唯一の手段
正面玄関前で起こっている出来事を教職員が知らないわけはない。だが学校敷地内で起こる未成年者の魔導行為に教職員が対処するのは「刑事事件扱い」で学校側が責任を追う可能性が高いのだ。というのも、そもそも魔導の使用は証拠が残りにくい。魔導使用者が未成年であればさらに「少年法」という壁が立ちはだかり、対処した大人、すなわち教職員側が不利となる判決が出やすいのである。そこで魔導科を置く学校では、「魔導法」に基づき制定された「魔導使用ガイドライン」内にある「生徒間の魔導トラブルについては、可能な限り生徒間の自主的解決を促すこと」を根拠に、生徒による自衛手段を設置する。望陵で言えば風紀委員会がそれに当たり、このあたりは早乙女が以前語っていた通り。要は子供同士の諍いなら大人が「仲裁」という形で介入できるということなのだ。よって現在、本館2階にある職員室の窓から、教職員一同が推移を見守っている状態なのである。
2階からで見えるものなら1階にある保健室からはもっとよく見える。保健医の杉崎はそれこそ事の始まりからずっと見ていて、黒坂が放った火の玉がこちらへ向かってきたときには頭を抱えて伏せたほどだ。
その保健室に、文弥が駆け込んできた。
「杉崎君。魔導暴走が発生した。緊急事態につき魔導阻害銃を使う。許可を」
「正気ですか先生っ⁉ そんなことをすれば澪ちゃんが」
「分かっている。だが今は自分の娘のことだけを心配するわけにはいかない。暴走で死傷者が出てからでは遅いんだ」
『魔導阻害銃』。便宜上そう呼ばれているだけで正式名称は無い。なにしろ非公式で望陵学園に配備されたものなのだ。文弥が裏で手を回したことは間違いない。大層な名前で呼ばれるが、実のところ特殊なのは弾丸のみ。外殻はセラミックと銅の2層構造。セラミック部に魔導暴走を止めるための構文が仕込まれている。「魔導暴走」と一口にいうが、中身は「構文暴走」と「魔力暴走」の2つに分けられる。ただし事象が発生している段階でどちらが起こっているのかは判断できないため、その両方を抑制する構文が必要だ。よって銃弾にはそれら2つを仕込む大きさが必要となり、銃本体は狩猟で使うライフル銃を用いることとなった。殺傷が目的ではないので威力を落とすために銃身を短く切り落とし、至近距離での命中精度を高めるためにアッパーレールを追加してドットサイトを載せているため、姿形は不格好かつ異様である。そしてこの銃を扱う際は『医療行為』の名目でおこなわれる。だから文弥は保健室へ来た、というわけだ。
「くれぐれも外さないでくださいよ」
「わかっている」
杉崎の抗議めいた目と言葉を背中に、文弥は銃を携え正面玄関へと向かう。
◆
「ねぇ、これって『魔導暴走』ってヤツじゃないの…?」
「そんなの教科書でしか見たことないぞ」
魔導暴走自体『症例』が非常に少なく、研究も進んでいないのだ。よって原因も分からず、具体的対処の方法も確立していない。だからどうすればいいのかなど、風紀委員が知る由もない。
「でもまずは人命優先よ。要素は水。闇を追加。怒りの鉾の向かう先に、護身の障壁を――【断撃のアクリリック】! 黒坂先輩っ! 逃げてっ! 今のうちにっ!」
尻モチ状態の黒坂の前には30cm厚ほどの水の壁。しかし空穿はそれとて突き刺さったところから片っ端に霧散させ易々と突破、黒坂を掠めた。
「…あ、ダメだコレ」
「腰を抜かしておいでだ」
ジーンズの股間の色を濃くしたまま、依然黒坂はあんぐりと口を開けたままで動けずにいる。
「アワ… アワワ…」
「黒坂センパイがあの調子じゃ引っ張り出すのもムリ臭いんだわー…」
「とにかく。僕らの声が白鷺クンに届かない以上、アレを撃ち落とすしかないぞ。雷要素を光で支配。飛翔する空気塊を電離する網を張る。【プラズマトランスレイト】!」
「了解。炎メインに光を追加。炎熱で空気塊に加熱。膨張させ力を奪う。捕らえよ【メガヒートフレイム】!」
