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【連載版】加護なしの第八王女は、前世が社畜だったので王宮生活がイージーモードにしか見えない  作者: 茨木野


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70.


 帝城の中央執務室。

 最高級の紅茶の香りがふわりと漂う中、ミシェルは山積みにされた決裁書類の山を猛烈な勢いで処理していた。

 カリカリと羽ペンを走らせながら、ふと、己の数奇な運命について思考を巡らせる。


 思えば、遠くまで来たものだ。

 彼女の前世は、日本の地方都市で働くしがないOLだった。

 手取り十四万。雨漏りする家賃四万のボロアパートに住み、連日のサービス残業と上司のパワハラに耐え抜いた末、三徹明けのデスクで過労死するという救いのない最期を遂げた。


 次に目を覚ました時、彼女は異世界の大国、ゲータ・ニィガ王国の第八王女『ミシェル』に転生していた。

 しかし、六歳の時に受けた鑑定で「スキルなし・加護なし」という無能判定を下され、罪人が使っていた北のボロ離宮へと軟禁処分にされてしまう。

 家族からは憐れみと侮蔑の目を向けられたが、当のミシェルは歓喜の涙を流していた。


 雨風を凌げる屋根があり、残飯とはいえタダで毎日食事が支給され、過酷な労働もない。おまけに無料で最高峰の教育まで受けられるのだ。

 前世のブラック企業に比べれば、そこは疑いようのない天国であった。


 ミシェルは快適な引きこもりライフを満喫しつつ、暇つぶしに王宮の不正会計を裏から修正して国を回していた。

 しかしある日、隣国の覇王であり「冷血皇帝」と恐れられるギデオンへの政略結婚、つまりは生贄として差し出されることになったのだ。


 絶望する姉たちをよそに、ミシェルは彼の帝国が「完全実力主義(コネ上司なし)」「無駄な夜会なし(定時退社可能)」の超ホワイト環境だと知り、ガッツポーズで嫁いできた。

 そこからは怒涛の日々である。

 無能な貴族をデータと正論で物理的・社会的にしばき倒し、挙げ句の果てには神話級の化物『南の大蛇』まで討伐し、今や帝国の実質的なトップとして君臨しているのだ。


    ◇


 バンッ!


 唐突に執務室の重厚な扉が開け放たれ、ミシェルの回想が強制終了させられた。

 入ってきたのは、天井に頭が届きそうなほど巨大な体躯を持つ男。

 帝国の絶対的支配者であり、夫となる予定のギデオンであった。


「ミシェル! 仕事は終わったか。街で新しい菓子を見つけたんだ。一緒に食おうと思ってな」


 ギデオンは凶悪な顔を嬉しそうに綻ばせ、大きな箱を手にパタパタと尻尾を振るような勢いで歩み寄ってくる。

 ミシェルは羽ペンを止めることなく、手元の書類から一切視線を上げずに答えた。


「まだ終わっていません。わたしが一分作業を止めると、帝国の物流が遅延します。お菓子はそこに置いておいてください」


 氷のように冷たい、見事なまでの塩対応である。

 しかし、冷血皇帝と恐れられる男は怒るどころか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて頬を染めた。


「ふっ……。皇帝であるこの俺に、ここまで見事な塩対応ができるのは、世界でただ一人、お前だけだ」


「はいはい。そんなことより、こちらの書類にサインを」


「お前のそういう冷たいところ、嫌いじゃないぞ」


「はいはい」


 ギデオンは巨大な体を丸め、ミシェルの執務机の横にドカッと腰を下ろして、愛おしそうに彼女の横顔を見つめ始めた。

 かまってほしいオーラが全身から発せられているが、ミシェルは熟練のスルースキルで華麗に受け流していく。


 かつては血塗られた暴君と恐れられた男が、小柄な事務官の塩対応に喜びを見出している。

 帝城の職員たちにとっては見慣れた日常の風景であり、平和の象徴でもあった。


「ミシェル様っ! 大変ですぅぅぅっ!」


 そんな穏やかな空気を引き裂くように、副官のティルが涙目で執務室に飛び込んできた。

 彼女は盛大に足をもつれさせ、ズザーッと大理石の床を滑ってミシェルの机に激突する。


「廊下は走るなと何度言えばわかるのですか。減給ですよ」

「ひぃいっ! そ、それどころじゃないですぅ!」


 ティルは青ざめた顔で立ち上がり、震える手で一通の急報を差し出した。


「へ、辺境の修道院からの報告ですっ。先代皇帝陛下が愛人に産ませていた、隠し子が見つかったと!」


「なんだと?」


 ギデオンの顔から甘い空気が消え去り、凄まじい覇気が膨れ上がった。

 ティルが「ひぃう」と短い悲鳴を上げてのけぞる。


「年齢は三歳の男児、名前はカイウスとのことですぅ。ただ……ひどいネグレクト環境で育ったせいで、言葉を一切発さず、感情も失われているそうです。現地の貴族たちは『知恵遅れの欠陥品だ。帝国の恥だから修道院の奥に幽閉すべきだ』と……」


 その報告に、ギデオンはギリリと奥歯を噛み締めた。

 自身の幼少期の孤独な記憶がよぎったのだろう。巨大な拳がワナワナと震えている。


 ミシェルは静かに羽ペンを置き、眼鏡のブリッジを中指でスッと押し上げた。

 その氷色の瞳には、一切の動揺もない。


「欠陥品、ですか」


 ミシェルは冷たく言い放ち、スッと立ち上がった。


「適切な教育の入力が行われていないのだから、言葉という出力が出ないのは当然の理です。それを欠陥と呼ぶ無能な貴族たちこそ、早急なスクラップ処理が必要ですね」


 ギデオンがハッとしてミシェルを見下ろす。

 彼女は口角をわずかに上げ、好戦的な笑みを浮かべていた。


「ティル、至急そのカイウスという男児を帝城へ保護しなさい。言葉を知らない真っ白なデータならば、わたしが完璧な帝王学を叩き込んで差し上げましょう」


 社畜OLから無能王女、そして帝国のトップへと上り詰めた冷徹妃の、新たな戦い(子育て)が幕を開けようとしていた。

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『【連載版】「誰でもヤらせてくれる」と噂の隣のギャル。実は超がつくほど家庭的で、毎日めちゃくちゃ甘やかしてくる』

― 新着の感想 ―
ミシェルさんの教育虐待がはじまる・・・(ぇ?
ギデオン陛下…。もしかしたら【後継者】が…なにせ、【皇妃】様の薫陶を一身に受けた【男児】ですから。 数年後が楽しみですなぁ。 拗ねてる皇帝陛下がいるけども。
3歳で、話ができるできないは普通に許容範囲じゃ? 5歳くらいでなら問題でるだろうけど
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