小さなストーカー
オープニング曲『Altair-アルタイル-』
https://x.com/HanashioKikei/status/2069390019262120191?s=20
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トコロ変わって湘桜高校。
「おはよう、白鷺さん」
「おはよう、澪さん」
「あの、おはようございます。おはようございます」
むしろ湘桜の生徒が慣れたというべきか。校門前に大きな高級車が横付けされようが気にも掛けなくなってきた。
紗々羅のコミュ強ぶりはここ湘桜でも健在で、あちこちに『知り合いネットワーク』を広げていく。白ギャル紗々羅がいつも一緒というアンバランス感が中和剤となり、澪も少しは周囲に溶け込み始めていた。とはいえ御覧の通り。一人でいればまだ自分からは声を掛けられず、あいさつにどうにか応える程度。だがそれは澪の『望陵理事の子女』感を強めるだけであって、周りからすれば『気軽に声を掛けられる身近なお嬢様』といったところ。澪の口数の少なさがその幻想をより強固にする。
そしてその幻想が――――予想外の方面へ刺さっていた。颯爽と校舎の中へ消えていく澪の姿(そのように見えている)を校門の陰から見送るこぢんまりとした一人の少女。
「澪様…」
◆
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
長い…というだけではなくそれはものすごく力強く、もはや喉元でオーバードライブしていると言ってもいい溜息。
「ツナさぁ、そうやってこれ見よがしにため息つくの止めてくんないかなぁ」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…澪様ぁ…」
この、机の上で溶けながらため息を奏でる少女。『ツナ』と呼ばれているが、本名は植柴乙菜。乙菜が「おつな」と呼ばれ「ツナ」と短縮された。湘桜の1年、つまり形式上澪の後輩にあたる。
澪たち望陵の生徒が初めて登校したとき、見慣れない制服が次々と校舎へ入っていくのを好奇の目で見られていた。乙菜も同様にそれを眺めていたがその中に1人、しゃんと背筋を伸ばし涼し気な微笑みを振りまく凛々しい女子生徒に目も心も奪われた。以来、ずっとこの調子である。
「そんなに好きならお近づきになればいいのに」
「むぅーりぃー。私なんかが近づいたらその眩しさに神々しさに溶けてなくちゃっちゃうよぉ~」
「イカロスかよ。ってか机の上でスライムになってる状態じゃ手遅れって感じかも」
律儀にも乙菜にいちいちツッコんでいるのが友人の稲田真世。中学校からと付き合いが長いので遠慮がない。
「ってかさぁ、ツナがデロンデロンになってるんはまぁいいとして、それで私の安眠を妨害しないで欲しいんだけど」
真世はスマホを取り出しLINQの画面を乙菜に突きつけた。そこには
〈澪しゃま降臨んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん
――中略――
んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん〉
と、画面を撫でてもどこからどこまでスクロールすらしたのか分からないほどの、吹き出しを埋め尽くした夥しい「ん」。
「これは何なん? 何があったん?」
吹き出し上の発言時刻は1:31。寝入って間もないタイミングであった。これのおかげで寝に入るタイミングが狂って本日は寝不足気味。付き合いのいい真世ではあるが、さすがに少々機嫌が悪い。
「それ…はですね、その、夢に澪しゃまがお出ましになりましてですね、『あるがままに』とおっしゃいましてですね、その驚きと喜びをぜひともマヨとも分かち合いたいと思いましてですね」
さすがの乙菜も真世のただならぬ気配に気付いたかしろどろもどろに言い訳。目玉は右に左に泳ぎ回る。
「澪さん、マリア様かよ。まぁとにかく。この調子で毎晩ツナが夢を見るたびに起こされちゃ私が堪ったもんじゃないから。やるわよ」
「やるって…何を?」
「まずは澪さんの今日の予定は?」
「えーと、2-3はこのあと2時間目が現国、3時間目が日本史、4時間目が数学になってる。そのあと澪様はお昼休みに購買へお友達とイチゴミルクを買いにいらしてその後教室へ戻って昼食を摂って」
「ストーップ! …聞いたのは私だけど、さすが澪さん専属ストーカー」
「えへへ、このくらいは当然でしょ」
「褒めてないよ? むしろキモイ」
「え…キモ…」
「少しはそのキモさ具合を自覚しなさい。で、チャンスはお昼休み、ね」
「なんの…?」
乙菜の戸惑いを余所に真世はひとつ深呼吸、そして乙菜の目をじっと見つめ
「終わらせる。すべてを」
そう、クールに告げた。
「す、すべて…」
その気迫に乙菜は飲み込まれ、一体何を終わらせるのか聞き返すことができなかった。
◆
「ちょっくらパン買ってくるからコーヒー牛乳買っといてー。お金あとで渡すからー」
「うん」
昼休み。澪は紗々羅と購買へやってきた。日課とも言える行動なのでいつも通り。今日は紗々羅がお弁当を持ってこなかったことが違いくらい。なのだが――――
「うーん、やっぱりこれかぁ」
悩んだようで悩んでない、いつも通りのイチゴミルクのパックがゴトンと取り出し口へ落ちてきたところで、2つ先の自動販売機の陰から声がした。
「ほらほら、来てるし」
「え、ホントに? ホントに行くの?」
「当然! ほら、行っといで!」
「うわぁ⁈」
コーヒー牛乳のパックが取り出し口に落ちてくるのと同時に、(澪から見れば)背の小さい女の子がぴょこんと自分の前に現れた。別視点からすれば乙菜が真世に背中を押されて澪の前に飛び出したわけだが。
(あら、かわいい)
澪は小さいものなら大概「かわいい」と思う性分だ。なにしろ中学生のときには国語で枕草子を習ったとき、その第145段「小さきものはみないとうつくし」に大いに共感したことがあるほどだ。
(はぁぁぁ…そうよ、そうなのよ。小さいのってかわいいのよ。かわいいは正義なのよ。かわいいは時空を超えるわねぇ…私ももっと全体的に小さければ目立たなくて済んだのに…)
ただでさえ家柄のせいで注目されやすいのに加え、中2の頃には身長も、そして身体の各所も大きく育っていたので見知らぬ人にまでジロジロと好奇の目で見られるようになっていた。
「あ、ごめんなさい。私が自販機の前に突っ立っていてはジャマになりますね。今どきますから少し待っていてください。よいしょ」
おばあちゃんのような掛け声でしゃがみ、自販機から飲み物のパックを2つ取り出し、今度は「よっこいしょ」とやはりおばあちゃんのような掛け声でおもむろに立ち上がり
「はい。どうぞ」
と、その小さな女の子――――乙菜へニッコリ微笑み自販機の前を譲った。澪の所作をぼーっと眺めていた乙菜だったが、ハッと我に返ると澪の元まで接近すると意を決した。
「あ、の… 好きですっ!」
「 は?」
「澪様っ! 大好きです!」
「 はぁっ⁈」
澪、処理落ちで固まる。眼下の少女が放つ言葉の意味が分からない。
(もしかしてイチゴミルクかコーヒー牛乳のことを言っているの? いや、「澪様」とか言ってるし、私…のこと???)
刻が止まった。二人の間を今、爽やかな風が吹き抜け――――
――――たりはせず、梅雨時の湿った空気に総菜パンの香りが乗って流れただけだが。
エンディング曲『おおきくなるみ』
https://x.com/HanashioKikei/status/2080624037781193157?s=20