「ならばこちらは目には目をです。風要素を闇で活性化。逆質の空気層を多重化して迎え撃ち、空駆ける槍と対消滅――【重積層のエアコンクリート】!」
局部的に景色を歪めて進む空気の槍の先に、電磁網が、灼熱の炎の塊が、目には見えない空気の壁が、その行く手に立ち塞がり、食らう。
「ああっ⁉」
「なんて硬さ…!」
「白鷺さんの構文が精密過ぎるんだ」
電磁網が捕らえ解体するも細かく数を増やしただけ。灼熱の炎はそれを膨張させるが焼き切れなかった芯の部分は生き残る。風要素による対消滅に至っては、そもそも澪の構文が光や闇の要素を用いていないのだ。威力を半減させるのが精いっぱいである。
「澪のまじめさが、こげんとこでアダになるとはねぇ…」
「とにかく…! 私ひとりじゃ抑えきれないから…! 続…けて…っ!」
早乙女は魔導の水壁を維持し続けていたが、エリア魔導で掛かる集中力と体力への負担は大きい。己の知る限界はとうに過ぎていた。
◆
「君たち。道を開けたまえ」
エントランスに詰めかけたヤジウマの最後尾。背後からの聞き覚えのある声に振り返り、その声の主の手にあったものを見てギョッとして道を譲る。一人、またひとりとその様子に気付き、文弥の目前はさながら海を割ったモーセのごとく、人の群れに道ができた。
そこを進んだ文弥。だが一人だけ背を向けたままの男がいた。その背格好を、文弥はよく知っている。
「神代君。そこをどいてくれたまえ」
声を掛けられ名前を呼ばれて振り返り、初めて文弥の存在に気付いた大樹。同時にその手にあるものにも気付く。
「…何をする気だ?」
「魔導暴走を起こしている者を止める」
文弥は静かに答えた。
「殺す気かよ…」
大樹は低くつぶやく。その目は杉崎同様に抗議の意思を持っていた。
「そういうつもりはない。彼女は魔導暴走を起こしている。止めなければここにいる生徒たちだって被害を被る可能性があるんだ。大きな被害が出る前に何とかしなくてはならない。さあ。そこをどくんだ」
「だからって実の娘を鉄砲で撃つってのかよ」
「仕方ないのだ! 他に方法がないのだよ! さあっ!」
大樹を押しのけ文弥は最前列へと出た。狙いは澪の左上腕。銃を構えドットサイトを覗き込む。サイトの中心には半袖シャツの袖から伸びた白い腕、そこに赤い点が重なる。
――――ふと、澪が初めてインフルエンザの予防接種を受けた日のことが脳裏をよぎる。初めての痛みに驚き、いつまでも泣き止まず、あやすのが大変だった――――
引き金に掛けた人差し指が震えている。文弥は理解していた。魔導阻害の弾丸というからには構文と魔力に働きかける。魔力の源は生命力。それを抑制させる、ということは…それが引き金を引き絞ることを躊躇させていた。
バンッ
「ウムッ⁈」
不意に銃が跳ね上がる。光学サイトの中から澪の姿が消えた。
「そんなこと… させるかァッ!」
銃を叩き上げたのは大樹。ヤジウマの山から『戦場』目掛けて駆けていく彼の後姿を、文弥は何も言わず、何も言えず、見送った。
◆
「ハァッ ハァッ マズい。抜かれまくってますよ」
「澪った、あんな体力あったっけね…?」
「体育で見かけたときにはトップを走ってると思ったら周回遅れなりかけだったってことはあるんだけどね」
撃ち落とす側にも疲れが見え始めた。魔導の発動は集中力と気力、一言で言えば気合がモノをいう。だが一定の気合を維持し続けるには彼らはまだ若い。無限にすら感じる体力でさえ、消耗する気合に吸い取られていく。その証拠に空穿が水壁を貫く径が大きくなり、それはそのまま早乙女の負担となっていた。
「もう…限界…」
早乙女の両腕が下がり、ガックリと膝をついた。同時に黒坂を護っていた水壁が消え、振り出しに戻ったように彼の周囲が穿たれる。
一方の澪は――――タクトを前に構えたまま不動。だが口だけは小さく動いていた。
「許サナイ… 許サナイ…」
