」
ミシェルが冷たくあしらう。
ギデオンはガックリと項垂れたかと思えば、すぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ……。相変わらず面白い女だ。だが、そこがいい」
謎の自己完結をして頷く皇帝を完全に無視し、ミシェルは本題に入った。
「初めまして。店主です。それで……本日の御用向きは」
「貴女は手先がひどく器用だと伺いました。こちらの図面通りに、知育玩具を作っていただきたいのです」
ミシェルは懐から、分厚く詳細な仕様書を取り出して手渡した。
店主はそれを受け取ると、パラパラとページをめくり、やがて驚いたように目を丸くした。
「おい、やはり杖職人に任せる仕事では……」
「黙っていろと言っているでしょう」
ミシェルがギデオンのすねを軽く蹴り飛ばす。
店主は仕様書の緻密な計算式と立体図面を食い入るように見つめ、やがてふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
「うん、いけます。作れます。お任せくださいまし」
その言葉には、一流の職人としての揺るぎない自信が満ちていた。
ミシェルは静かに頷き、「よろしくお願いします」と深く頭を下げた。
それから数日後。
帝城の執務室に、特注の木箱が届けられた。
箱を開けると、ふわりと爽やかな木の香りが広がる。
中に入っていたのは、様々な形をした木製の積み木や、精巧な文字合わせの立体パズルであった。
「これは……素晴らしいですね」
ミシェルが積み木を一つ手に取り、感嘆の息を漏らす。
木製でありながら驚くほど軽く、幼児の力でも簡単に持ち上げられる。
さらに表面は、どこを触っても怪我をしないよう、滑らかな絹のようにつやつやと磨き上げられていた。
「それに、この塗装」
ミシェルが積み木の表面を指でなぞり、匂いを嗅ぐ。
納品のために城を訪れていた店主が、ふふっと得意げに笑った。
「はい。小さな子は、何でも口に入れてしまいますから。誤飲の可能性がある大きさのパーツには、舐めるとひどく苦い味がする特殊な塗料を塗ってあります。もちろん、体に害はありませんよ」
「……そこまで、わたしの仕様書には盛り込まれていませんでした」
ミシェルが目を丸くして驚きを露わにする。
店主は背中でおんぶしている赤ちゃんの重みを揺らしながら、優しく微笑んだ。
「すごいですわよね。私も識っているので。そういうの」
自身も子育てをしている母親だからこその、仕様書を超えた細やかな心遣い。
ミシェルは温かな敗北感と共に、柔らかな笑みを浮かべて「ありがとうございます」と告げた。
「お、おいミシェル。これはすごいぞ」
部屋の隅で、巨大な皇帝が積み木を手にして興奮した声を上げていた。
彼は自分でもパズルを組み立てようと四苦八苦しているが、太すぎる指ではうまくはまらずにいる。
その横で、カイウスが小さな手で器用に積み木を重ね、すでに立派なお城を作り上げていた。
「うむ。最初は疑っていたが、これほど見事な品を作り上げるとは」
ギデオンは腕を組み、何度も深く頷いた。
そして、なぜか尊大にふんぞり返り、ドヤ顔で言い放つ。
「ふっ……。さすがはミシェルだ。一流の職人を見つけ出す、俺の女の目利きは本当にすごいな」
ただミシェルを褒め称え、間接的に自分の手柄のように胸を張っているだけのバカ皇帝である。
カイウスがきょとんと首を傾げる横で、ミシェルは静かにため息をついた。
「ええ、そうですか。では、その素晴らしい玩具のお代は、陛下のポケットマネーから支払っていただきますね」
「なっ。国家予算から出たのではなかったのか」
「冗談ですよ」
「ふっ……さすがミシェル。冗談も面白いな。さすが俺のミシェル」
「キモイですよ」
仲よさそうな二人を見ながら、店主は微笑んでいるのだった。




