紗々羅の大岡裁き
オープニング曲『Altair-アルタイル-』
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しかしその静寂はあっけなく破られた。
「ちょぉーっとまったぁーっ!」
背後から叫び声と共にやってきた、これまた小さな影が澪に背を向け立ちはだかる。それは澪と同じ制服の少女。
「え…? 陽菜ちゃん?」
「なに白昼堂々、澪先輩に告ったりしてんのよ、このストーカーがっ!」
「ス、ストーカー…見ず知らずの誰かにそんな呼ばれ方するのはちょっと解せないわね。何、何なのアナタ⁈ なんの権利があってひとの恋路のジャマをしちゃうワケ?」
(恋路て…何言ってるのこの子…)
「私は成瀬陽菜! アナタと同じ1年生よ、植柴乙菜ぁ!」
「なんでアナタが私の名前知ってんのよ!」
「私、望陵では澪先輩と同じ風紀委員なの。だから全校生徒の名前と顔くらい憶えてて当然。いつもいつも澪先輩の周りで何かがウロチョロしてると思ったら、アナタだったのね!」
(いや、風紀ったって全校生徒とかムリだし。っていうか陽菜ちゃんもなんでまた湘桜のことまで知ってるの…)
「何言ってんの? ここ湘桜よ? 風紀委員会なんか無いんだから! 勝手な行動しないでくれる⁈」
「関係ありませんー! 望陵の生徒はそれ相応の振る舞いが必要なんですぅー! 風紀だから当然生徒の生活を見守る役目があるわけでぇー! それにそもそも澪先輩に告るって何言ってんの?って話なんでぇー! 魔導の一つも使えないクセに何を」
まるで未就学児のごとき悪態をつく陽菜の頭上へ怒声が落ちてきた。
「コラっ! 陽菜ちゃんっ!」
「は⁈ はいぃぃぃ…?」
思いもよらないその声に陽菜は恐る恐る振り返る。そこには腰に手を当てた厳しい顔の澪がいた。
「魔導が使えるからエラいってわけじゃないでしょっ⁈ 魔力の有無なんか生まれつきのものなんだから。それを笠に着て差別するようなことは校則以前の問題。そういうとこ、校長先生からも厳しく言われてるでしょ、私たち!」
「は、あ、あのぅ、すみません…」
ただでさえ背の小さい陽菜がさらに小さく縮こまる。
「謝るのは私じゃありません。ほら、陽菜ちゃん?」
「はい…」
このやり取りをまったく別角度から(身悶えながら)見ていたのが乙菜。
(はぁぁぁぁぁぁぁ…澪しゃまぁ! かっこいぃぃぃぃ! 凛々しくて優しくて、アアアアアアアアアア、もうっ! もうっ! もうっ!)
「ごめんなさいね、私の後輩が。気を悪くしないで。悪気はないつもりだから。ほら陽菜ちゃん。ちゃんと謝って?」
振り返る陽菜の脇をスルッと抜けた乙菜、コーヒー牛乳を握る澪の左手を取り
「あの、澪様! やっぱり私、澪様のことが大好きですっ!」
「イッ⁈」
自分の胸元へ引き寄せる。虚を突く乙菜の行動にあっけにとられた陽菜だったが、すぐさま『反撃』に出る。イチゴミルクを握った右手を握って