「こりゃ私もヤルっかないかー、教育委員会に怒られちゃうかもだけど! 要素は土だよ。暴れんぼーの澪ちゃんの攻撃、アスファルト剥がして止めちゃえ! 【サーフェイスロールアップ】! よっこいしょー!」
佐伯がヘアコームをクイッと上向きにするのに合わせ、黒坂の足元からアスファルトの舗装路面がその下にあった土ごとガーっと捲れ上がり、壁を成した。
ドゴッ ドゴッ
さしもの空気塊もこれは抜けない。
「イヒィ… イヒィ…」
抜けた腰がようやく戻った黒坂は、尻を着いたまま後ずさりを始めた。
「早よッ! 今のうちに逃げんねッ!」
三浦が叫んだ。
「逃ガサナイ…」
ドゴッ ドゴッ ド ボゴォッ
ついに――――空穿はアスファルトの壁をも突き抜けた。
「ヒ、ヒィヤァァァァッ! バケモンだァァァァァァァァ!」
ヨタヨタと乳児のハイハイのように四つん這いで逃走を図る黒坂。
「逃ガサナイィッ! 絶対ニ逃ガサナイィィィィィィィィキィィィィィィィィイャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…
「何っ⁈ この音っ⁈」
澪の叫び声は耳、というより脳を直接圧迫するような高周波へと変わる。その場に居合わせた者は誰もが耳を塞いだ。
ボゴォッ ドゴォッ ボゴォッ ボゴォッ
次々に撃ち出される空気塊は土壁を穿ち崩し、その上佐伯までもが耳を塞ぐことになったので、もはや壁は形を維持できない。ハイハイから駆け足に変わって逃げる黒坂を背後から襲い続けた。
ドスッ
「ガハァッ⁉」
澪の前に両腕を広げ立ちはだかった者が一人。大樹は空穿の直撃を腹に受け、白目を剥く。
「ガッ! 止せッ! 逃げるヤツ ガハッ! 追うなッ! もう勝負はついてんだッ! ゴアッ⁉」
身体を芯から潰されるような痛み。おかげで今にもどこかへ飛んでいってしまいそうな意識を必死に掴み、大樹は澪を見た。
(…コイツ…もう意識が無い…?)
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…
虚ろな目どころかすでに白目を剥いている。
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…
白目を剥きながら口から――――かどうかすら分からない高周波を放ち続けている。
その大樹の視界のずっと外。ちらりと動いたその人影は、フラフラしながら銃を構え直していた。
「⁉ チッ!」
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…
大樹は澪に瞬く間に駆け寄り、彼女を抱きしめた。そして叫ぶ。
「白鷺ィッ落ち着けェッ! 『とりあえず』止まれェッ!」
ァァァァァァ
「…止まった…?」
不快な圧迫が消えた人々は、互いを見合いつつ顔を上げる。その視線の先に――――
ダラリと両腕を下ろした澪を抱きしめた大樹がいた。
澪の右手からタクトがカランと落ちたとき
ドサ…
大樹は彼女を抱きしめたまま倒れた。まるで何かから護って覆いかぶさるように。
◆
今エピソードはラストシーン読んだあと
オープニング曲『Altair-アルタイル-』
https://x.com/HanashioKikei/status/2069390019262120191?s=20
を聴くと効果的!ヽ(`Д´)ノ
-----
Altair-アルタイル- 作詞作曲編曲/花塩樹圭
蒼黒の宇宙彩り
滴る星々
ふと耳を掠めた
何かが呼ぶ声
霧に霞む向こう岸
浮かぶ舟はないけど
眠り揺り起こす
ケモノ 野生の叫び
深い夢へ落ちてゆく
たとえ何も見えなくても
すくむ脚が震えてても
きっと私はそこに辿り着く
心休まる場所へ
今は遠く離れてても
伸ばす指届かなくても
力と絆の光に導かれ
渡る運命の川を
Altair is bright




