その後の黒坂
黒坂は走った。走って走って走り続けた。逃れるために。『恐怖』から。
1年前。体育館裏での『火遊び』を澪に咎められ、自分の魔導が通じず拘束までされたあの日、感じたのは『屈辱』。思えばただそれだけだった。
だが今は違う。AMI値が上がって力を得たハズの自分の魔導がいとも容易く打ち消された。そればかりか明確に格の違う魔導がわが身を掠めていく。さすがの黒坂でも分かる。それがヤバいモノだと。当たりでもすれば腕の1本や2本は軽く持って行かれるほどの。腹にでも受ければポッカリ穴が空くほどの。そんなキケンなモノが耳元を唸りを上げて掠めていったのだ。当たりでもすれば、とは言うが、当たらなかったのか? あるいはギリギリで外されたのか? そのコントロール精度…そればかりか、終いには意味不明な奇声を上げた。人は自分の理解を超えたものに対して感じるのは恐怖しかない。生きた心地がしないまま、真夏の炎天下の下、汗だくになることも厭わず走り続けた。
やがて黒坂は、周囲がグルっと田んぼだらけの中に1つだけポツンと建っている倉庫へと入っていった。
◆
倉庫の中は真っ暗。照明は一切点いておらず、強いて言えば換気用の小さな窓から差し込む明かりだけ。それだけが真っ暗な倉庫の中へ真っ直ぐに刺さっている。闇に眼が慣れると視界には人が一人。スレンダーな体付きからは男とも女ともとれる、ジェンダーレスなシルエット。
「なぜここへ来たっ⁉ 指令はっ? 望陵の乗っ取りはどうなったっ⁉」
やはり男とも女ともとれる中庸な声で怒鳴られた。それは立場が下の者を諌めるような、強い調子。
「バ、『バケモノ』がいてダメだったんだよ!」
「バケモノ? しくじった言い訳ならもっとマシなことを」
「違うんだ! ホントなんだ! ガジェットなんかじゃ歯が立たなかったんだよォッ! だからユヌさんよォ、俺に『ガジェッタ』をくれよォ! 俺にもっと力があれば、あんな女なんか軽くブチのめせンだ! だから! 頼むよォッ!」
黒坂は膝をつき、ついには頭が地に着くほどの土下座をした。
(たかがBUGのクセに図々しい)
『ユヌ』と呼ばれる者は黒坂を見下ろしながら思った。が。
(…この感じ…表と裏にひとりずつ。サツか。このバカめ、尾けられたな。 …いや、コイツを使って抜け出すか…)
◆
望陵の教職員はただ経緯を眺めていたわけではなく、警察には通報済みである。ただ校内のできごとであるゆえ、『捕物』になるならば校外で、という要望は伝えてある。それを請け、廣塚署からは30人近い警官が動員された。すでに逃走した10人を追って大部分がそれらの追跡に当たっている。残りは敷地外で待機、念のため正門と裏門に分かれていた。そこへ黒坂が正門からフラフラと出てきたので正門待機組から私服警官2名がこれを追跡する。とはいえ酔っぱらってでもいるかのように覚束ない足取りで走るものだから物陰に隠れつつ追うのは容易い。
やがて黒坂が倉庫の勝手口から入っていくのを見届けると。
「小柳、応援要請。あそこへ踏み込んで一気に抑える。俺は表側を張るから、お前は裏手へ回れ。多分勝手口くらいはあるだろうから、そこを張れ。待機中の魔1のみなさんにも来てもらう。違法魔導使いらしいが、巷のヤツとは一味違うらしいからな」
「了解っす。 もしもし、現場の小柳っす。現在林田さんと違法魔導使用容疑1名を追跡中。魔1の応援を要請するっす。場所は」
廣塚署捜査1課の小柳は、携帯電話で通話中のサラリーマンを装い、倉庫の裏手へと歩いていった。
◆
「ガジェッタか。でもそれはキミはもう持ってるんだよ」
「いや、俺は普通のガジェットしか」
「そうじゃない。ガジェットには裏技があって、それをアドバンスモードって言うんだ。それで、念のため聞くけど、本当にアドバンスモードを使いたいのかい?」
「当たり前だ! 俺は力が欲しいんだ! もっともっと、誰一人として俺に逆らえないような、圧倒的な力がよォ! だから頼む! その、裏技ってのを教えてくれ!」