「あ、なぁっ⁈ どさくさに紛れて何をしれっと澪先輩の手なんか握ってんのよっ!」
「イイッ⁈」
澪を引っ張り返す。
「アナタ放しなさいよ!」
「イイイッ⁈」
「そっちこそ放しなさいって!」
「イイイイッ⁈」
そこへミックスサンドと焼きそばパンを抱えた紗々羅が戻ってきた。
「澪ぉ~。メンチカツパン、ゲットできなかったよぉ… …なにやってんの?」
「さぁ~さらぁ~! たぁすけてぇ~」
両手を『ちびっこ』たちに引っ張られ、まるでうどん屋の黄色い看板のようになった澪は情けない声を上げ紗々羅に助けを求める。
「はぁぁぁ…魔導の世になって大岡裁きを見ることになるとは思わなかったわぁ…」
その様子を見た紗々羅、あきれた、というより珍しいものを見た、という調子のため息交じりで『やじろべえ』に割って入った。
「ホラ成瀬、放しなさいって。そっちのコも。このままお互い引っ張り合ったら澪が半分に裂けて増殖しちゃうって」
「私プラナリアじゃないんだけど!」
解放された澪は的確にツッコむ。
「ウチは朝比奈紗々羅。澪や成瀬と同じく学校を焼け出されちゃってココにお世話になってる立場だからあんまし強くは言えないけど、澪をいじめないであげてくれるかなぁ。ザコ体力のお嬢様だから乱暴にすると壊れちゃうよぉ?」
「ねぇ紗々羅、なんか一言二言余計な気がするんだけど」
澪の手を放した二人、おとなしくしているかと言えばさにあらず、ケンカ中の猫のように澪の前で睨み合い。
「そもそもアナタが告ったところで澪先輩には神代先輩ってスーパーダーリンがいるんですからぁー!」
「 …は? スーパー…ダーリンンンンっ⁈」
陽菜の一撃に、乙菜大いに怯む。驚愕の眼差しで、乙菜と同じく驚愕している澪に問うた。
「そ、そうなんですかっ⁈ 彼氏さんがいるんですかっ、澪様っ⁈」
「いないわよっ⁉ 違うわよっ⁉」
澪の慌てる様子とその言葉に平らかな胸を撫で下ろし安堵。そして反撃へ。
「それ見なさい。本人様がそうおっしゃってるじゃないのよ!」
だが陽菜、これを意に介さず。むしろ額に手を当て呆れたようにわざとらしい溜息と共に返す。
「はぁぁぁぁ、これだからシロウトわぁ」
(しろうとって…なに? どゆこと? 何言ってるの、陽菜ちゃん?)
「そんな聞き方すれば控えめで奥ゆかしい澪先輩は否定するに決まってるじゃない… …澪先輩。先輩は神代先輩のお世話係なんですよね?」
「あ、うん…」
「先輩は、転校してきたばかりの神代先輩を導いて、いち早く望陵に溶け込むよう、常日頃から見守っているのですよね?」
「それは、まぁ、そう、なん、だけど」
「ホラ、ね?」
質問の意図が掴めずしどろもどろの澪を他所に、もはや顔に『どやぁ!』と書かれているかのような、陽菜の勝ち誇った笑み。対する乙菜は苦虫を噛み潰したような渋い顔。
「ムギギィィィィィ…」
(何が、ホラ、なの? っていうかこっちの子、乙菜ちゃん、だっけ、何でこんな悔しがってるの?)
