71.
【☆★おしらせ★☆】
あとがきに、
とても大切なお知らせが書いてあります。
最後まで読んでくださると嬉しいです。
辺境の修道院から帝都までは、馬車を乗り継いでも数日を要する過酷な道のりであった。
先代皇帝が愛人に産ませた隠し子、カイウス。
彼がこれまで置かれていた環境は、凄惨の一言に尽きた。母親は流行り病ですでに亡く、残された彼は修道院の暗く冷たい地下室に押し込められ、家畜同然の扱いを受けていたという。
言葉を教えられることもなく、ただ一日の終わりに投げ与えられる硬いパンと濁った水だけで、三歳まで命を繋いできたのだ。
周りの大人たちは、言葉を話さず感情を見せない彼を「知恵遅れの欠陥品」「帝国の恥部」と呼び、存在そのものを隠蔽しようとしていた。
しかし、その隠蔽工作はミシェルの冷徹な情報網によって看破され、有無を言わさぬ権力で強引に帝城へと移送されたのである。
帝城の一角にある、豪奢な応接室。
ふかふかの絨毯が敷かれたその部屋の真ん中で、小さな小さな影がガタガタと震えていた。
「…………」
急ごしらえの清潔な服に着替えさせられてはいるものの、カイウスの体は三歳児とは思えないほど痩せ細っていた。
金糸のような美しい髪は伸び放題で、大きな瞳は怯えきった小動物のようにせわしなく周囲を彷徨っている。
彼は自分の身に何が起きているのか全く理解できていない。ただ、ここは自分がいていい場所ではないと本能で感じ取り、部屋の隅へと後ずさろうとしていた。
そんなカイウスの前に立ちはだかるのは、帝国が誇る二つの「絶対的な恐怖」であった。
一人は、天井に頭が届きそうなほどの巨体を持つ男。
鋼のような筋肉の鎧に身を包み、歴戦の猛者すらも震え上がらせる凶悪な面構えをした皇帝、ギデオンである。
彼はただ普通に立っているだけなのだが、その圧倒的な質量と威圧感は、小さな幼児からすれば、まさに自分を丸呑みにしようとする魔王にしか見えない。
そしてもう一人は、氷のように冷たい美貌を持つ銀髪の女。
一切の感情を排した絶対零度の瞳でカイウスを見下ろす、冷徹なる事務官ミシェルである。
彼女は怒っているわけではなく、ただ「対象のデータを分析」しているだけなのだが、その能面のような無表情さは、ギデオンの物理的な恐怖とはまた違う、冷たい死神のような恐ろしさがあった。
カイウスは巨大な魔王と冷たい死神の板挟みになり、呼吸すら忘れたように硬直して、ついにポロポロと涙をこぼし始めた。
「ふっ……。ミシェルよ、こいつ、俺たち二人を見て見事に怯えきっているな。恐怖の対象として、俺とお前でおそろいだな」
ギデオンはなぜか嬉しそうに鼻を鳴らし、ドヤ顔でそんなことを口走った。
乾いた破裂音が応接室に響いた。
ミシェルが持っていた書類の束で、ギデオンの太い腕を容赦なく叩き据えたのだ。
「不謹慎なことを言わないでください。怯えさせてどうするのですか、このバカ皇帝」
「い、痛いぞミシェル……。俺はただ和ませようと……」
「貴方のその顔面は、存在しているだけで軍隊を威嚇するレベルです。少し下がっていなさい」
ミシェルはギデオンを冷たく追い払うと、静かに足音を立てず、カイウスの目の前へと歩み寄った。
カイウスがヒッと喉の奥で悲鳴を上げ、きゅっと目を瞑って体を丸める。
殴られる、あるいは蹴られる。これまでの短い人生で大人から受けてきた扱いを思い出し、痛みに耐える準備をしたのだ。
しかし、予想に反して痛みはこなかった。
その代わり、微かなインクと甘い花の香りが鼻腔をくすぐった。
サァッ、とドレスの裾が擦れる音がする。
ミシェルはその場に静かに両膝をつき、大理石の床にスカートが広がるのも厭わず、カイウスと完全に目線を合わせた。
「はじめまして、カイウス。わたしはミシェルと申します」
その声は、普段の氷のような冷たさが嘘のように、穏やかで、静かな湖面のような優しさを帯びていた。
カイウスがおそるおそる薄目を開けると、すぐ目の前に、自分と同じ高さに顔を合わせたミシェルがいた。
「貴方はもう、暗くて狭い部屋に閉じ込められることはありません。わたしが、貴方の安全を保障します」
ミシェルは無理に触れることはせず、ただ真っ直ぐに、彼を一人の人間として尊重する瞳で見つめた。
その合理的ながらも深い愛情を秘めたアプローチに、カイウスの瞳の奥にあった警戒の色が、ほんのわずかだけ、スッと解けたように見えた。
「おおっ、さすがはミシェルだ。ならば、次は俺の番だな!」
その様子を見ていたギデオンが、感心したように大声を張り上げた。
彼はズシンズシンと重い足音を立てて歩み寄り、何を血迷ったのか、両腕を組んで仁王立ちになり、尊大にふんぞり返った。
「よく来たな、小僧! 俺がこの帝国の支配者であり、お前の兄にあたるギデオンだ! 泣く子も黙る覇王の力を、とくと見よ!」
威圧感十倍増しの自己紹介に、せっかく落ち着きかけていたカイウスが再びパニックを起こし、今度こそ大泣きして部屋の隅へと逃げ出そうとした。
「何やってるですかバカ皇帝!」
その瞬間、後ろで控えていた副官のティルが、頭を叩く。
「お、おいティルっ! 皇帝に向かって不敬だぞ!」
「ひぃうーっ!? や、やってしまったですぅぅぅ!」
我に返ったティルが、自分の暴挙に気づいて真っ青になり、その場にガクガクと崩れ落ちる。
ギデオンが「お前、後で首を刎ねるぞ」と吠え、ミシェルが「ティルの言う通りです。貴方はしばらく柱の陰で反省していなさい」と氷の視線で皇帝を叱責する。
「…………?」
先ほどまで恐怖の対象であった巨大な男が、小さな副官に蹴られ、銀髪の女に冷たくあしらわれてシュンと落ち込んでいる。
そのあまりにも間抜けで騒がしい大人たちのやり取りを見て。
カイウスは涙を止めて、きょとんとした顔でまばたきを繰り返していた。
言葉も感情も持たないとされた小さな皇子の心が、ほんの少しだけ動いた、不器用で騒がしい顔合わせであった。
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