124.
シンシャーの目の前には、ギデオンから差し出された剣が転がっている。
彼に差し出された道は二つ。
一つは、自分もまた裏切り者であることを認め、自害すること。
もう一つは、自分は裏切っていないと嘘をついて、この場は言い逃れること。
(前者は論外だ! 自分で死ぬなんて嫌だ。だが……たとえ嘘をついたところで、どうなる?)
窮地に立たされたシンシャーは思考を高速で巡らせる。
(後で嘘がバレたら、その時点で極刑だ! どっちにしても私に待っているのは死……)
正直に話して死ぬか、嘘をついて死ぬかである。
(くそ! 死にたくない……国には子供が、妻が帰りを待っている)
シンシャーは震えながら、ギデオンの剣を手に取る。
(嘘をついたら、家族もろとも皆殺しになってしまおう。なら、ここで自ら首を切るのが、最善……!)
シンシャーは自己保身のためでなく、あくまで、家族のために自害を決断した。
目を閉じて、刃を自分の首に突き刺す。
鋭い痛みと、そして熱さが……いつまで経ってもこなかった。
「お前、何をしてるのだ……?」
「み、ミシェル妃!」
目を開けると、ミシェルがシンシャーの刃を、手で掴んでいたのだ。
ぽた、とミシェルの手からは血が落ちている。
どうやら自害寸前だったのを、彼女が止めたのだろう。
手のひらからこぼれ落ちる血。
しかしそれを拭くことなく、ミシェルはギデオンの前で頭を下げる。
「陛下。どうか、この者を見逃していただけないでしょうか?」
「ほぅ……どうしてだ?」
ギデオンは、【不自然なほど】冷静に、ミシェルに尋ねる。
(ど、どうなってる? ギデオンはミシェル妃の傀儡ではなかったのか?)
シンシャーが掴んだ情報によると、ギデオンは完全に、ミシェルに尻に敷かれてるとのことだった。
ミシェルが怪我なんてしたら、それこそ、ギデオンは大いに動揺していたことだろう。
そして、ミシェルを傷つける原因となった、シンシャーの首を即刻刎ねたはずである。
(もしや、パワーバランスは皇帝のほうが上なのか……? 私はとんでもない間違いを?)
「陛下。この者が自害を選んだ理由を、察してください。どちらを選んでも死ぬ定めなのに、自害をした。そこに意味があるとどうしてかんがえないのですか?」
「ミシェル。貴様、俺に楯突くというのか?」
「無論です。このものには家族がいるのでしょう。彼らに迷惑が掛からぬよう、自害の道を選んだのです」
(ミシェル妃はそこまで見抜いていたのか!? わ、私の心情を察し、温情をかけてくださっているのか……なんと、なんとお優しい。まるで女神様のようだ!)
シンシャーは自分を庇ってくれたミシェルに対して、多大なる恩義を感じていた。
そして、そんな女神がいる帝国を裏切って、陥れようとした自分の浅ましさを嘆いた。
「陛下。どうか、この場は私の顔に免じて」
「ふん! 今回だけだぞ!」
ギデオンはミシェルを放置して部屋を出ていく。
自分が怪我をしてるというのに、ミシェルは微笑みながら、シンシャーに言う。
「これからは、仲良くしていきましょう」
「はい! もちろんですとも、ミシェル様!」
……さて。
ギデオン、そしてその後を追ってティルもまた部屋を出た。
「いやぁ、大した演技力ですぅ。ミシェル様は」
無論、これらは全て演技だった。
シンシャーを落として、こちら側のスパイにするための策略であった。
……だが。
「ティルよ。俺は、あのクソカス・シンシャーをぶっ殺したのだが、いいか?」
ギデオンがブチギレていた。
当然だ。
演技とはいえ、ミシェルを、あの男が傷つけたのだから。
「だめに決まってるでしょう? 全部台無しにしたいんですぅ?」
「ふんぬぅう!」
どごぉん! ……ギデオンがやり場のない怒りを、帝城の壁めがけてぶつける。
そこには、ぽっかりと穴が空いていた。
「あーあ、てぃるしーらないっと」