やはり望陵で過ごした時間、そして同じ風紀委員という立場が陽菜を有利にするが、彼女は攻撃の手を緩めない。むしろ追撃に出る。『下目遣い』で――――身長は陽菜も乙菜も変わらないのだが――――先ほどまでとは打って変わって丁寧な言葉遣い。その姿、勝者の余裕か。
「確かに。私たち望陵の生徒は校舎が火災に遭いました。しかーし。その火災のとき、脚にケガをされて歩けない澪先輩を、神代先輩は『お姫様抱っこ』で抱えて救い出してくれたのですよっ!」
「ブッ⁈ あの、陽菜ちゃん…?」
道に逸れたことを言うのであれば澪も諌められるが、特に悪いことを言ってるわけでもないと思うと暴走気味に澪信者としての『教義』を垂れる後輩を抑えることができない。
「お姫様抱っこ…そんな…」
「そうよ、そうなのですよ。分かりますか? それを見て思ったのです。『推せる』、と。一生推していける、と。私は、お二人が幸せになるのを見届ける『推し人』になろうと! だから! 澪先輩に近づきその未来を揺るがしかねない不確定要素は排除すべきであると!」
澪原理主義教徒・陽菜の波状攻撃に乙菜は沈められ、肩を落としうな垂れる。微かに震えているようでもあった。
「…それで…その神代って人も湘桜にいるの…?」
静かに…低い声で唸るように問い返す。
「残念ながら。望陵の生徒は無作為にバラバラであちこちに転入してるからここにはいないわよ」
勝ちを確信している陽菜は余裕の笑みで返した。
「それなら… …ッ!」
乙菜は、余裕のあまりスキだらけの陽菜の脇を再びすり抜け澪の左腕を抱きかかえた。が。
「愛は奪うもの! その神代って人がいない今、私が澪様への愛をイィィィィィタタタダダダダダダダ」
「あーもう。ちーっとも戻ってこないと思ったらこんなことに。あ、私はツナの友人の稲田っていいます。すみません白鷺先輩、ウチのコがとんだご迷惑を」
音もなくやってきたのは真世。乙菜の耳を摘まんで引っ張り上げ、堪らず乙菜は澪の腕を放す。真世は乙菜を摘まみ上げたままペコペコと頭を下げた。
「イタタタタタタマヨー⁉ アンタ、私のお母さんかーい⁈」
と叫ぶ乙菜と、それを唖然と見ている澪の間に
「油断もスキもあったもんじゃないっ!」
陽菜が割って入り、再び臨戦態勢――――かと思われた。
「水要素で温度低め。【リキッドフォール】」
紗々羅がパチンと指を弾くと陽菜と乙菜、二人の首筋にキンッキンに冷えた水滴がポタポタ。それは背筋を伝って落ちていく。
「ウェヒィッ⁈」
「冷たっ⁈」
「二人とも頭冷やせってーの!」
野良猫のケンカに水をぶっかけたようなものだが、効果はテキメン、二人ともその冷ややかさに仰け反った。
「こりゃラチが明かないからそこの二人で勝負してもらいましょー!」
とはいえ紗々羅は怒っている様子でもなく…むしろニヤニヤと楽し気だ。
「勝負…」
「ですか?」
「そ。ひろっちに関してはウチらも情報が入ってこなくて困ってんのよ~。あ、ひろっちって神代君のことね~。で、そこの二人にはひろっちの情報を集めてもらっちゃう。有益な情報を多数報告してくれた方が勝ち。勝った方には…そうだなぁ、澪との1日デート権でも差し上げちゃおう!」
「紗々羅ぁ⁈ 何を勝手に決めてんのよ!」
「あの、朝比奈先輩。その、神代って人は今どこにいるんですか?」
「どうやら代之宮に編入ってなってるらしいのね~」
「代之宮…」
「そ、そうだったんですか⁈ 知らなかった…」
代之宮がどういうところなのかをもちろん知っている乙菜と陽菜。二人とも表情が曇った。
「まぁアソコ、学校が学校だけにウチらじゃ近寄りがたいじゃ~ん?」
「え? でもスマホで連絡を取ればいいのでは?」
「うーん、正論ねぇ~。その通りなんだけど~、その人ってばスマホどころか家電もないのよ~。そしてこの通り、澪は平安時代からタイムスリップしてきた人だから~」
「そ、そうなんですかっ⁈ 魔導ってそんなこともできるんですかっ⁈」
「そんなわけないでしょっ⁈」
「そ、そうですよね。てっきり澪様は平安貴族の御子女かと」
「毎朝牛車で来るしね~」
「自動車よっ!」
「冗談はさておき、ルールとして代之宮に直接行くのはNG。何かあっても責任取れないからね~。だ・か・ら、二人ともそれぞれの人脈を使って情報集めをすること! オッケーかな~? オッケーよね、ハイ決まり!」
パチンと紗々羅が手を叩いたところで
キーンコーンカーンコーン…
「ヤバっ⁈」
「お昼休み終わっちゃった⁉」
◆
エンディング曲『おおきくなるみ』
https://x.com/HanashioKikei/status/2080624037781193157?s=20




