110.
ギデオンがミシェルの元へ招集された。
部屋にはミシェルだけでなく、フローラとティル、そしてグレースもいた。
帝国の要人たちが集まっている。
コーヒーの香りにまじって、女達の甘い香水やシャンプーの香りがただよっていた。
しかしなぜかピリッとした緊張感が、漂っているようにも感じた。
グレースなんて、今にも戦に挑まんとするような、緊張の面持ちをしてる。
コレは何らかの、重大な事案が話された後のようだ。
彼は居住まいを正す。
「緊急事態なんだな?」
「いえ。すみません」
……ギデオンは目を丸くし、首をかしげるしかなかった。
そもそもミシェルが自分に謝ってくることなんてありえない。
自分が間違うことはあれど、ミシェルがギデオンに何か迷惑をかけたことなど一度もないのだ。
「ギデオン様」
Sランカー・グレースが真剣な表情で話しかけてきた。
「なんだ? 金の無心か? 俺に頼まれても無理だぞ。財布の紐はミシェルが握ってる」
「んなのどうだっていいんだよ」
(まあSランカーだから、金には困ってないか。だとしたらなおのこと、なんなんだろうか……)
ミシェルがため息交じりに、ギデオンに言う。
「マルコーにカノジョがいないかどうか、探ってきてほしいそうですよ」
「マルコー? 新入りの土魔法使いか?」
「ええ。どうやらグレースは、マルコーに懸想してるとのこと……」
ミシェルは深々とため息をつきながら言う。
よほど、気乗りしない事案のようだ。
……ギデオンは首をかしげる。
「別にいいが。そんなのグレース、貴様が本人に聞けばよいではないか。貴様がマルコーのことを好きなのだろう。なぜ他人に頼ろうとする」
……ミシェルは「ですよね」と同意する一方で、残りの家臣たちはため息をついていた。
「はーやれやれ、まったくこれだから脳筋皇帝は。だから若君なんてバカにされ……ひぃい!」
ギデオンはティルをにらみつける。
別にこの程度で打ち首にするつもりはない。
ただ若君という呼ばれ方は、ギデオンは本気でいやだったので、ちょっとたしなめただけだった。
「この子ってば気絶してるわ……馬鹿な子……」
フローラは同情的なまなざしをティルに向ける。
しかしカノジョはギデオンの幼なじみであり、彼がその呼ばれ方をどれだけ嫌っているか理解していた。
「あとでティルに言っとくわ。路頭に迷いたくなかったら二度と言うなってね」
「ふん。で、話を戻すが……グレース、なにゆえ他者に頼ろうとする」
ギデオンからの問いかけに、グレースは顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で応える。
「だ、だって……駄目だったらいやだろう……」
「仮に、俺が奴にカノジョなり婚約者がいるなりの解答が返ってきたら、貴様はどうするのだ?」
「そ、それは……」
「それに告白するときも、貴様はそうやって他者に頼るつもりなのか? ふんっ、情けない女だな。そんなふうに、胸の内を明かせない間柄で、良い関係が築けるとでも思ってるのか?」
ギデオンの指摘に対して、ぐうの音も出ないグレース。
彼女はもごもごと口を動かすも、しかし、反論の言葉が出ないようだ。
「……ちょっと自分で考えるよ」
「そうしろ」
グレースはフラフラとした足取りで部屋を出て行く。
いつの間にか、目覚めたティルが、感心したように「ふぇー」と珍妙な声を発する。
「なんだ?」
「ギデオン様ってまともなこと言えるんですねぇと」
ギデオンがにらみつけると、ティルは気を失ってしまった。
フローラも、ミシェルも、何も言わなかった。
どう考えてもこの女のほうが悪かったからである。
「見直しましたよ、ギデオン」
ミシェルは書類から目を上げて、彼に向かって率直な意見を述べる。
「何か俺、やったか……?」
ギデオンは困惑するほかなかった。
彼がやったことは、ミシェルの手を煩わせる馬鹿を、追い返しただけであった。
ミシェルの邪魔をする、馬鹿で無能な大臣たちを、武力で黙らせている。
普段と同じことをやってるつもりだったのである。
「私はおまえのそういう、馬鹿正直なところは、気に入ってます」
「おお! そうかそうか。俺もミシェル、おまえの女らしからぬサバサバとしたところと、血も涙もない機械のごとき冷徹さが大変気に入ってるぞ……!」
ミシェルの表情が、すぅう……と笑みが引いていく。
「さっさと仕事に戻れ」
「お、おい……何か怒ってるのか? 俺、何かやったか……?」
「戻れ、馬鹿」
「あ、ああ……」
ギデオンは不承不承、部屋を出て行く。
「そこで寝てる馬鹿も連れていきなさい」
「ああ……」
気を失ってるティルの足を乱雑に掴み、ギデオンは退出した。
でて行ったあとも、彼は不思議そうに首をかしげる。
「ミシェルを褒めたつもりだったのだが……。女は褒めると喜ぶと聞いていたのに、話が違うぞ、フローラ」
一緒に部屋を出たフローラが、呆れたようにため息をつく。
「どうにも、この城の要人たちは、有能だけど抜けてる子が多くて困るわね」