「ふーん、そうか。分かった。望陵を焼くのに尽力してくれたキミの頼みだからね。それじゃこれからボクが言う通りにスマホを操作するんだ。まずはアプリの検索。advanceって入力して。カタカナでもひらがなでも構わない」
「お、おう! …こんなアプリ、入れた覚えはねぇんだが…『Advance Modeを起動しますか?』って出たぞ」
「そこはもちろんYES」
「おう…これはどういう意味だ? 『αファイルがありません このまま起動しますか?』って出てるぞ」
「アドバンスモードはそんなのが無くても使える。一応もう一度聞くけど、キミは力が欲しいんだよね?」
「もちろんだ!」
「それなら迷わずYES、だ」
「おう! な なんだこれ… お、おおおお、オオオオオオオオオオオ」
「凄いだろう? それじゃボクは行くから。後のことはよろしく」
己の身体に起こっていることに夢中な黒坂の耳には届いていないようだ。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
そしてユヌは倉庫裏口へと消えた。ドア近くまで来て立ち止まる。
(…増えてるな、人の気配…2人…もう手が回っているのか。うーん、あまり得意じゃないけど…)
◆
倉庫前の駐車場には車が2台。1台はパトカーだが、もう1台は、先日の代之宮事件でも現れたハイルーフのワンボックスを改造した車両だ。つまりは魔導1課用の特装車である。降りてきたのは5名。うち1名は倉庫裏手へと回った。
貨物搬入用のシャッターはカギがかかって使えないものと推定し、黒坂と同じシャッター脇の勝手口から突入を開始する。倉庫内にはただ1人。もちろん黒坂だ。暗闇の中にダラリと両腕を垂れ下げ、侵入してきた者へとギロリと視線を向けた。ただしその目は不気味なほどに据わっている。
「我々は県警魔導1課だ! すでにこの建物は我々が包囲している! おとなしく投降しこちらの指示に従えば手荒な真似はしない!」
「警察、だと? ゲヒャヒャヒャヒャヒャ! ケーサツなんざ怖かねェゼェェェェェェェ! 【ギガントブレイズクラスター】!」
前へと掲げた黒坂の掌にはいくつもの火球が大きく育っていく。しかし先ほどとは打って変わって赤から黄、さらに白っぽく色を変えていった。
「食らえェ!」
叫び声と共に火炎弾が打ち出される。それらは行き先が定まらないのは同じだが、しかし火力が段違い。倉庫の天井、壁、当たったところ片っ端から燃えていく。
「ゲーッヒャヒャヒャヒャヒャ! 見ろよ見ろよ、オマワリさんよォ。これが俺のチカラだよ。これがホントウの俺様のチカラなんだよぉ! ゲーッヒャヒャヒャヒャヒャ!」
「なんだこれはッ⁈」
「報告と違うぞッ⁈」
不気味な笑い声の中を飛び交う炎塊に翻弄される魔導1課。樹脂製の透明シールドで身を護るがそれすらも熱で変形している。
「ゲーッヒャヒャヒャヒャ あ 」
笑い声は突然絶え、黒坂はその場へ崩れた。それはまさに、操り人形の糸が一斉に切られたように、全身を支える力を失って、前のめりにバタン、と。
「な、んだ… いや、確保ーッ!」
場にいた全員が一斉に黒坂へと飛びかかる。しかし黒坂は一切の抵抗もなく、為すがままに手錠を掛けられた。
「退避ーっ! 消防へ連絡!」
力なくダランとした黒坂を抱え、魔導1課は炎に包まれつつあった倉庫内を脱出した。
外へと出た魔導1課、裏手警備組と連絡が取れないことに気付く。
「裏手はどうした⁈ 元木! 見てこい!」
裏手へと回った元木は驚愕した。そこには警備に当たっていた廣塚署の私服警官と魔導1課課員が倒れていたのだ。外傷は無い。
二人は黒坂と同時に病院へと搬送された。間もなく目を覚ましたが、彼らが言うにはドア近辺で張り込んでいたところ、突然身体中に電流のようなものが走ったのだと。検査の結果では、おおよそスタンガンを食らったのと同程度の電流が使われた可能性があると出た。しかし二人は気を失う寸前まで、人の姿は見ていない、と言う。




