69.番外編
【★おしらせ】
皆様からたくさんの応援をいただいたおかげで、無事に本作の続きを投稿することが決定いたしました!
本当にありがとうございます!
明後日、22日の夕方から更新をスタートいたします!
これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、引き続き応援よろしくお願いいたします!
帝城の一角にある豪奢な私室にて、途方もなく巨大な男が眉間に深いシワを刻んでいた。
帝国全土を武力で統べる若き皇帝ギデオンである。
彼は丸太のような太い腕で、一冊の古びた本を大事そうに持ち、真剣な眼差しでページをめくっていた。
その珍しい光景に、通りかかった副官のティルがパタパタと小走りで駆け寄る。
彼女は目を丸くして、手元にある書類の束を抱え直した。
「感心ですぅ。陛下がそんなに真剣に本を読まれるなんて。明日は槍でも降るんじゃないですかぁ?」
「あ? お前、俺を馬鹿にしているのか」
ギデオンが鋭い眼光でスッと睨みつける。
ティルはビクッとのけぞり、ウサギのようにブルブルと震え上がった。
「ひぃうっ! め、滅相もないですぅ! そ、それはいったい何の本ですかっ?」
「これか」
ギデオンは真面目な顔のまま、本の表紙を堂々と掲げて見せた。
そこには、可愛らしい動物のイラストと共に『気まぐれな猫の飼い方 完全版』と記されている。
「ね、ねこ?」
ティルがポカンと口を開けて、ひどく間抜けな声を漏らす。
ギデオンは顎に手を当て、深く、そして力強く頷いた。
「ティルよ、ミシェルは猫に似ていないか?」
「え、ええーっ。猫の方が、百万倍は可愛げがあるですぅ」
「お前、意外と口が悪いな」
ギデオンは呆れたように息を吐き出す。
しかし、すぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべて語り始めた。
「俺にまったく靡かないところや、自分の縄張りである執務机から動こうとしないところ。そして不機嫌な時に見せる、あのシャーッと威嚇するような冷たい目。ふっ、猫そっくりだ」
「完全に猛獣の類いだと思いますぅ」
「だからこそだ。この本に書かれている『猫を手懐ける術』を応用すれば、あの手強いミシェルもまた、俺にすり寄るように手懐けられるはずだ」
ギデオンは自信満々に本を閉じ、ドヤ顔でティルを見下ろす。
ティルはガックリと項垂れ、深い深いため息をついた。
「あいもかわらずバカ皇帝ですぅ。いくらなんでも、ミシェル様を猫扱いするなんて命知らずにも程があるですぅ」
「お前、よかったな」
「ふぇ?」
ティルが首を傾げると、ギデオンはゆっくりと立ち上がる。
天井に届きそうなほどの巨大な影で、小柄な彼女をすっぽりと覆い隠した。
「ミシェルの副官でなかったら、今の一言で首を刎ねているところだぞ」
「ひぃいいいいいっ!」
ティルはたまらず膝から崩れ落ち、ガタガタと情けなく震え出した。
「冗談だ。俺の完璧な作戦の証人として、お前もついてこい」
バサリと重厚なマントを翻し、ギデオンは自信に満ちた足取りで部屋を出ていく。
ティルは涙目で立ち上がり、とぼとぼとその巨大な背中を追いかけるしかなかった。
◇
冷暖房の魔導具が完璧に調整された、帝城の中央執務室。
そこでは、冷徹な事務官ミシェルが山積みの書類を相手に、猛烈な勢いでペンを走らせていた。
カリカリカリカリッ。
インクの匂いが漂う静かな部屋に、羽ペンの乾燥した音だけが響き渡っている。
ギデオンは足音を完全に殺し、背後からそっとミシェルに近づいた。
その後ろでは、ティルが部屋の隅の観葉植物の陰に隠れ、祈るように両手を組んでいる。
(第一の作戦。猫の狩猟本能を刺激する、だ)
ギデオンは懐から、先がフワフワとした幻獣の羽飾りを取り出した。
猫じゃらしの最高級品である。
彼はそれを、書類に向かうミシェルの視界の端で、ヒョイヒョイと器用に揺らしてみせた。
ピタッ。
ミシェルのペンが止まる。
氷のように澄んだ青い瞳が、フワフワと動く羽飾りをジッと見つめた。
(よしっ。興味を示しているぞ)
ギデオンが内心でガッツポーズをした、次の瞬間である。
チャキッ。
ミシェルは引き出しから純銀のペーパーナイフを抜き放ち、一閃した。
「なっ」
空中で羽飾りが真っ二つに切断され、フワフワの羽毛がハラハラと床に舞い散る。
「視界の端で小バエが飛んでいました。気にせず続けてください」
ミシェルはギデオンを一切見ることなくナイフをしまい、再び猛烈な勢いで書類の処理に戻った。
冷や汗を流しながら、ギデオンは次の作戦へと移行する。
