144.
ミシェルに見送られ、ピクシーたちは妖精郷へと向けて出発した。
妖精郷は帝都から北東へ進んだ先に広がる、巨大樹の森だ。道中、当然ながら魔物が襲いかかってくるはず——だった。
「全然来ないですぅ……」
魔導車の窓の外を眺めながら、ティルが首をかしげた。
「師匠。どうして魔物が出ないんですか?」
「先に別働隊が、道中の魔物を討伐しておいたのだよ」
遠征隊とは別に魔物討伐の部隊を編成し、妖精郷との間に出現する魔物を事前に一掃してあったのだ。
「それは……ティルたちに余計な体力を使わせないためですか?」
「当然ではないか」
「ですぅ……」
ティルは改めて、あの冷徹妃の気遣いに触れた気がした。
「あの方って、一体なんなんでしょうね。優しい人なのはわかるんですけど、もう少しわかりやすくしてくださればいいのにって。師匠やカイウス様みたいに」
ティルの師であるピクシーは、亜人たちにも分け隔てなく知識と技術を授けてくれた。カイウスはハーフエルフである自分にも偏見を持たず、温かく接してくれる。そのようなわかりやすい優しさを持つ人たちがいる一方、ミシェルの優しさは非常にわかりにくい。
「まあ、そういう性分としか言えないだろうね」
「性分かぁ……」
(なら、なかなか変わりそうにないですぅ……)
はふ、とティルはため息をつき、鞄を開けた。妖精郷に着く前に昼食を済ませておこうと思ったのだ。
バスケットを開けると、美味しそうなサンドイッチが入っていた。
「これも……ミシェル様が?」
「無論。それから、妖精郷の入り口には補給部隊が天幕を張って待機している」
「……本当に、至れり尽くせりですねえ」
妖精郷への偵察は命がけだ。だからこそ、ティルたちが命を散らすことなく無事帰還できるよう、これほどの備えをしてくれているのだろう。
「あまりミシェルの悪口を言うものではない。かわいそうだろう」
「むぅ……でも、もう少しティルに手加減というか、そういうのがほしいなぁと……」
「わがままだよ、ティル。反省しなさい」