(第二の作戦。美味しいおやつで胃袋を掴む、だ)
猫にはマタタビや高級な魚。人間には甘いスイーツである。
ギデオンは王都で一番人気のパティスリーから取り寄せた、色鮮やかなマカロンの箱を彼女の机の端にスッと置いた。
「ミシェル。少し休憩にしないか。お前の好きな甘いものだ」
「……」
ミシェルは無言のまま、書類から視線を外さずにマカロンを一つ手に取った。
そして、サクッと一口かじる。
頬が少しだけプクッと膨らみ、もぐもぐと可愛らしく咀嚼している。
(いけるっ。やはり美味い食べ物には弱いっ)
「どうだ、美味いか? 俺が特別に用意したんだ」
「糖分補給としては合格点です。ですが、今は手が離せません。用がないなら邪魔をしないでください」
ミシェルはマカロンを飲み込むと、まるでギデオンの存在など忘れたかのように、再び書類の山へと没頭してしまった。
おやつは食べるが、一切なつかない。まさに気まぐれな猫そのものである。
部屋の隅で、ティルが「ほら言ったことじゃないですぅ」と顔を引きつらせていた。
(ええい、こうなったら最終手段だ。第三の作戦。直接的なスキンシップで骨抜きにするっ)
本には『猫は顎の下や耳の後ろを撫でられると、安心感を覚えてすり寄ってくる』と書いてあった。
ギデオンは深く息を吸い込み、覚悟を決めて太い腕を伸ばす。
彼は作業を続けるミシェルの背後に立ち、その華奢な顎の下へとそっと指を滑り込ませた。
そして、コショコショと優しく撫でさする。
「よしよし。いい子だ。さあ、喉を鳴らせ、ミシェル」
ギデオンの低く甘い声が落ちた。
ピシィッ。
執務室の空気が、物理的に凍りついたような錯覚に陥った。
カリカリと鳴っていたペンの音が完全に止まり、部屋の温度が急激に氷点下まで下がっていく。
「ひぃいいいいいっ!」
観葉植物の後ろで、ティルが両手で頭を抱えてしゃがみ込んだ。
ミシェルはゆっくりと、本当にゆっくりと首だけを振り向いた。
その瞳は絶対零度の冷気を放っており、見る者すべてを石に変えてしまいそうなほどの威圧感を湛えていた。
「バカですか、お前たち」
静かで、低く、しかし地の底から響くような声だった。
◇
「そもそも、貴方の行動は帝国経済に対する重大なテロ行為に等しいです」
冷え切った大理石の床の上。
巨大な皇帝ギデオンと、小柄な副官ティルの二人は、並んで綺麗な正座をさせられていた。
目の前には、腕を組んで仁王立ちする冷徹妃ミシェルの姿がある。
彼女は手にした指示棒でピシッと机を叩き、容赦のない説教を繰り広げていた。
「わたしが一分間作業を止めると、決裁が遅れる書類は三枚。それに伴う物流の遅延損害は、金貨百枚に上ります。貴方は先ほどのくだらないお遊戯で、帝国の予算を金貨五百枚分吹き飛ばしたのですよ」
「す、すまない……。だが、俺はただお前と少しスキンシップを図りたかっただけで……」
ギデオンが巨大な体を丸めて弁解しようとするが、ミシェルは冷たい視線でそれを一刀両断した。
「わたしを小動物か何かと勘違いしているのですか。皇帝たる者が、くだらない飼育本に影響されて執務を妨害するなど、愚かの極みです。本は没収。後で焼却処分しておきます」
「なっ、あれは特別装丁版で高かったんだぞっ」
「文句があるなら、明日の朝食はマカロンの箱の切れ端にしますよ」
ミシェルの絶対的な宣告に、皇帝はガックリと項垂れるしかなかった。
完全に敗北である。
「なんでわたしまでぇぇぇぇぇっ」
隣では、完全に巻き添えを食らったティルが、涙と鼻水を流しながら大声で泣き喚いている。
ミシェルはティルを見下ろし、冷酷に告げた。
「貴方は皇帝の愚行を止めるどころか、隠れて見物していましたね。共犯です。罰として、本日の残業時間は三時間追加します」
「ひぃいいいいいいっ。鬼ですぅ! 悪魔ですぅぅ!」
床に突っ伏して号泣するティルをよそに、ミシェルはフンと鼻を鳴らし、再び自分の机へと戻っていく。
怒りで肩を揺らしながら歩くその後ろ姿は、毛を逆立てて威嚇する気の強い猫にそっくりだった。
(ふっ。やはり、本に書いてあった通りだ)
正座で足が痺れながらも、ギデオンは口角を隠すようにそっと笑みを深める。
どれだけ冷たくあしらわれようと、彼にとってミシェルは、世界で一番手強く、そして愛おしい存在なのである。
その後、執務室には一時間にわたって冷徹妃の氷のようなお小言と、副官の悲痛な鳴き声が響き渡り続けるのであった。
【おしらせ】
※4/20
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